優しい人
寒い。
「ん…?」
いつも通り自分のベッドで布団に包まって寝ていたはずなのに、急に寒くなった。不思議に思い、薄らと目を開ける。
「…おかえ、り」
視界の端に映った黒髪に、声を掛ける。一ヵ月の長期遠征に行っていた同居人が、帰ってきた。寒くなったのは、あいつが玄関の扉を開けたからだろう。
「……ただいま、クラウド」
「ザックス?」
ベッドに腰掛け、ゆっくり近付いてきて俺の額に唇を押し付けたザックス。そのいつもと違って表情の無い顔に、一気に目が覚めて上体を起こした。
「どうし、…あ」
どうしたんだ?
思わずそう尋ねそうになって、言葉に詰まる。
どうしたもこうしたもない、ザックスが一ヵ月間行っていたのは戦場だ。人間相手の、殺し合い。それに「どうした」なんて、無神経過ぎる。
「…ご、ごめん」
つい俯いて謝ると、ザックスに頭を撫でられた。
「いいって」
微かに香る、血の臭い。数日前に人を殺したばかりの手は、優しくて。
「…ごめん…」
何だか酷く悲しくて、涙ぐんでしまう。本当に泣きたいのは、他人にも優しいザックスだろうに。
「………」
ポタポタと涙でシーツを濡らす俺に、困ったようなザックスの気配。きっといつもなら苦笑を浮かべているだろう顔も、今は固まった表情のまま。魔こうの輝きを持つ瞳だけが、優しくこっちを見ているんだろう。
「……お前くらいの、子供も居たよ。…最前線に」
不意に耳に届いた、今の顔と同じで感情を押し殺したようなザックスの声。
「大人達は何も解らないだろうからって、子供を前にやってんのかも知れないけどさ。あいつら…ちゃんとやらなきゃやられるって解ってて、必死になってこっちに向かって来るんだ。…馬鹿だよな」
「………」
「俺達バケモノに、適うわけねぇのに…っ」
淡々とした口調が、小さいけれど悲痛な叫びに変わる。片手で額を鷲掴むようにして泣いているザックスを見ていられなくて、ベッドの上で膝立ちになり、自分より一回りも二回りも大きな身体を抱き締めた。
「…ごめん…、ごめん…」
縋り付くように俺の背中に腕を回して、抱き返してくるザックス。震える身体、震える声で浮言のように何度も「ごめん」と繰り返す。
「ごめ、ん…ごめん…」
「………」
勿論、それは俺に向けられた言葉じゃなくて。俺と同じくらい、もしかしたら年下の。まだこれから、何年も何十年も生きていけるはずだった、子供達への謝罪の言葉。
「ごめん…」
苦しそうなザックスの声。
「…っ」
俺もまた泣けてきて、ザックスの頭を胸に抱えるようにした腕に力を込めた。
「ザックス…っ」
この優しい人は今までどれだけの命を奪い、その何倍の謝罪の言葉を繰り返してきたんだろう。どれだけ、一人で苦しんできたんだろう。
「ごめん、ごめん…ごめ」
「もう、いいよ…っザックス!」
「…、ごめん」
もういい、もういいから。誰が許さなくても、俺は許すから。
「ザックス、も…、謝らないで…」
もういいから。
俺が何度そう言っても、謝り続けるザックス。
当然だ、その相手から許して貰えないと意味が無い。でもその「相手」はもう居ない、ザックスが殺したから。
「ごめん…」
何度謝っても、赦しの言葉は返って来ない。俺が何を言っても、ザックスが本当に救われる事はない。
「ザッ、クス…ッ」
何でこの優しい人が、こんなに罪の意識に苛まれないといけないんだろう。
神様なんて、信じてないけど。もし、本当に存在するのなら。
どうかこれ以上、ザックスを苦しめないで。この優しい人を、救ってあげて。幸せに、してあげて下さい。
「ごめ、ん……クラ…」
「ザックス…」
そして出来れば、この人を支えれる強さを、俺に与えて下さい。
神様、出来るなら。
この優しい人の傍に、ずっと俺を居させて下さい。
end
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