面影-ふたり-

「面影」のアフターストーリーです。
 そこまでしなくても、ちゃんと伝わっている。



面影-ふたり-



 土日を本多と過ごした週明け。
 御堂はいつも通り高級感のあるスタイリッシュなスーツに身を包み、MGNに出社していた。
 上から下りてきた資料や、部下の提出書類に目を通す。

 あれから、部屋のどこに置くのが最適か考えた。仕事で頭を使うことには慣れているが、恋人の写真を自室に飾るのは初めてである。
 しかも対象は男。幼い頃の物なのに、なかなか決めることが出来ないでいた。
「何をやっているんだ。私は……」
 御堂は思わず苦笑いした。らしくないと思った。感情を乱されていると思った。
 頭で考えるより先に感情が前に出てしまう。

――悩むくらいなら飾らなければいい。

 その判断を下すことは今の御堂には出来そうになかった。そして不意に思ったこと。
「あいつは……どうしたんだ」
 御堂は、資料の文面をなぞりながら、頭の片隅で本多の行動を予想していた。






 その日、御堂はMGNが新たに開発した商品の打ち合わせで多忙だった。
 昼食もまともに挟めないほどで、漸く一息ついた頃には既に外は赤い太陽が沈みかかっていた。
 デスクに向かいPCのメール画面を開くと、案の定、十数件のメールが溜まっていた。
 御堂は一件ずつ内容を確認していく。中には贔屓にしている会社からの連絡もあるため隅々まで念入りに目を通す。
――先日の会合の件
――打ち合わせ時間の変更をお知らせ致します
――not title

 件名の無いメールの送信者は本文にこう綴っている。
 "御堂部長へ。プロトファイバーの生産について直接確認したいことがあります。今晩御社へお伺いします。"

「……」

 "キクチマーケティング営業第八課 本多憲二"

 御堂は時計を見る。18時前。
「明確な時間の指定は無いのか」と心の中で毒づく。
 19時か20時か、更に遅いのか。有無を言わさない文面も何となく癪に障る。御堂は顔を顰め、机に置かれた書類に視線を落とす。何枚かクリップで留めたものやファイリングされた資料の束があり、一時間程度で済ませそうな量だった。
「19時までには来い」
 誰に聞こえる筈もない声が執務室に響き、御堂は仕事を再開した。



 そして19時半を過ぎた頃、本多はやってきた。
 受付から「キクチマーケティングの本多様がいらしております」と連絡が入っていたので通すよう伝えた。
 コンコンとドアを叩く音がして、入るよう促すと、
「失礼します」
 一礼して本多が部屋に入る。

「遅い」
「御堂部長。……すみません。忘れ物をして取りに帰ったらこんな時間になっちまって」
「言い訳は結構だ。だいたい、時間の指定も無いとはあまりに身勝手すぎるんじゃないか」
「あれ? 俺19時過ぎに来るって言ってませんでしたっけ?」
「……もういい」
 御堂は本多を見据えると盛大に溜め息をついた。
「いいから座りたまえ。用件は手短に頼みたい」
「はい。それじゃあ、早速ここの……」

 本多は簡潔に状況を説明し、売り上げや今後の生産について問う。
 御堂も仕事のパートナーとして最善の策を提議する。
 時折意見の食い違いはあるものの、最終的には双方が納得した上で了承する。そんなやり取りはもう何度もあったことだ。

 結局30分ほどで仕事の話は終了し、本多は書類を片すと長い手足を伸ばせるだけ伸ばした。
「んんー……。ふぅ。しかし御堂さん。あんたってほんとスゲェよな。俺たちが訊くことに何でも答えれるなんて」
「私が対応出来ないで部下や商品を動かすことなど出来ん」
「それがスゲェって言ってるんですよ」
 たまに腹も立つけど、と小言を言う本多をキッと目で威嚇すると、しらばくれた顔で宙を見る。

 その子供染みた態度。
(悪さをして母親から逃げる大きな子熊みたいだな)
 本多に熊の風姿が見えた気がして、御堂はこめかみを押さえた。

「……君は、本当に馬鹿だ」
「何ですか、いきなり」
「成長したようでしていない」
 含蓄がんちくを含んだ言葉に、本多は顔色を変える。

「あの……御堂さん、今日何かあったんですか?」
「何故そう思う」
「いつもより厳しいっつーか冷てぇっつーか。まあ、此処だからかも知れませんけど」
 本多は辺りを見渡して言った。
「公私は分ける。それに、私は君を甘やかしたことは一度も無い筈だか?」
「……やっぱ何かあったんでしょう?」
 ツンと張る御堂の姿に、本多は確信を持って尋ねた。

「特に重要なことは無い」

 写真の件が多少気になってはいた。
 飾る場所などいつまでも悩むようなことでもないが、現に御堂は置き場所を決めかねている。

 ではこの本多はどうか。あまり考えてなさそうにも思えて、御堂は少しだけ胸がざわついていた。

 御堂は立ち上がってデスクへ向かうと、本多に背を向けたまま言葉を続ける。
「大したことは無い。……が、とりあえず訊いておこう。君は、あの写真をどうしているんだ?」
 まるで仕事の話をしているかのような口調で訊いた。
 本多は「え?」と疑問の声を零して考える。
「あの写真? ……ああ、もしかして御堂さんが子供の頃の」
「どこかにしまったのか?」
「まさか。いや、その……、部屋に飾りたかったんですけど、置き場所に困ったっていうか、迷ったっていうか。自分のアルバムにしまうのも違う気がしたし……」
 御堂は心臓が少し高鳴ったが平然を装う。

「一応、持ち歩いてはいるんですけどね」「そうか。君も、か……」
 二人の呟いた声が重なった。お互いの視線がぶつかる。
 
「……え? み、御堂さん?」
「……何でもない。気にしないでくれ」
「"君も"って……。まさか御堂さんも?」
「誤解するな。言葉のあやだ」
「持ち歩いてるんですか!?」
 本多が眼を輝かせる。
「勘違いするなと言っているんだ。それに肌身離さず持ち歩くほど、私は女々しくない」
 御堂は声のトーンを抑えて言い切った。
 しかし、どうにも耳が熱い。首の後ろまでちりちりとむず痒い。
 こんな照れ隠しなど感づかれるのだけは避けたかった。

「御堂さんっ!!」
 本多は、たまらないといった面持ちで含羞はにかみ名を呼ぶ。
 何もかも包んでくれそうなほど温かい声音。
 そう。それは、赤面した御堂の身体をすっぽりと後ろから包んでくれる心地よい体温。

 御堂は、先ほどの失態ともいえる出来事を隠す為、敢えて威儀を正した。

「おい、本多君。ここは会社だ」
「そうですね」

 しかし本多はさらりと受け流す。

「君は我慢というものを知らないのか?」
「抱き締めるくらい、いいだろ」
「それだけでも十分問題だ」
「こんな時間に御堂部長を訪ねてくる人間なんてそう居ないでしょう。俺は来るけど」
「調子に乗るな」
 はいはい、と嬉しそうに本多は言って御堂を正面に向かせると、更に強く抱き締める。
 御堂と本多の内ポケットに入っている写真が重なる。互いの厚い胸板に挟まった二人の少年。写真が重なるなど滅多にないことだ。こうして抱き合ったりしない限り――

 本多が御堂の背中をスーツ越しに撫でる。それは、"よしよし"と、子をあやすような手つきでとても優しい。

「……御堂さん」
 本多の艶っぽい声がして、背中に回っていたそれが徐々に下がる。大きな手が御堂の引き締まった尻を掴んだ。

「やめろ。いつもの事だが、君はもう少し時と場を弁えるべきだ」
「それは御堂さんもだろ。こんなときに堅いこと言わないで下さい」
 一歩も引かない本多に、御堂は一度大息をつくと尻に伸ばされた手を逆手で掴みあげた。
 ぎょっとして咄嗟に振り向いた本多を強く見据える。
「い、あの、御堂さん……?」
「駄目だ。私の写真が折れる」

 私の、――幼少期時代の写真。
 私の、――持っている写真。

「躾のなっていない君に"私の"写真を折られては敵わん」
「はぁ!?」
 おあずけを喰らった上に理不尽な言葉をかけられた本多は、実に不服そうな声あげた。

「閉めるぞ。出たまえ」
 御堂は会心の笑みをこぼすと、さっさと帰り支度をする。
 御堂の言葉の裏に隠された想いに本多は気付いていないだろう。
 それで構わないと御堂は思った。
 そんなもの、口に出して説明するつもりもない。自分がどう思っているかより、今は本多の反応を見ていたい。

「本多君」
 ふくれっ面の、この男の、
「今度から、写真は持ち歩かないことだ」
 御堂に見せる優しい顔を。
面影-ふたり-*END





――飾るは思い出。携帯するは幸せ。

2008.06.19


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