御堂サイド/
佐伯サイド【AA創立後半年以内】
●●●私の知らない -sideM-●●●自分の胸で眠る佐伯克哉、というものを見たとき、「好きだ」と言われたときよりも動揺した。
抜け目なく人に弱みを見せない男が、これほどに自分を信頼しているのかと。
「信じていいんだな」と聞いたものの、御堂には、そう、つい聞いてしまうくらい、このとんでもない経緯で、恋人であり仕事での相棒となった、公私共有のパートナーを、心底信頼しているとは言い難い。
愛されていることは解っている。その能力は信頼している。
馬鹿で我儘で強引で変態で鬼畜で外道で子供な、欠点のバーゲンセールのような男をそれでも好きでいると決めたのは自分だ。
付き合っていて意外に可愛い所や、抜けたところがあるのも解ってきた。
甘えられると嬉しいし、信頼されるのは心地いい。
きっと、佐伯も、自分にそうして欲しいのだろうとは思うのだが、なかなか素直に甘えたり、気持ちの全てを曝け出すことは出来ない。
そうなると、もうすでにそれは自分じゃないだろう、とまで思う。
30年以上、頑固に築き上げてきた堅牢な砦は、佐伯の暴挙のせいで、少々崩れたかもしれないが、その土台は健在だ。
愛の恋だので、おいそれと変われるものではない。
それでも体を委ね、気持ちを重ね合わせる瞬間だけ、少し素直になれる。信頼とは違うのかもしれないが、今、この瞬間にこいつに殺されてもいいとすら思う。
佐伯とのSEXは、毎回が小さな死だ。
痛みとすれすれの享楽に溺れた自我が崩壊するとき、そこに自分が目指す『完璧なエリートの御堂孝典』はいない。
変えられた体。そうして変わらない心。
心は自らでないと変えられない。
ソファーに座ったまま、グルグル結論の出ない問題を抱えているのは全く不毛だと思う。
「御堂さん!」
呼ばれた声に、思考が遮られる。
先に風呂に行った佐伯が、バスルームから声を上げていた。
「どうしたんだ?」
「すまんが、シャンプーが切れている。取ってくれないか」
入浴前にチェックしていないとは抜かりのない佐伯にしては珍しい、そう思いつつ、浴室とレストルームの間にあるストッカーから買い置きのボトルを取り出した。
湿気で篭る脱衣所に入り、浴室の扉を開けると、全裸の佐伯が頭からシャワーを浴びていた。
前かがみに下げた頭から、背を湯が伝っていく。
やけに無防備で、可愛らしい姿につい笑みが漏れた。
キッチリと引き締まった滑らかな背、右の肩甲骨の下には小さなほくろがあった。
そういえば、こんなふうにマジマジと佐伯の背中を見るのは初めてのことだ。
行為の最中は、背に爪は立てても自らが佐伯の後ろに回ることは無いし、それ以外のシーンでは佐伯が半裸でいたとしても、どこか気恥ずかしくて見ていられない。
「ああ、ありがとうございます」
御堂が来たことに気が付いた佐伯が、濡れた髪をかきあげながら手を出すのに、ボトルを差し出す。
掌で隠れた口元は、隠しきれない笑みに歪んでいた。
この男が、こういう笑い方をするときは、碌な事がない。
不味いと思った時は遅かった。
気が付いた時は、手首を強く引かれ、佐伯と共にシャワーの下にいた。
ボトルが手から滑り落ちタイルの上で鈍い音を立てて転がる。
ザアザアと絶えず落ちる湯が、シャツを濡らす。肌に貼りつく生地が気持ち悪い。
「一体、何の真似だ?!君はっ」
「一緒に風呂に入りましょう」
ニッコリとワザとらしく邪気のない笑顔で言う佐伯に、掴まれたままの手首を振り払う。
「順番が違うだろう」
「まともに誘ったって、あんたは素直に言う事を聞いてくれないじゃないか」
「だからと言って。こんな嘘をついてまですることか」
心底呆れる。確か、朝に使った時、シャンプーはボトルに1/3は残っていたはずだ。ここに来るまで忘れていたのはウカツだったが、子供じみた真似をする。
これだからこの男は信用できないと言うんだ。
「御堂さんこそ、俺の背中に見とれて赤くなってたじゃないか」
「・・・それはっ」
言いながら、佐伯の手は濡れて固くなったはずのシャツのボタンを、易々と外していく。
こういうところでばかり器用な男だ。
「俺が欲しくなったんじゃないのか?」
「佐伯!」
ベルトを外し下着ごとズボンを下ろされると、意に反して熱を帯び始めたそこが、露わになった。
悔しく恥ずかしい。
しかし、そんなことを恥ずかしがっている、小娘のような自分を知られるのが、もっと恥ずかしい。
「風呂に入るのに服を着ているのは無粋ですよ、御堂さん、協力して下さい」
足元にもたつく濡れて重くなった衣類を、半ば自棄になって脱ぎ捨て、浴室の隅に放る。
クロコダイルの手縫いベルトは気に入りだったが、これだけ濡れてしまっては、もう使い物にならないだろう。
「そもそも一体誰のせいだ」
肌に貼り付くシャツも剥ぎ取ると、満足そうに佐伯は笑った。
なんだか違和感があると思ったら、眼鏡が無いのだった。
眼鏡を外し前髪を下ろすと、とたん優しげになる顔は、不意に、まだ自分の知らない佐伯がいるような気にさせられる。
「俺のせいだな」
しゃあしゃあと言う、男に心底惚れている。
自らが目を背けて、見ていなかったほくろのように、きっと。未だ、自分の知らない顔を隠し持っているのだろう。
目を逸らさず、お前を見ていれば、総てを知ることができるだろうか。
きっと、私が一番信じていないのは、お前ではなく私自身なのだと思う。
自分から、佐伯の首を引き寄せキスを求めた。
舌を絡める水音は、シャワーの音に掻き消される。
「積極的ですね」
やや訝しげな佐伯に笑った。
「たまには、お前のリクエストに応えてやるのも悪くないと思ってな」
今だけは、このシャワーの雨に、プライドも羞恥も洗い流して。
お前のほくろの位置を全部知ることから始めようと思う。