永久の眠り

 子供のような泣き声が地下に響いている。
 冷たい壁に縋りながら覚束ない足取りで扉まで辿り着き、古びた扉を軋ませながら開くと中に入った。薄暗い部屋の中心にある棺桶に近付き、崩れ落ちるように蹲る。蓋を叩き、中に居る筈の人物の名前を呼んだ。

「ヴィンセント」

 名前を呼ばれたヴィンセントは棺桶の中で目を開き、蓋の向こうにあるだろう泣き顔を思い浮かべる。彼が地下へ続く螺旋階段を下り始めた時から、頭は起きていた。
 彼がこの屋敷に訪れたのは何年振りか、最後に目を閉じたのは何年前かなど解らない。長い眠りから覚めて先ず、まだ自分が生きている事に失望した。宝条の実験により自身が不老不死になった事は解っているが、それでも死を望まずには居られない。

「ヴィンセント、ヴィンセント、ヴィンセント…ッ」

 切羽詰まった声に内側から棺桶の蓋を開けると、最後に見た時と変わらない鮮やかな金髪が眩しくて目を眇めた。次に見えたのは、止め処なく涙を流す青い瞳。
 目が合うと一瞬息を止め、上体を起こしたヴィンセントに抱き付いた。震える細い背中を抱き締め、宥めるように耳元で名前を呼ぶ。

「クラウド…」

 クラウドはティファが死んだ時、誰よりも沢山泣いた。ずっと一緒に居た訳ではないが、同じニブルヘイムで産まれ育った幼馴染みだ。誰かに殺されたのではなく、事故死だったので憎む相手も居ない。悲しみを憎しみに変換出来ないクラウドは、溢れる涙を抑えられなかった。
 バレットが災害で死んだ時もシドとリーブが事故死した時も、マリンが病死した時もユフィが老死した時も、誰よりも涙を流した。

「ヴィンセント!ナナキ、ナナキが…っ」

 ユフィを見送った後ヴィンセントは再び長い眠りに就いていたので、外の様子など全く知らない。しかし、次にクラウドが自分の元へやって来る理由は予想していた。
 クラウドの口から懐かしい名前を聞き、それが現実になったのだと確信する。

「到頭、私達だけになってしまったか…」

「嫌だ!何で、何でっ」

「クラウド、落ち着け」

「っ…無理だ、そんなの!」

 背中に爪を立てて泣き喚くクラウドを、変わらない優しさで抱き締め続けた。時折名を呼び、背中を擦る。
 それを何度も繰り返し数十分経つと、やっと泣きじゃくるのを止めたクラウドの顔を覗き込む。まだ涙は止まって居らず、目も顔も赤くなっていた。

「ヴィン…セン…ト」

 掠れた声に耳を傾けると、荒い息遣いが耳に付く。再び背中を擦りながらゆっくりで良い、と囁くと小さく頷いて息を吐いた。

「殺して」

 暫くしてクラウドの口から出た言葉を、想像していなかったと言えば嘘になる。それでもヴィンセントは眉間に皺を寄せ、不快感を露にした。

「…私に、背負わせるつもりか…」

「嫌なんだ。もう、何も…」

 失いたくない。そう続けようとした唇は、ヴィンセントのそれで塞がれた。
 触れただけで離れた唇にクラウドは瞠目し、目の前の男を見詰める。血のような赤い瞳は、しっかりとクラウドを捕らえていた。

「な、に…」

「クラウド」

「あんたは、ルクレツィアが…」

「彼女も、もう目覚めない」

 クラウドを支える為に抱き締め合った事は何度もあったが、二人が唇を重ねたのはこれが初めてだ。勿論、好きだなどという言葉を交わした事もない。
 クラウドの弱さをヴィンセントが受け止める、それだけの関係だった。

「お前には、もう私しか居ないのだろう……私も同じだ」

「ヴィ…ン」

 告げられた言葉に戸惑い視線を彷徨わせるクラウドの顎に手を掛け上を向かせると、やがて躊躇いながらもヴィンセントの顔に目をやった。ヴィンセントは微かな笑みを浮かべ、クラウドの頭を軽く撫でる。

「お前は…向こうへ行きたいのか」

 問い質すというより確かめるように尋ねられ、クラウドは何と答えれば良いのか解らなかった。

「俺は…」

 いつからか、あちら側へ行く事を望んでいた。
 母を失い、故郷を失い、親友を失って…次々と仲間を失った。己の肉体が不老になっていると気付いてからは、長く生きられる分多くを失う事に恐怖した。やがて訪れる現実に叫ぶ心を抑えられず、誰よりも激しく泣き喚いた。
 今でも鮮明に思い出せる沢山の笑顔に、また目の奥が熱くなる。

「行きたい」

 あの人達に会いたい。
 死後の世界なんて、本当にあるのかも解らない。彼らの姿を何度か見たけれど、それは自分が見せた幻かも知れなかった。それでも、生きているよりは死んだ方が会える可能性があるのではないかと思う。
 少しでもあるのなら、それに縋りたかった。

「もう、疲れたんだよ。全部終わった…そう思っちゃ駄目か?」

「クラウド…私達は、まだ生きているだろう。自ら命を絶つなど、誰にも許されない」

「じゃあ、どうしろって言うんだっ…このまま延々と生き続けるなんて、俺は嫌だ!」

 ヴィンセントの胸を叩き悲痛な声で叫ぶクラウドの全身は震え、精神の限界を訴えている。それでも引き止める方法はないか平静を装い考えながら、少しでも落ち着かせる為にきつく抱き締めた。

「っ…」

 クラウドは驚き体を強張らせたがヴィンセントの腕に力が込もると、自分を包んでいる低めの体温を貪るように縋り付く。そうしていないと消えてしまうのかと思う程、互いを強く掻き抱いた。

「………私と…」

 クラウドが落ち着いてきたのを見計らい、ヴィンセントが話し掛ける。

「私と共に、眠らないか…?」

 その言葉は、酷く甘美な響きでクラウドの耳に届いた。
 ヴィンセントはクラウドが訪ねてきた時、必ずと言って良いくらい起きている。暗い棺桶の中で、何十年も何百年も深い眠りに就ける訳ではないだろう。けれど外に居て、失う恐怖と戦うよりはマシだ。

「うん…俺、あんたとここに居る」

 小さく頷いたクラウドの後頭部に手をやり再び唇を重ね、視線が絡むと合わせるように目を閉じる。抱き合ったまま体の力を抜き、触れるだけの口付けを繰り返した。



 もう、みんなは見送った。これ以上、何をして生きれば良いのか解らない。
 後はただ眠って、自分の番が来るのを待とう。

 永久の眠りに就く日は、きっとそう遠くない。


end

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