心配性

(…全く、いい加減にしてくれよ…)

 俺は心の中で舌打ちをし、何度目か判らない溜め息を吐いた。
 第一会議室とは本当に名ばかりの、セフィロスの第二の私室と化した部屋。セフィロスが「落ち着ける仕事場が欲しい」と言って以来、神羅ビル上部のとある階の殆どを占めるこの部屋、そしてこの階のカードキーを持つのは持ち主であるセフィロス、直属の部下である俺、そしてセフィロスの恋人であるクラウドだけになった。
 普段はセフィロスが一人で黙々と仕事をしている事が殆どだが、今日は訓練が午前だけだったクラウドと、ここまで来るのに一人では危ないからと俺も強制的に来させられていた。幾ら上司の英雄様から電話で頼まれたとはいえ、こんな私的な命令、断ろうと思えば断れた。でもつい付いて来てしまったのは後から正宗を突き付けられるのが恐いからではなく、多分クラウドが危なっかしいからだ。

「もう…大丈夫だからセフィは座って、お仕事してて!」

 そう言って細い腕を伸ばし、自分より随分大きなセフィロスの背中を押すクラウド。

「しかし…」

「だから、大丈夫だってば!ココアくらい自分で入れれるよ!セフィは大袈裟なんだから」

 セフィロスの心配そうな声を遮り、簡易キッチンへ戻っていくクラウド。セフィロスはデスクに戻ったものの、相変わらず心配そうにクラウドを見詰めている。

「はぁ…」

 そして俺は、また溜め息を吐いた。
 もう大分前、この部屋に着いたばかりの時から似たようなやり取りが繰り返されている。クラウドが用意しようとしているのは、市販の粉を湯で溶かすだけで出来る簡単なココア。たったそれだけの物を作ろうとしているだけなのに、心配したセフィロスが何度も様子を見に行っている。
 意地っ張りで強がりなクラウドが影から心配そうな視線を向けてくるセフィロスに耐えられず追いやる、そんなやり取りを何度も何度も繰り返す二人は傍から見ればただのバカップルだ。

「………」

 そしてまた、セフィロスは立ち上がった。

(懲りねぇなぁ…)

 どうせまたクラウドに追いやられるのだろうに、何故判っていて再び向かうのか俺には解らない。そう、俺もクラウド同様セフィロスが大袈裟に心配しているだけだろうと、ただの杞憂だろうと思っていた。

「アッ…!」

 突然キッチンからした何かが床に落ちる音と、クラウドの短い悲鳴を聞くまでは。

「クラウド!」

 俺がその名を叫んでソファから立ち上がった時には、既にセフィロスはキッチンでクラウドの腕を掴んでいた。

「イ、痛っ…セフィロス、痛い…」

「大人しくしていろ。ザックス!直ぐにれいきとかいふくのマテリアを持って来い!」

「解った!」

 キッチンへ行こうとしたのを止め、引き返してセフィロスのデスクを漁る。一番下の引き出しでマテリアを発見し、言われた二つを引っ掴んで直ぐにキッチンへ向かった。

「………」

 思わず、馬鹿みたいに口を開けて立ち尽くす。

「セフィ、痛い…」

 大きな眼に薄らと涙を浮かべているクラウドの腕を掴み、シンクの水道から出る冷水を浴びせているセフィロス。注目すべきはその表情。

「大人しくしていろと言っている」

 戦場でさえ見せない、余裕のない顔。普段滅茶苦茶甘やかしているクラウドに対してさえ、低く冷たい声を出している。

「…ごめ…ん、なさい…」

 無理に腕を伸ばされ痛そうな体勢で、それでもクラウドは泣くのを堪えて謝った。足元に転がったポットとシンクの横の台で倒れているカップ、ぶち撒けられたココア混じりの熱湯。多分、ポットが重くてクラウドの細腕では上手く湯を注げなかったんだろう。

「ザックス!早くマテリアを寄越せ」

「あ、ああ…」

 切羽詰まった声に呆気に取られて、力の入らない手で落とすようにマテリアを渡した。

「クラウド、腕を」

 クラウドの腕を左手で持ち、右手でれいきのマテリアを持って詠唱もなしに冷気だけを放つセフィロスに、俺は我に還って焦った。

「おい、セフィロス!せめてバングルか何か…」

「この程度なら素手で平気だ」

 そう言って今度はかいふくのマテリアを持ち、再び詠唱もなしに淡いグリーンの光でクラウドの腕を包む。

「っ、わっ…」

 恐らくマテリアを使われるのは初めてなんだろう、先刻から戸惑っていたクラウドはケアルを掛けられてびくっと跳ねた。

「な、何…っ?何か、腕がザワザワする…」

「あー…あれだ、細胞が弄られてるから変な感じするけどな、スゲェ速さで回復してるだけだから」

「そう、なんだ…」

 俺の適当な説明にほっとしたような表情をするクラウド。未だ光に包まれたクラウドの腕はどんどん赤みが退いていき、最終的に白く美しい元の姿に戻った。

「…暫らく違和感は残るだろうが、その内それも消える」

「ああ、お疲れ」

「…ああ」

 クラウドの腕を一撫でして息を吐いたセフィロスに声を掛けると、やっと安心したのかいつもクラウドの前で見せる微笑を浮かべた。

「クラウド、次から無理はするな」

「………」

「クラウド?」

「ご、ごめ…ごめんなさい…」

 多分、初めて見たセフィロスの険しい顔が恐かったんだろう。クラウドは少し怯えたような表情で、再び謝った。

「………クラウド…」

 セフィロスが少し戸惑ったような素振りを見せ、そっとクラウドを抱き締める。クラウドが息を止める音が聞こえた。

「俺は、怒ってはいない。自分でもよく解らないが…お前の腕が赤く腫れたのを見ると、酷く心が乱れて…」

「…?」

「あーあーはいはい、ザックス君の出番だな」

 完璧なようで意外と口下手な英雄様と可愛い初心な一般兵、実は初恋同士の二人の纏め役は自他共に認める恋愛の百戦錬磨のこのザックス様だったりする。

「つまり、セフィロスはクラウドの事を怒った訳じゃなくて、心配してたんだよ」

「心配?」

「そう。だよな?セフィロス」

「心配…そうか、これが…」

「おいおい…」

 尋ねると少し驚いたような顔でブツブツ言っているセフィロスに、無自覚だったのかよ、と呆れる。そういえば、いつもクラウドの事を「危なっかしい」と言って気に掛けているセフィロスの口から「クラウドが心配だ」というような台詞は聞いた事がない。知識は豊富でも、どの感情がどの言葉に当て嵌まるか知らないセフィロス。本当に不器用な奴だ。

「えっと…心配、させて…ごめんなさい…」

「いや、クラウド…お前が謝る事は何もない」

「こういう時は、心配してくれて有難う、だろ?」

 そう言って二人で顔を覗き込むとクラウドは頬を赤くさせ、俯きながら小さく呟くような声を出した。

「心配、してくれて…ありがとう」

「………いや…」

「…どう致しまして、だろ?」

「……どう致しまして」

 全く、どれだけ初心なんだ?こいつらは。

「よし、これで一件落着!」

 また新しいやり取りを覚えて、照れ臭そうに微笑み合っている二人を横目で見て大きく深呼吸をした。

「おい、ザックス」

「ん?」

「これからクラウドのココアはお前が入れろ」

「………」

 まあ、幾ら温厚な俺でも度々嫌気は差すけどな。

「またクラウドが火傷をしたらどうする」

「せ、セフィロス…」

 クラウドの腕に口付けながら、真剣な目で俺を見てくるセフィロス。そう言われたら俺も断れない。

「ったく…仕方ねぇなぁ」

(こいつら、俺が居ないと駄目だからな)

 二人が恋人同士になっても自分が除け者にされたりしない、寧ろ頼られてるっていうのはやっぱり気分が良い。
 それに俺と出会ったばかりの頃は殆ど無表情だった二人の、今では毎日のように聞ける笑い声は好きだしな。


end

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