初戦

 朝の十時に目を覚まして、三十分程ベッドの中で微睡んでいた。久々の休暇だし、少しくらい怠けていてもいいだろう。

「そろそろ起きるか…」

 足に巻き付いたシーツを引き摺るようにしてベッドから抜け出し、そのままバスルームへ向かう。足に纏わり付いたシーツを引き剥がし、下着も脱いで一緒に洗濯機に放り込む。
 シャワーを浴びながら、今日をどう過ごすか考えた。

「そういえば…酒が切れてたな」

 十分程シャワーを出しっぱなしにして考えて、結局街に買い物に行く事にした。



「お」

 ワインの瓶を片手で持って街をぶらぶらしていると、視界の端に見慣れた金髪を捉えた。行き交う人達の中を、こっちに向かって歩いている。

「あ…」

 後五メートル程の所で、顔を上げた相手もこっちに気付いた。

「あんた…何でここに」

「見て判らないか?買い物に来たんだぞ、と」

「…あっそ」

 ぷいと外方を向いて、けれど立ち止まったままのクラウドに笑みが漏れる。

「久々の休暇が取れてな。丁度良かったぞ、と」

「えっ…」

 クラウドが何か抗議する前に、掴んだ腕を引っ張って走り出した。

「ちょっ…レノ!?」

 後ろからクラウドの戸惑った声が聞こえるが、気にせず走り続ける。
 久々の休暇に偶然こいつと会ったのも、運命って奴に違いない。折角の休みを一人で過ごすのもあれだし、こいつに付き合って貰う事にしよう。



 暫らく走って、やっと自宅に辿り着いた。左手に抱えたまま走った所為で振られたワインの瓶からは、シュワシュワという音が聞こえる。

「あーあ…味、落ちたかもな」

 そう一人ごちると、右手の先から少しの振動と「いい加減離せ」という声が届いた。

「おっと、悪い悪い」

 そう言いながらも掴んだ腕は離さずに、部屋の中に連れ込む。リビングまで行ってソファに座らせ、そこでやっと手を離した。

「な…、何だよ。ここ、どこだ?」

 落ち着きなくキョロキョロと部屋を見回し、目が合うとクラウドが戸惑いながら尋ねてきた。

「俺様の部屋だぞ、と」

 仕切りのないダイニングを通ってキッチンに行き、端の床の上にワインの瓶を置いて答える。リビングに戻ると、目を見開いたクラウドが居た。

「な、何で、…いいのか?敵に住所教えたりして…」

「いつから敵になったんだ、と?」

 確かに、敵だった。でもそれは、もう昔の話だ。

「大体、俺だってお前の住所知ってるしな、と」

「そ、れは…そうだけど」

 何故か俯きがちになるクラウドの隣に腰掛けて、顔を覗き込みながら言った。

「昼飯、まだだろ?食って行けよ」

「は?」

 驚いて目を丸くするクラウド。咄嗟に顔を上げた事にしまった、という表情をしてまた俯くクラウドの赤みを帯びた頬が可愛くて、触れてみたくなって右手を伸ばした。

「っ」

 少し指先が当たっただけでびくっと震えたクラウドに苦笑して、ゆっくりその頬を撫でてみると、今度は耳まで赤くなった。

「…子供扱い、するな」

 自分はただ触れてみたかっただけなのだが、クラウドは子供扱いをされたと勘違いをしたらしい。羞恥に赤く染まった顔で、潤んだ目で睨んでくる。

「逆効果だぞ、と。…もっとイジメたくなる」

「…っ」

「だから…逆効果だぞ、と」

 今言ったばかりなのに反射的にか何なのか、また睨んでくるクラウドが可笑しくて小さく笑い、頬を撫でていた手で前髪を梳いて額に唇を寄せた。

「ッ!」

 一瞬触れただけで離れると、クラウドの顔は益々赤くなっていた。

「…お前、可愛いな…」

「なっ…人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!帰る!」

「おぉっと」

 さっと立ち上がって玄関に向かおうとするクラウドの腕を掴んで引き止めると、またジロッと睨まれた。

「悪かったぞ、と。もうしないから、まだ付き合えよ」

「…」

「もう昼過ぎだ。腹、減っただろ?」

「…う、ん」

 小さく頷いて、クラウドがソファに戻る。先刻までとは大違いの素直さに何だか感動したが、キッチンに向かった時に後ろから聞こえてきたくぅ〜という可愛らしい腹の鳴る音に、ただ単に本当に腹が減っていただけなのだと知って苦笑した。自分は、留まってくれたクラウドに、一体何を期待したんだろうか。

「コーラでいいか?」

 キッチンで冷蔵庫を覗き込みながら、リビングに居るクラウドに聞く。

「…普通、ご飯の前にコーラ飲むか?」

「?飲まないのか?」

 クラウドの訝しげな声に首を傾げながら、コーラを持ってリビングに戻る。

「…」

「嫌だったか?」

 目の前に差し出しても受け取ろうとしないクラウドにそう聞くと、クラウドは少し困ったように、けれど可笑しそうに笑った。

「瓶のまま飲むのか?」

 綺麗な顔に見惚れていた俺は、その言葉に再び首を傾げた。

「…何だ?瓶からじゃ飲めないのか、と」

 少し考えた後挑発するようにそう言うと、クラウドは少しムッと膨れた後また笑いながら瓶を受け取った。

「そういうわけじゃない。けど…普通、コップに入れて出すよなって思って」

「そうかぁ?」

「うん。でもあんた、瓶のまま渡してくるから…なんか、昔からの友達みたいで…嬉しかった」

 そう言って、小さく笑うクラウド。はにかむようなその笑顔は、どこか子供のようで可愛かった。

「じゃ…パスタでも作るから、お前は寛いでるんだぞ、と」

 また触りたくなる前に、退散退散、と。
 心の中でそうふざけて、再びキッチンに向かった。



「…ご馳走様」

 俺が食べ終わって暫らくして、やっとクラウドも食べ終えたらしい。フォークを置いて、きちんと手を合わせてご馳走様の挨拶。食べる時には、勿論頂きますの挨拶をした。

「お前…礼儀正しいんだな、と」

 感心したように言ってみると、クラウドはきょとんとして。

「別に…普通だろ?」

 なんて言う。

「じゃ、俺が行儀悪いんですかねぇ…」

 とかぼやいてみると。

「普段一人だから、言う習慣が付いてないだけじゃないのか?」

「ま、一人じゃ挨拶なんかしないしな、と」

「俺も一人の時はしないよ」

「そうなのか?」

「挨拶って、する相手が居てこその物だろ?それに、他人の作った物の方が美味しそうに見えるし、美味しいし。美味しそうだなって思えば自然と頂きますって言葉が出てくるし、美味しかったなって思えば自然とご馳走様って言葉が出てくるよ」

 なんて言う。

「…なんかお前、イイコなんだな、と」

「別に…普通だよ」

 つまり、俺は普通じゃないんですかね。
 そう心中で呟いて、ケラケラと笑った。

「な、何だよ?」

 クラウドは自分が笑われたと思ったのか、少し膨れてみせた。

「いや…お前と居ると楽しいぞ、と」

 そう言って、何となくクラウドの髪を撫でたくなって手を伸ばす。けれど触れる直前にクラウドがびくっと肩を揺らしたのに苦笑して、そこで手を停めて聞いてみた。

「触っても…いいか?」

「……」

 じっと見詰めてくる、魔こうの瞳。探るように暫らく目を見詰められて、少し経ってからクスリと笑った。

「ん、いいよ…触っても」

「お、おう…」

 その顔に見惚れていて、返された答えも以外で少し動揺してしまう。けれどOKを貰えたのでクラウドの耳の手前ら辺の髪を撫でていると、クラウドが微かに頬を紅潮させて擦り寄ってきた。

「おいおい…やっぱり可愛いぞ、と」

「え…?」

 椅子から立ち上がりクラウドの髪を撫でる手はそのままに、向かい側に座ったクラウドにテーブルに沿って近寄っていく。

「レノ…?」

 クラウドの横まで行くと遠慮がちな声に名前を呼ばれ、何だか嬉しくなった。

「目、閉じてろよ」

「え…」

 額に掛かった前髪を梳きながらゆっくりと顔を近付けると、クラウドは俺の言う事を聞いてというより、反射的に目を閉じた。

「っ…」

 白い額に、ちゅっと音をさせて口付ける。今度は三秒くらい押し付けていたら、クラウドが小刻みに震えているのが判った。

「………」

 ゆっくりと名残惜しげに離れて、暫らく黙って見詰め合う。

「な、ん…だよ」

 また真っ赤になった顔で、気恥ずかしげに眉間に皺を寄せているクラウド。

「…また、いつでも来いよ」

 その問いには答えずに、そう言って笑ってみせた。

「…どういう、意味だ?」

「そのままだぞ、と」

 はいはい、今日はもうおしまいだぞ、と。
 そう言いながらクラウドの腕を引き、玄関まで連れて行く。

「ちょ、おい、レノ!?」

 困惑した声音に苦笑しながら、その身体を玄関から押し出した。

「お、おい…?」

「今日はもう追い出すけどな、別にもう来るなってわけじゃない。お前の為なんだぞ、と」

 また来いよ。
 そう言って玄関のドアを閉め、鍵を掛けた。

「………」

 ドアが閉まる瞬間まで俺の顔を見詰めていた、クラウドの縋るような目が脳裏に過る。

「…お前の為なんだぞ、と」

 あれ以上側に居たら、唇にも口付けたくなるからな。
 一人でそう呟いて、リビングに戻ってどかっとソファに座る。

「……」

 流石に、クラウドのあの初さからしても、いきなりってのはまずいだろう。徐々に徐々に、順序を辿って行かなくては。

「手が掛かりそうだな、と」

 これからクラウドと過ごすであろう時間を想像して、一人でケラケラと笑った。

 こんなに落としがいのありそうな奴は、久し振りだぞ、と。


end

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あきゅろす。
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