不老不死
「クラウド、マンドレイクを食べる気はないか?」
突然セフィロスから告げられた言葉に、クラウドは目を丸くして固まった。
両手で持っていたコップを取り落としてしまい、木で出来たテーブルの上に倒れ大きな音がする。我に返り慌ててコップを拾うクラウドの腕に薄らと残る傷跡を見て、セフィロスは顔を顰めた。
「セフィロス、マンドレイクって…」
「お前も食べれば、俺のように不老不死になる」
セフィロスの目は真剣で、クラウドは俯いて考え込んだ。
魔女は皆ある程度成長すると、マンドレイクを食べて不老不死になるという仕来りがある。しかしクラウドはまだ14歳になったばかりで、身長も150pない。マンドレイクを食べて不老不死になる代わりに成長を止めてしまうには、些か早過ぎる。
それでも食べるか悩むのには、それなりの理由があった。
「このままでは、死んでしまうぞ」
「う…」
クラウドは3歳で母を亡くして以降、世界最強と謳われる偉大な魔女・セフィロスに大切に育てられてきた。セフィロスは魔女の歴史上最初の男でありながら最優秀・最美貌と言われており、美しさと魔力は比例すると言われている。という事はクラウドの魔力も相当高いと思われ幼い頃から様々な意味で狙われ、マンドレイクを食べ不老不死になった筈の母はクラウドを庇って死んでしまった。マンドレイクの不老不死は絶対ではなく、100万回本来なら死ぬであろう状態になれば死ぬと言われている。クラウドの母親はたった3年間に、一体どれだけの傷を負ったのだろう。
知り合いだった彼女に最期の魔術でクラウドを託されたセフィロスは、クラウドを外に出すのは危険と判断し10年間自分の城がある山に結界を張り続け、クラウドが誰にも見付からないよう護ってきた。しかし魔女の世界では13歳になって初の春から3年間、魔術学校に通わなければいけない事になっている。クラウドも今春から通い始める為に初めて山から出たが、山の外はクラウドが想像していたよりずっと恐ろしかった。
入学式の日にセフィロスが結界を解きクラウドを連れて魔術学校に向かう途中、初めて見る人や物に目を輝かせ落ち着きなく周囲を見回していたクラウドは、街に出ると突き刺さる無数の視線に俯いた。けれど綺麗なセフィロスと居るから注目されているのだと思い、入学式の後セフィロスが校長と話をしている間に一人で街へ飛び出した。
そこでクラウドは大勢に追われ訳も解らず逃げ惑い、助けてくれるのだと差し出された手を取れば体をまさぐられ恐怖した。セフィロスに教わり魔術の修行はしていたが実戦で使った事はなく、クラウドは高い魔力を持っていながら碌な抵抗も出来ず相手の好きにされる所だった。セフィロスが駆け付け相手を引き剥がした時、クラウドは無惨に引き裂かれたローブを握り締め泣きじゃくっていた。
それ以来セフィロスは常に水晶でクラウドを見張り毎日送迎しているが、流石に学校に居る間は一緒には居られない。すっかり臆病になってしまったクラウドは常にビクビクと怯えており、魔力からも容姿からも態度からも狙われている。学校で必ず怪我をするクラウドを魔術で癒しながら、セフィロスはクラウドが心配で堪らなかった。
魔力の高いクラウドを恐れ、命を狙う者も居るだろう。二学期になり本格的な魔術の実践授業が始まれば、事故に見せ掛けて殺す事など誰にでも出来る。セフィロスはクラウドに、夏休みの間にマンドレイクを食べさせたいと思っていた。
「でも、俺…ずっと小さいままなんて、嫌だ」
「身長など、気にする事はない。命には代えられないだろう?」
「それは、そうだけど…」
クラウドは中身のないコップを暫く見詰め、チラッとセフィロスの様子を窺う。少し寂しそうな顔をしたセフィロスはクラウドの頬に手を伸ばし、柔らかくて丸みのある肌を優しく撫でた。
「クラウド…私は、お前を失いたくない」
クラウドを失う場面を想像しながら言うセフィロスは苦しそうで、クラウドも釣られて顔を歪めた。
クラウドは母親とセフィロスがどんなに自分を愛し、護ってきてくれたか知っている。自分を庇って死んでしまった母を思い、クラウドは小さく頷いて顔を上げた。
「セフィロス…俺、マンドレイク食べるよ」
「本当か…?」
「うん…我が儘言って、ごめん」
「クラウド…」
セフィロスは立ち上がり、向かいに座っていたクラウドを抱き締める。クラウドはセフィロスの厚い胸板に頭を押し付け、いつか自分も逞しくなりたいという密かな願いを切り捨てた。
次の日、二人は遠く離れたセフィロスの山に行った。そこには結果の張られた大きなビニールハウスがあり、中には沢山のマンドレイクが植えられている。
セフィロスはビニールハウスを一回りして、一つのマンドレイクの前で止まった。
「こいつが良さそうだな」
「うおっ、何だ?」
「!?」
セフィロスが引っこ抜いたマンドレイクは普通に喋り、セフィロスに掴まれている髪が抜けると騒いでいる。実物を見たのは初めてだが、本で見たマンドレイクとは明らかに違うそれにクラウドは驚いた。
「せ、セフィロス…何、それ?」
「マンドレイクだ」
「おいっ、早く離せって!」
「クラウド、手を出せ」
セフィロスの言葉に条件反射で出したクラウドの両掌に、マンドレイクが下ろされる。マンドレイクは痛む頭を掻き毟り、バッと顔を上げクラウドをじっと見詰めた。
どう見ても植物とは思えないそれにクラウドは無意識に後退るが、掌に乗っているので意味がない。
「俺はザックス。お前は?」
「え、え…く、クラウド」
「お前、凄い美人だな!」
「え、は…え?」
「あんたも美人だし!」
「ふん…美貌など邪魔にしかならん」
「美人な程強いんだろ?良いじゃん良いじゃん!あ、あんたがセフィロス?世界一美人で強いって奴。な、そうなんだろ?クラウドも負けないくらい美人だよな!将来が楽しみだぜ」
人の話を聞いているのかいないのか、ザックスと名乗るマンドレイクは暫くの間喋り続けた。クラウドはザックスが喋るのに夢中になっている事に気付くと、こっそりセフィロスに耳打ちする。
「セフィロス、これがマンドレイク…?」
「ああ、ここのマンドレイクには俺の魔力を注いである。マンドレイクは人の姿に近ければ近い程、魔力が高いという事だ。高い魔力のマンドレイク程、食べれば完全な不老不死に近付くと言われている」
「えっと…俺は、ザックスを食べるの?」
「そうだ」
あっさりとした肯定の言葉にクラウドはザックスに目をやり、自分がザックスを食べる所を想像して青ざめた。ブンブンと首を横に振るクラウドにセフィロスが首を傾げると、クラウドはザックスを両手で掴みセフィロスの目の前に持っていく。
「俺、ザックスを食べるなんて出来ない」
クラウドの声は酷く真剣で、セフィロスは訝しげにザックスとクラウドを交互に見た。
「何故だ?見た目に抵抗があるのなら、原形が解らぬように料理するが」
「ヒッ!それ、もしかしなくても俺の話?」
「ザックスには、自我があるんだろ?ザックスはもう植物じゃない。食べられないよ」
クラウドは竦み上がるザックスを抱き締め、今までにない強い意志を持った目でセフィロスを見上げる。セフィロスは無理矢理食べさせる訳にもいかないと溜め息を吐きながら、すっかり弱々しくなっていたクラウドの変化に驚きと喜びを感じていた。
「仕方ない、まだ自我のない物を選び直そう」
「うん…ありがとう」
「そいつは、ペットにでもするか?」
「ザックス、どうする?」
「えっ…まあ、食われるよりは良いかな。美人二人に飼われるってのも、悪くない」
そう言って頬を赤らめるザックスに二人は苦笑し、他のマンドレイクを持って城に帰った。
マンドレイクが料理され食べられるのをザックスは泣きそうな顔で見届け数日立ち直れずに居たが、二学期が始まってからはクラウドのローブに隠れて学校まで付いて行き、セフィロスに魔力を与えられたお陰で少し使える魔術でクラウドを護ったりしている。偶に口喧嘩をするセフィロスとザックスをクラウドが宥めたりと、三人の暮らしは結構上手くいっていた。
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