星の降る丘

「クラウド、今日が何の日か知ってるか?」

 いつも通り神羅の兵舎。自分とザックスの部屋で夕飯を食べていたら、向かいに座って食後の煙草を吸っているザックスが尋ねてきた。「人がまだ食べてる時に吸うな」って何度言っても直らないから、最近は俺も何も言わなくなった。

「…何の日、って…」

 今日は七月七日。特別でも何でもない、ただの蒸し暑い初夏。

「別に…何でもないだろ?」

 自分の知識から導き出した答えを目の前でくわえ煙草をしているザックスに言うと、少し驚いたような顔をされた。

「そっかー。ニブルヘイムには七夕はないのか」

「たなばた…?」

「そ、七夕。ウータイの方の行事なんだけどさ、七月七日に…」

「ちょっと待った」

「ん?」

 調子に乗って説明を始めるザックスを、その顔の前に左手を広げて出して制止した。行儀が悪いと思いながらも左手はそのままで、残り僅かだったサラダの野菜を右手に持ったフォークで口へ詰め込む。

「御馳走様」

 両手を合わせてそう言って、空いた皿を重ねて流しへ運んだ。テーブルに戻って椅子に座ると、ザックスに「俺の目を見詰めたまま灰皿で煙草を消す」という行動で話の先を促される。

「…あんた、また俺にデタラメ教える気だろ?」

 はあっと溜息を吐きながら呆れた声でそう言うとザックスは目を丸くして、次の瞬間ニヤリと笑って喋り始めた。

「デタラメだなんて心外だな。俺はお前に嘘を教えた事なんてないぜ?」

「嘘ばっかり」

「じゃあいつ、どんな嘘吐いたか言ってみろよ」

「…っ」

 そう言われると、言葉に詰まる。でも、今年の二月十四日と三月十四日。俺は確かにこの男にデタラメを教えられて、騙されたんだ。

「…今年の二月十四日と、三月十四日」

 いつの事か、それはあっさり答えられる。何月の何日か、それを口にするのは別に恥ずかしくも何ともないから。

「バレンタインは…ニブルヘイムでは、家族とか友達とか…大切な人達にチョコをあげる日だった」

 この辺も、別に平気。でも、問題は「どんな嘘を吐かれたか」を口にする事。

「…でもあんたは…ミッドガルでは、バレンタインは恋人同士の女が…男に、朝まで…ほ、奉仕、する日だって言って…「俺達の場合お前が女役だろ」って言って…あ、朝まで、俺に…い、色々、させたじゃんか」

 恥ずかしさに俯きながら、途切れ途切れに話す。顔が熱い。きっと、また赤く染まってるんだろう。

「だからー、あれは説明間違えたけど嘘じゃないって。ゴンガガではそうなんだよ」

「また嘘吐いた!ホワイトデーは「今度はお返しに男が女に朝まで奉仕する日なんだ」とか言って色々してきたし!」

「だからー、ゴンガガでは…」

「セフィロスさんに聞いたけど「バレンタインとホワイトデーにそんな事をする習慣のある地域はない」って言ってたぞ!」

 飽くまで嘘を吐き通そうとするザックスに、思わず怒鳴るように叫んだ。ザックスは小さく息を吐いて、腕を伸ばして俺の髪を撫でてくる。

「まあ、それは後で謝るからさ。…今日は、ホントの事しか言わないから。な?」

「………」

「今日、七月七日は七夕っていって…年に一度、織姫と彦星が会える日なんだ。二人は恋人同士なんだけど…確か、何か事情があって引き離されててさ。年に一度、天の川に架かる橋を通って会う…んだったかな?」

「………」

 本当に、今日は本当の事しか言わないみたいだ。文体が可笑しくてよく解らないけど、それが本当の事を説明しようとしてる証拠。

「まあ、確かそんな感じでさ。今日は星に願い事をすると叶うんだよ」

「は?何でだよ」

「んー、まあその辺は…人間が勝手に思ってるだけなんだけどさ」

「…そうだね、人間はいつだって貪欲で勝手だ」

「…ま、そう言わずに行こうぜ」

「えっ?」

 行くって何処に?
 そう尋ねるより早く腕を引かれて、椅子から立ち上がらせられる。

「ミッドガルからじゃあんまり星、見えないんだ。で、今日の為にこの前いい場所見付けといた。バイクで直ぐだからさ、な?」



「うわ…」

 ザックスに連れて来られたのは、ミッドガルの近くにある丘。バイクで三十分程だったから、車酔いの酷い俺も酔ったりしなかった。

「凄い、星…」

 上を見上げれば満天の星、それだけしか視界に入らない。真正面に見える巨大なミッドガルも闇の中で光っていて、何だか俺の気分は酷く恍惚としていた。

「な、来て良かっただろ?」

「うん、凄く綺麗」

 いつもなら「別に」とか言って流したくなるような自信満々のザックスの笑顔にも、今は素直に頷ける。

「それは良かった」

 自分も嬉しそうににっこりと微笑むザックス。こんな風に笑ってくれるなら、変な意地を張らずにいつも素直で居れば良かった。いつもそうだったら、ザックスもからかってくるようになるんだろうけど。

「寒くないか?」

「あ…ちょっと」

 半袖のティーシャツの上に薄地のパーカーを着ただけでは、初夏とはいえ夜の外は少し寒かった。

「ほら」

 バイクの側に立っていたザックスが近付いてきて、自分が羽織っていた黒いジャケットを俺の肩に掛けてくれる。

「あ、ありがと…。でも、あんたは寒くないのか?」

「ん、俺は平気だって。思ったより寒くなかったしさ」

「でも…」

「ソルジャーはな、そういうの鈍いんだ」

「あ…」

 いつだったか、ザックスが長期遠征から帰ってきた時。腕に深い怪我をしていたから大丈夫かと駆け寄った俺に、ザックスは「俺達はバケモノなんだ」「何も感じないんだ」と思い詰めた顔で繰り返していた。

「ご、ごめん…」

「んな顔すんなって」

 気配だけで苦笑していると判るザックスに、頭をくしゃりと撫でられる。暗くて俺からザックスの顔は見えないけど、魔こうを浴びたその青い瞳には俺の泣き出しそうな顔が映ってしまったんだろう。

「ほら、クラウド。座ろうぜ」

 肩に手を回されて、丘の端まで二人で歩く。ザックスは左手で俺の右手を握り、どかっと崖から足を投げ出すようにして座った。

「お、落ちたりしない…?」

 夜の闇の所為だろうけど下が見えない高さに、思わず気弱そうな声が出る。

「大丈夫だって、俺が落としたりしない。万が一落ちたりしても、こんくらいの高さソルジャーならへっちゃらだ」

「…へっちゃらって…何か、古いな」

「あっ、ヒデー!」

「思った事を言っただけだ」

 そう言い合いながらストンと、自然に腰を下ろせた。でもやっぱり身体は恐がって緊張してて、つい縋るような眼で隣のザックスを見上げる。ザックスは優しく微笑んでいて、眼だけで「平気だろ?」と問い掛けていた。繋いだ右手に微かに力を込めて軽く頷くと、ザックスは満足そうな顔をして上体を後ろに倒した。

「お前も寝転べよ」

「わっ…」

 右手をぐいっと引かれて、自分の意思とは関係なく身体が倒れる。ザックスの胸に頭を乗せる形になってしまって慌ててずれようとしたら、繋いでいた左手に頭を軽く押さえ込まれた。

「ザックス…?」

「いいじゃん、このままで。な?」

「う、うん…」

 それでも少し照れ臭くて身じろぐと、俺の頭を包んだザックスの手に優しく撫でられた。

「ほら、クラウド。上見ろよ」

 言われるままに上を見上げ、俺は数秒言葉を失った。多分、感動して。

「す、ごい…。何あれ…星?」

 無数の星が集まって出来たような、パッと見霧か何かと見間違ってしまいそうなそれ。先刻立ったまま空を見上げた時には視界に入らなかった部分、ほぼ真上にそれはあった。

「あれが、天の川。初めて見た?」

 空を指差して言うザックスに、俺は無言でコクコクと頷く。あんな物があったなんて、初めて知った。

「またクラウドのお初、ゲットだな」

「?」

 嬉しそうにザックスが言った言葉の意味に数秒経ってから気付き、何か言い返してやりたかったのに俺は真っ赤になって「あ、う…」とか言って本気で狼狽えてしまった。結局、暫らく口をパクパクさせた後に「ば、馬鹿っ!」と言うに納まった。

「何かこうしてると、故郷を思い出すな」

 ザックスは俺の言葉を聞いていたのかいないのか、俺の髪を撫でながら星空を見上げたまま呟いた。無視された事に一瞬ムッとしたけど、逸れた話をわざわざ戻す事もないなと息を吐いた。

「ああ…あんた、ゴンガガだっけ?」

「そっ。田舎だから水と空気だけは最高でさ、毎日スッゲェ星出てたんだ」

「へぇ…どこも、変わらないな。田舎は田舎、都会は都会だ」

 ミッドガルに出てきたばかりの頃、ふと夜空を見上げて星が見えなかったのに何だか不安になった事があったな。都会は夜でも明るいから星の光、正確には月の光が見えないんだ。

「お前はニブルヘイムだっけ」

「ああ…」

「前、初恋の女の子の話してくれたよな」

「…?」

 初恋?

「あ…ち、違うっ!ティファは、ただの幼馴染みだって言っただろ!」

「ふ〜ん?」

「ま、全く…何言ってるんだよ」

 そうだ、あれはただの疑似恋愛。ティファの事を護りたいとは思ったけど、キスしたいとかは全く思わなかった。勿論、今だってそうだ。

「じゃ、クラウドの初恋って俺?」

「………」

 ザックスが、ニヤニヤと笑ってる。ここで「そうだよ」とか言ったら、また「お初ゲット」とか言って調子に乗るに違いない。

「…そうだよ」

 もういいや。
 俺は諦めと呆れの溜息と共にそう言い、窺うようにザックスのほうを見た。

「え…」

 そこにあったのは、真っ赤になったザックスの顔。

「な、何照れてるんだよ、自分で聞いてきたくせに…」

「いや、そんな正直に答えられるとは思ってなかったっていうか…。え…マジ?それじゃ、マジで俺…お前の全部、貰ってんじゃん」

「なっ…」

「マジで嬉しい!クラウド、愛してる!!」

 大声で言われて、抱き締められた。暗いけど、直ぐ近くにあるから判る。ザックスの顔は赤いままだ。

「ば、馬鹿っ…離せって」

 ああもう、何でこの男はこんなに恥ずかしいんだ。俺の顔までつられて熱い。

「ほ…ほら、願い事!するんだろ!?」

 何とか気を逸らそうと、そんな話を持ち出してみた。自分でも無理矢理だなとは思うけど。

「あっ、そうだった!日付替わる前にしねぇと!」

 直ぐ様俺を解放して、腕時計を見て時刻を確認するザックス。

「よし、まだ三時間以上あるな!」

 夕飯を食べて結構直ぐに出たんだから、まだそのくらいはあって当然だろう。
 こいつ、馬鹿じゃないのか?
 本気でほっとしているザックスにそんな事を思うけど、無事気を逸らせたみたいだからまあもういい。

「本当は、短冊ってのに書いて笹に飾るんだけどな」

「笹なんて、ミッドガル付近にはないだろ」

「うん、だから今年は諦めた。来年はセフィロスにでも頼んで取り寄せて貰うか」

 諦めた?何だか、らしくない言葉だな。

「…そんな事に、セフィロスさんを使うなよ」

 来年なんて、あるかも判らないのに。

「ま…今年は、お空に直接お願いって事で」

 そう言って、言葉を切るザックス。スーッという音が聞こえて、肩の下にあるザックスの腹が思いっ切りへこんだ。

「クラウドと一生、死んでからもずっと愛し合えますように!!」

「ッ…!」

 耳に響いた大声に俺は顔をしかめた後、その内容に真っ赤になった。

「馬鹿、何だよその願い事!」

「だって「ずっと一緒に居れますように」だと、「俺が死んだらお前も死んでくれ」って言ってるみてぇじゃん。俺、そんなのやだもん。俺が死んでも、クラウドには生きてて欲しい」

 何だか俺、凄い愛のある台詞言われてる気がする。

「な、そういう問題じゃないだろ!何か他にないのか?」

「ない」

「…あのなぁ…」

 真顔でここまで言い切られると、流石に呆れるしかない。

「だって俺はさ、死んでからもずっと、お前の事愛し続ける自信あるから」

「…」

「だから、お前も俺の事愛し続けてくれれば…どっちが先に死んでも、同時に死んでも、それは過去形にはならないんだ。現在進行形で「愛し合ってる」って事になるんだよ」

「…」

 何なんだ?何で、そんな事言うんだよ。
 今日は嘘吐かないって約束したからか、普段先の話に前向きでしかないザックスが今日はやけに現実的な事を言う。これじゃあ、いつも現実的なつもりの俺のほうが覚悟出来てなかったみたいだ。

「な、クラウド。俺の事、愛してて」

 優しい声と共に、頭をくしゃりと撫でられる。
 ああ。俺、震えちゃってる。いくら顔を見られないようにしたって、これじゃ泣いてるってバレバレだ。

「…っ…愛して、るよ…ずっと」

 ずっと、なんて在り来たりな言葉。ずっとなんて有る訳ない、そう思ってた。
 だけど、今は。その言葉に、酷く縋りたい。

「…うん」

 優しく顔を上げさせられて、微笑まれる。ゆっくり近付いてくる唇を、目を閉じながら受け止めた。

「んぅ…ふ、っ…」

 ずっと、ずっと。どっちが先に死んでも。ずっと、愛し合っていられますように。
 段々激しくなってくる、だけど優しい口付けを受けながら。空の星に、願っていた。



「…やっと、来れたよ」

 誰も居ない丘で、静かに呟く。

「やっと全部、終わったんだ」

 今地面に突き立てたばかりのバスターソードに背を預け、夜空を見上げる。

「ちょっと悔しいけど、あんたの言った通り…死んでからも、愛し合ってるよ。俺達」

 誰も居ない空に向かって呟くと、星が一つ、流れて消えた。


end

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