結婚しよう
「…なあ、クラウド」
風呂上がり。タオルを首に掛けたまま雑誌を捲っていたクラウドは、真剣な表情のザックスに呼ばれて振り向いた。
「何?」
いつも通り上半身裸のままで居るザックスに、呆れたような声と視線を向けるクラウド。けれど次にザックスから出た言葉に、思わず得意の表情が崩れた。
「そろそろ、籍入れない?」
「……」
言葉も出ず目を見開いてザックスを見詰めるクラウドに、ザックスは照れ笑いを浮かべて頭を掻いた。
「…っ」
その笑顔に、ふと我に還るクラウド。何でいきなり、とか。俺まだ十五だし、とか。主張したい事は沢山あった。
否、それよりも。
「俺は男だって言ってるだろ!!」
ぶちっと何かが切れて、クラウドはそう叫んでいた。
「で!?何なの?いったい」
ようやく落ち着きを取り戻し、それでもまだ刺々しく声を荒げるクラウド。その前には、床の上で正座をさせられたザックスが居た。
「何もかんもないよ、クラウド。結婚しよう」
ソファに足を組んで座っているクラウドに「馬鹿じゃないのこいつ」と言うような顔で見下ろされているにも関わらず、その眼は真剣そのものだ。
「だから、何なんだよ、いきなり!」
ちゃんと説明しろ、と言うクラウドに、ザックスはまるで主人に怒られた犬のようにうなだれてみせた。
「…今日、セフィロスに言われたんだ」
「何を?」
「クラウドの具合はどうなんだ、って」
「?」
ザックスの返答に、クラウドは首を傾げた。
セフィロスさんが、自分の具合を気にしていた?別に最近、体調を崩したりした覚えはないが。
「あ、いや、…そっちじゃなくて」
クラウドの思案に気付き、ザックスが声を掛けて腕を伸ばす。
「こっち」
そう言って、ザックスはクラウドの尻を撫でた。
「な、何するんだよ!」
「ぉぶっ!」
ザックスの顔面に、クラウドの膝がめり込む。
「お前が解ってなかったから、教えてやったんだろー?」
赤くなった鼻を擦りながら言うザックス。
「煩い黙れ!っていうか、何でセフィロスさんがそんな事…デタラメ言うなよ」
「なっ!デタラメじゃねーって!お前、セフィロス信頼しすぎ!」
「そりゃ、あんたなんかよりよっぽど信頼出来るに決まってるだろ」
「あーもー…」
これじゃ堂々巡りだ。
そう呟いたザックスは、有無を言わせないようにクラウドの唇に自分の人差し指を押し当てた。
「いいかクラウド、よく聞けよ?これから俺が言う台詞は全部、今日セフィロスが俺に言った物だ」
そう言ったザックスは、セフィロスの声を真似ながら喋る。
「クラウドとは上手くいっているのか?あっちの具合はどうなんだ?お前なんかで満足出来ているのか?なんなら俺が相手をしてやっても構わない…いや、寧ろしてやろう」
「んなっ…」
つい文句を言おうとクラウドが口を開く。けれどザックスはクラウドの唇に当てたままの人差し指に軽く力を入れ、続けた。
「それに俺はこう応えた。俺達はメチャクチャ上手くいってるし、身体の相性もバッチリだ。オッサンが出る幕はない―ってな。そしたらセフィロスの奴、こう切り返してきたんだ。」
でも籍を入れているわけでもない、戸籍上は他人だろう。俺がクラウドを奪う権利は充分ある。
そう言って妖しげに笑った。奴は本気だ、とザックスはクラウドに語り聞かせる。
「だからクラウド、結婚しよう!」
そう言ってクラウドの肩を掴み、真剣な瞳で見詰めるザックス。クラウドの肩は、わなわなと震えていた。
「…っ」
「ん?」
「んなわけあるかー!」
突然そう叫び、ザックスに向かって拳を振るクラウド。それは綺麗にザックスの頬にめり込んでいった。
「セフィロスだよ!?英雄だよ!?俺のヒーローがそんな事言うわけないだろ!」
「く、クラ…?俺のって…!?」
「大体俺達男同士だろ!結婚なんか出来るわけないよ!っていうかしないよ!」
混乱したクラウドの「俺のヒーロー」発言に狼狽えていたザックスは、クラウドの言葉に我に還った。未だ何か喚き散らしているクラウドの肩をがしっと掴み、諭すように言う。
「クラウド……ミッドガルでは、男同士でも結婚出来るんだぞ?」
「…!?」
ザックスの口から告げられた驚愕の事実に、クラウドは目を見開いた。
「俺も田舎出身だから最初に聞いた時は驚いたけど…マジで、ミッドガルでは同性同士の結婚も許されてるんだよ」
「そ、んな…」
確かに、その事実を知らなかった事もクラウドにはショックだった。幾ら田舎出身とはいえ、ここでの常識であろうそれを知らなかったなんて。しかし、それよりも衝撃的なのは。
「じゃああんたの「結婚しよう」って、本気だったのか!?」
そう、冗談とばかり思っていたザックスの言葉が、実現出来るものだという事だ。
「本気に決まってるだろ?クラウド、結婚しよう」
「ちょ、ままま待って」
誓いのキス、とでも言わんばかりにクラウドの唇に自分のそれを近付けるザックス。クラウドは、右手を顔の前に出してそれを制した。
「ちょ、は、離してよ」
いつの間にか二人共ソファや床から立っていて、ザックスの右手はクラウドの腰をしっかりと抱き寄せていた。
「ダ〜メ!チュウしてからな」
子供みたいな口調で言って、邪魔をするクラウドの右手を自分の左手で掴み、下ろさせるザックス。
「っ…」
そしてクラウドの口から抗議の言葉が出るより早く、チュッと音をさせてその唇を奪った。
「っ、ば、馬鹿!」
途端に顔を赤くして、少し俯くクラウド。しかし、次にザックスの口から出た言葉に、弾かれたように顔を上げた。
「よし、誓いのキスもした事だし!式はいつにしようか?」
「な…」
「セフィロスの奴も呼んでやろうな!きっとメチャクチャ悔しそうな、レアな顔が見れるぜ〜」
そう言って、勝ち誇ったような顔で笑うザックス。クラウドは、してやられたと顔面蒼白になっている。
「…」
しかし、本当に嬉しそうなザックスの顔を見ていると、怒る気も失せてくる。
結局は、自分もザックスを好きなのだから仕方ない。「結婚しよう」と言ってくれたという事は、自分とずっと一緒に居たいと思ってくれているという事。本当に好きな相手にそう言われて、嬉しくないはずがない。
「…仕方ない、な…」
嬉しい、なんて言葉に出来なくて、諦めたようにザックスの肩に額を押し当てるクラウド。照れ隠しだと判っているのだろう、ザックスが小さく笑った。
「幸せにするぜ、クラウド」
クラウドの髪に軽くキスをして、ザックスが呟いた。
その後。本当に挙げられた二人の結婚式で、彼の英雄がメテオでも喚びそうなどす黒いオーラを纏っていたとかいないとか。
end
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