独りの夜が怖いのは
窓から月明かりが差し込む室内。薄暗いその部屋の隅で、俺は膝を抱えて沸き上がる恐怖心に耐えていた。
「…っ…」
寒くもないのに、身体がブルブルと震える。背筋を何かが這い回るような感覚に、俺は下唇を噛んで涙ぐんだ。
(…情けない)
つい先日。ザックスの事や神羅に居た頃の事を全部思い出した俺は、仲間達に全てを話した。
(…いや…)
全てを、話す気でいた。けれど、どうしても言えなかった。言えるわけがなかった。
(俺の故郷を焼き払い、村の人達や母さん、エアリスを殺した元英雄が…)
神羅に居た頃、俺とザックスの友達だったなんて。
『セフィロスさん』
『…クラウド。もう勤務時間は終わっている』
『あ、そっか』
『別に、仕事中でも呼び捨てでいいのにさ』
『ザックス!そ、そういうわけにはいかないよ』
『フ……クラウドは真面目だな』
いつでも優しい、穏やかな笑みを見せてくれていたセフィロス。狂ってしまったのは、神羅の所為。
(なのに俺は…、あんたを)
あなたを、殺さないといけないんだね。
「…っ!」
涙が一筋頬を伝って、俺は慌ててそれを拳で拭った。
「クラウド…」
低い聞き慣れた声が部屋に澄み渡る。俺は反射的に声のした方向、ドアの方を見た。
「ヴィン、セント…」
そこには、いつも通り赤いマントを身に纏ったヴィンセントが立っていた。
「また…あいつの事を思って、泣いていたのか…」
泣き顔のまま振り向いてしまった為か、それを指摘される。いや、いつから居たかは判らないが、きっと俺が泣いたところはしっかり見られてしまったに違いない。
「………」
言われた通りセフィロスを思って泣いていたので、跋が悪くて黙り込む。
「こんなに震えて…」
未だ小刻みに震えている身体を優しく包み込まれ、ほっと安堵の息を吐いた。
「何が…そんなに怖いんだ…?」
「え…」
急に投げ掛けられた問いに、俺は少しの間考え込んだ。
確かに、独りの夜は怖い。けれどそれは夜が怖いのか、独りが怖いのか、はたまた別の何かが怖いのか。
「…俺は…」
セフィロスを殺すのが、怖いのか?
セフィロスも失うのが、怖いのか?
「…っわ、からない…」
浮かんできた思考を振り払いたくてかぶりを振る。
(まさか、そんな事あっちゃいけない…)
「クラウド…」
名前を呼ばれて顔を上げると、赤い瞳が真直ぐこっちを見ていた。薄暗い部屋の中、月明かりに照らされた瞳は輝きとても綺麗に見える。
「ん、…っ」
至近距離にある端整な顔立ちに見惚れていると、それが更に近付いてきて唇に何かが触れた。
(…えっ?)
本当に触れただけで直ぐに離れていったそれは、どうやらヴィンセントのそれだったらしい。
「っ…!」
ある程度顔が離れて初めてそれに気付き、頬がカアッと赤くなる。つい先刻まで溢れていた涙は、驚いた拍子に止まったようだった。
「大丈夫だ…。…私が居る…」
そう言って再び強く抱き締めてくれたヴィンセントは、きっと俺が「怖い」のは「独り」だと思ってるんだろう。
「………うん」
小さく頷いて、ヴィンセントの胸に顔を埋める。
(ヴィンセント…、ごめん)
違う。違うんだ、ヴィンセント。
俺が「怖い」のは「セフィロスを失う事」なんだ。
「…ヴィンセント…」
そうと解っていて、ヴィンセントの首に甘えるように腕を回してキスをねだる。
「ン…」
そしてそれが叶えられれば、甘い呻き声を漏らしてみせた。
長い髪に少しあの人を重ねて。
こんなの、優しいヴィンセントを利用してるだけだって解ってる。でも、独りの夜は怖いんだ。淋しいんだ。
部屋の隅で、独りで震えてるのなんて嫌だから。
(だから…)
「お願いだから、側に居て」
end
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