NACHI様から(Metamorphose-前編-)
GLASSES★LOVE/NACHI 様
前編後編








Metamorphose(前編)



この男無しでは辿り着けない赤の世界…

長く編んだ金色の髪を揺らし、時折振り返っては
丸いレンズに隠した瞳を楽しげに眇めて佐伯を誘導する。
黒の衣装が暗闇に溶け、いつの間にか辿り着いた深紅の空間は、かつて自分の意思で
ここに来たことがあったのだろうかと、薄れ行く曖昧な記憶を探りながら
佐伯は上質な、それでいて卑猥さを含む部屋を眺めた。

「一体、今日は何の用だ。俺は暇じゃないんだが」

手触りの良い1人掛けの椅子、その背凭れに手を添え
佐伯は未だ正体不明の男を見据える。

―――敵なのか、味方なのか…
ただ、危険な香りを放つ男だということは最初の出会いから分かっていた。

「これは失礼致しました。全てにおいて完璧な貴方なら、そちらの世界で
退屈されているのかと思いまして…」

「…まぁな、仕事以外では確かに退屈かもしれないな」

「退屈凌ぎに、新たな余興のテストをしていただけないかと」

「俺に?」

「ええ。佐伯克哉さんに、です」

佐伯の了解の言葉も聞かず、以前にMr.Rと名乗った男は
壁際にあるアンティーク調の家具へと歩み寄る。その一つの引き出しを
音も立てずに開け、中から金髪のウイッグを取り出した。

「人間、誰にも変身願望があります。身近で例えるなら、化粧や普段とは違う衣装を
身に纏うことで、その欲望を満たしている…」

また遠回しに御託を並べるのかと、佐伯は短い溜息を流し
まるで自分の為に用意されていたような椅子へと深く腰掛け悠然と脚を組んだ。
鎮座する佐伯の足元に、黒の男は跪いて王に献上するように輝くウイッグを差し出す。

「自分以外の誰かを演じ、普段は感じることの無い快楽を味わう…。
貴方は虐げる事に悦びを得ている立場の人間でしょうが、逆も試してみては如何ですか?」

「俺はSだから、たまにはMの気持ちも理解しろと?」

「そう聞こえましたか?」

それ以外にないだろうと佐伯はブリッジを押し上げて、自分より下から送られてくる
笑みを含んだ視線を一瞥した。
二人の視線の間には、まだウイッグが残されたまま。
佐伯は受け取ろうとせず、相手が諦めるのを待っているようだった。

「貴方はその眼鏡を外すだけで…逆の立場にもなれるでしょう。
それは私が…いえ、貴方が一番良く判っている筈」

「……それで?」

「このクラブでは、貴方のように優れた方ばかりではなく凡人も紛れています。
眼鏡を扱うことの出来ない人間…。その方々に簡単な変身をしていただくのです。
快楽を求める立場から、与える立場になる…または、その逆ですね」

「要するに、俺に何をさせたい?」

苛つく声色を隠し、これ以上話を聞くのは時間の無駄だと言いたげに
佐伯は自分から少しでも遠ざけさせる為か、ウイッグを手の甲で弾いた。
まるで生首のように転がり、編んだ髪が床に美しく平伏す。
自分の髪型と酷似しているそのウイッグを男は何事も無かったように掴み
再び佐伯に差し出した。

「貴方が、私になるのです」

「俺がそれを被り、見かけだけお前になって誰かに虐げられるのか?」

「外見が私になっても、貴方は貴方のままでいられるか…試してみませんか?」

「断る。俺には変身願望など無い」

佐伯は組んでいた脚を解き、靴音を床に落として椅子から立ち上がり
この場から立ち去ろうと深紅のカーテンの向こう側を目指した。

「変身願望があったから、その眼鏡を掛けているではないですか?」

楽しそうに訊ねる声が佐伯を引きとめた。
密室の空間に無いはずの風が流れたように、妖しく長い髪が宙を舞う。
手にしているウイッグも同じ波長で揺れ動いたかもしれない。
その様子を窺うこともできずに、佐伯は背を向けたまま言葉を搾り出す。

「……仮にそうだとしても、今は無い」

「では、何を恐れて逃げるのです?」

「……」

佐伯は踵を返し、男の傍に歩み寄るとウイッグを奪うように取り
鋭い眼差しで相手を見据えた。

「この俺が怖くて逃げ出すと思われるのも心外だな。
コスプレなんか興味も無いが、俺がお前になるなら、お前は誰になるんだ?」

指の間に絡む人工の髪に、妙な温かさを感じる。今の今まで生きていた人間の
毛髪のような生々しい感触。
それだけ精巧にできているものなのかと、佐伯は気になったが
男の次の声に意識は集中した。

「私は貴方になります」

「…入れ替わる、ということか」

「はい、外見も立場も互いに変える…。
勿論、卑猥なプレイを好まないならそれはそれで。会話だけでも楽しませてください」

「気に入らなかったらすぐに止めるぞ」

「ええ、それはご自由に、貴方にお任せいたします」

至極の笑みを浮かべ、黒い男はいつの間にか用意した柘榴の実を差し出した。
熟れた果実が強い香りを放ち、佐伯の鼻腔を擽る。

「契約の証です、佐伯克哉さん。さぁ……」

無意識に伸ばしたような佐伯の手が赤い魅惑を受け取る。
術にかかったように口にすれば、これまでに経験しなかった甘い痺れが
体中に流れ沁み込んでいった。

(もしかしたら、この感覚は以前にも…)

佐伯の意識が霞の中を彷徨い、最後に聞いたのは自分に似た口調の声。
どこかぞくりと肌を粟立てさせる艶声が鼓膜を振動させた。

「いい子だ、残さず食べ終えたら…たっぷりと愉しませてやる」

気が付けば、座り込んでいる自分。
黒い衣装に身を包み、獣が餌を喰らうように床に転がっている柘榴を口にしていた。
長い金の髪は背中を垂れ、深く被った帽子から見上げると…



自分と同じ格好の…いや、佐伯克哉の格好をしたMr.Rが
手に鞭を持ち、王のように君臨し椅子に座っていた。
冷ややかな視線と鞭の空気を裂く音が佐伯に下りてくる。



恐怖や後悔などの感情は訪れず、佐伯はただMr.Rの言葉を…


―――自分の言葉をひたすら待ち続けていた。
Metamorphose (前編)*END





2008.10.04




GLASSES★LOVEのNACHI様から頂きました!NACHI様初の眼鏡受SSを頂戴致しました!
“Metamorphose”メタモルフォーゼ。本来の性質を変化させること。
入れ替わりモノ!Mr.Rヘアーのウイッグを手にした眼鏡。
「アイツが俺で、俺がアイツで」です。眼鏡姿のMr.Rが、Mr.R姿の眼鏡を嬲るのです!
す、素晴らしい……!まさに柘榴を用いた世界ですね!本来の意識はそのままにしつつ、いつもと違う服装の自分に違和感を持つ。
Mr.Rコスになった眼鏡を楽しそうに嬲るMr.Rの姿が脳裏に浮かんできます。嗚呼……何と愉しそうに……。
Mr.Rの見解を持った眼鏡の精一杯の受身を取る姿。魅惑!
そしてこちらのお話は前編後編と御座いまして、この後、どう展開されるのか非常に楽しみです。
>>後編はこちら♪

NACHI様、素敵なSSを有難うございます!後編もPC前で正座して楽しみにしております!



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!