終わりなんてない
俺の名前を呼ぶ、人懐っこい声が耳の奥に残ってる。きっと一生忘れない、甘く響く柔らかい音。
頬に当たる髪の固さも、頭を撫でる手の大きさも、剣胼胝のある指の太さも。ザックスが生きてた時、俺に与えてくれた全ての感触を忘れる事はないだろう。
何年経っても夢に見る。ふとした瞬間に幻覚を見る。
「ザックス、ザックス、ザックス」
俺の中のザックスは、何度でも笑い掛けてくれる。けど、その肌に触れる事は二度とない。
歩き方も手の動かし方も、正確に覚えてる。でも記憶は記憶に過ぎなくて、もうザックスが成長する事はない。出会ってから死んでしまうまでのザックスを、繰り返し見てるだけだ。
あの丘での出来事も、何度も脳内で再生される。
時々、全てを忘れたくなる。全部捨てて逃げ出したくなる。
そんな事は許されないと解っていて、完璧にリセットされた自分を想像する。その先にあるのが幸福かどうかまでは、恐ろしくて想像出来ないけど。
「ザックス…」
手の届かない相手を思い続けるのは虚しい。でも消せない気持ちが疼いて、なかなか思い出にさせてくれない。
ザックスと過ごした日々は過去に変わっても、この感情が風化する事はないと主張する。
「ザックス」
呼んでも応えない相手を、一生思い続けるのだと。
まるで呪縛のように。
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