トリックオアトリック
「兄さん!トリックオアトリート!」
リビングで寛いでいるとピンポーンと呼び鈴が鳴り、出ると魔女の仮装をしたカダージュが立っていた。
「ああ、今日か…」
「兄さん、お菓子用意してくれた?」
トンガリ帽子を被ったカダージュが首を傾げる。同じく先の尖った靴と、シンプルな黒のローブはエアリスお手製だろう。
「ああ、一週間前から言われてたからな。…ん?カダージュ、他の二人はどうしたんだ?」
「ヤズーとロッズならおじさんの家で悪戯してるよ」
「え?ザックス、お菓子用意してなかったのか?」
あのお祭り男が意外だな、なんて思ってそう聞くとカダージュは首を横に振った。
「お菓子は貰ったんだけど、みんなお菓子くれるからつまらないってさ」
「………」
道路を挟んで斜め向かいのザックスの家を見ると、壁は腐ったトマトや卵が投げ付けられてぐちゃぐちゃになっていた。ザックスの悲鳴のような物も聞こえる。
「…悲惨だな」
俺は心の中でそっとザックスを哀れんだ。
「ヤズーはドラキュラで、ロッズはミイラ男なんだ。全部母さんが作ってくれたんだよ」
「エアリスも頑張ったんだな」
「うん、姉さんも手伝ってたけどね。父さんは何もしてくれなかったから、今から悪戯しに行くんだ!」
「セフィロスに悪戯!?…やめとけ、返り討ちにされるぞ」
「大丈夫だよ。みんな何だかんだ言って、僕達が可愛いんだからさ」
そう言って自信満々に笑うカダージュが微笑ましくて、肩を竦めて家の中に入るよう促した。
「少し休んでいったらどうだ?二人が来るまでまだ掛かるみたいだし」
「うん!」
素直に頷いて家の中に入って行くカダージュ。最初の頃は兄さんと呼ばれる事に抵抗があったが、今ではすっかり慣れてしまった。
今年の春、路地裏で震えていたのを放って置けなかったとかでエアリスが連れて帰った三人の子供。彼らはエアリスの事を母と呼び、セフィロスの事を父と呼んだ。とは言っても二人は夫婦関係にある訳でも恋仲にある訳でもなく、セフィロスに外見が似ている為よく本当の夫婦と間違われ、セフィロスはその度憤慨していた。ティファの事を姉と呼び、俺の事を兄と呼び、そしてザックスの事は何故かおじさんと呼ぶ。
住んでいるのはエアリスの家でも、この近所みんなの子供みたいな存在だ。
「兄さん、トリックオアトリート」
そう言いながら呼び鈴も鳴らさずに、ヤズーとロッズが入ってきた。
「カダージュはどこだ?」
ミイラ男に仮装しているロッズが喋りにくそうに聞いてきて、俺は笑いながらリビングを指差す。
「カダージュ、兄さんからはもう貰ったのか?」
「ああ、二人の分も貰ったよ。ねぇ、おじさん泣いてた?」
目を輝かせながらそう言うカダージュに、ヤズーとロッズはニヤリと笑いながら頷いた。きっと明日ザックスに掃除の手伝いをさせられるだろう俺は、苦笑いを浮かべるしかない。
「よし、じゃあ父さんに悪戯しに行こう。またね、兄さん」
「また今度遊ぼう」
一番小さいくせに先頭を切って出て行くカダージュ、それに付いて行くヤズーとロッズはやっぱり微笑ましい。
「クラウド!」
三人が出て行って直ぐ、入れ替わりにザックスが入ってきた。
「あの悪魔達はもう行ったか!?」
「ザックス…大袈裟だよ」
「いや、大袈裟なんかじゃねぇ…見たか!?俺の家!末恐ろしいガキ共だぜ…」
俺の肩を掴んで真剣に言うザックスに、俺はこれから言われるだろう事を予想して苦笑した。
「頼む、クラウド!明日、掃除するの手伝ってくれ!」
「やっぱりな…」
「頼むよクラウド〜」
「…はぁ…」
わざとらしい溜息を吐いても、俺は断り切れずにザックスの家の掃除を手伝う事になるだろう。
お菓子を与える側になって、初めてのハロウィン。自分の家に被害はなかったものの、あの悪戯好きな子供達をみんなで躾け直す必要があるかな、と思った。
end
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