specific





それはきっと

どんなものよりも…










specific
―特効薬―













『…チチ』



小声で囁くように名前を呼び、そーっと寝室の扉を開く悟空



シンと静まり返る部屋の中



入口に立ち、ベッドに目をやると、咳込む音に合わせて、布団が微かに動く



悟空は静かに扉を閉めると、抜き足差し足で、ベッドの方へと歩き出した



そこには、風邪をひいて寝込むチチの姿



気配に気付いたチチは、その方向へと顔を向けた



『悟空さ…入ってきたら…駄目だって言ったでねぇか』

『そうだけどよ…心配でさ』

『うつったら大変だべ…大丈夫だから、早く部屋でていってけろ…』

『でもよぉ…、あっ!』



悟空は、あることを思い出し、そうだ、と言って手を鳴らした



『お粥食うか?』

『え…でも、悟空さ作れるだか?』

『さっきブルマんちに悟天預けてきた時に渡されたんだ、風邪にはお粥がいいから食わせてやれって』



風邪をひいたチチを気遣い、ブルマは悟天をうちに連れて来いと悟空に伝えた



言われた通り、悟天を連れてカプセルコーポレーションへ向かった際、ブルマから、鍋に入ったお粥を渡されていたのだ



子供の面倒を引き受けてくれたうえ、お粥まで作ってくれたブルマに、チチは申し訳ない気持ちと、感謝の思いでいっぱいになる



『そうだったのけ…じゃぁ、有り難くいただくだ』

『あぁ、今持ってくっから、ちょっと待ってろよ』



そう言って、悟空はポンとチチの頭に優しく手を置き、部屋を出て行った



閉まった扉を見つめ、チチはいつも以上に優しく接してくれる悟空に嬉しくなり、自然と顔が緩んだ



しばらくすると、ガチャっと扉が開き、お粥が入った茶碗を持った悟空が入ってきた



『持ってきたぞ』



悟空はベッド脇の椅子に座ると、カチャカチャとスプーンでお粥を軽く混ぜ始める



『ありがと、悟空さ』



ゆっくり起き上がり、チチはそれを受け取ろうと、悟空に両手を差し出した



その手に気付いていない悟空は、スプーンでお粥を掬い、フゥーフゥー冷まし



『はい』



と言って、それをチチの口元へと伸ばした



『え!?じ、自分で食べるからいいだよ』



食べさせてもらうことに照れたチチは、そのスプーンに手をかけようとする



…が、悟空はそれを避けるように、ひょいと手を逃がす



『いいから、ほら』



一瞬、戸惑ったものの、照れるなって、と優しく笑う悟空の笑顔には、やっぱり逆らえないチチ



口元のスプーンをゆっくりくわえ、お粥を口にした



『熱くねぇか?』



心配そうに顔を覗き込んできた悟空に、チチは頷き



『大丈夫だべ、美味しいだよ』



そう言って笑顔を見せた



『そっか〜、良かった』



ブルマも料理できんだなー、と、少々失礼なことを口にしながら、悟空はまたスプーンでお粥を掬う



その言葉にクスクス笑いながら、差し出されたお粥を口にしていくチチ



そんな中、チチは色々なことが頭に浮かんできた



『悟天ちゃん、迷惑かけてねぇだか…』

『たぶんトランクスと二人で遊んでるだろうから、大丈夫だろ』

『ならいいだが…』

『帰りは悟飯が学校終わったら迎えに行ってくれるしよ、心配すんなって、ほら』



悟空はそう言って、またお粥を差し出す



チチは、まだ少し心配な気持ちを抱えながらも、それを口にする



『あっ!』

『どうした?』

『洗濯物もあるだ、それに昼ご飯…あっ、後、夜ご飯も作らねぇと!悟空さ、お腹空いてるべ!?』



あれもこれもやらなくては、と、次々に口にしながら自分を見てきたチチに、悟空は小さく微笑んだ



『チチ〜、何もしなくていいからよ』

『…で、でも』

『飯も適当に食うからさ、おめぇはゆっくりしてろ』

『悟空さ…』

『ほら、そんなこと気にしてねぇでたくさん食って力つけねぇと、…なっ?』



相変わらず優しく言葉をかけてくれる悟空に、それもそうだなと思い、頷くと、大人しくお粥を食べはじめる



お粥を食べさせながら、悟空はチチの顔をじっと見つめる



その視線に気付いたチチ



ん?、と首を傾げた



『悟空さ?どうしただ?』

『ん〜?いや、可愛いなって思って』



照れることなく普通にそんなことを口にする悟空



ニッコリ笑顔を向けられたチチは、ただでさえ風邪のせいで赤くなっている頬を、さらに赤くさせた



『なななな、なんだべ急に』



あたふたして、口もうまく回っていないチチに、いつもの調子で声をあげて悟空は笑う



『大人しくしてねぇと、悪化しちまうぞ』

『悟空さが変なこと言うからいけねぇだ!』

『変なことじゃねぇぞ?本当のこと言っただけじゃねぇか』

『も、もういいだ!』



膨れっ面で拗ねるチチを見た悟空は、わりぃ、と謝りながらも、悪びれる様子もなく笑い続ける



『はい、あと少し食べちまわねぇと』



フンっ、と怒るチチのもとに最後の一口を差し出す悟空



チチはゆっくり視線を戻し、チラっと悟空に目をやると、それを口にするため、スプーンに顔を近づけた



すると…



スプーンが目の前から失くなり、代わりに悟空の顔が近づいてきた



チチは咄嗟に身をのけ反らせる



『なんで逃げんだよー』

『何するつもりだべ!』

『へ?何って…キス』

『だ、駄目だ!!!』

『なんでだ?』



何故そんなに拒否するのだろうと、悟空は真顔で尋ねる



『そんなことしたら風邪がうつっちまうだ』

『そうなんか?』

『んだ、だから駄目だべ、分かっただか?』

『…そっか、分かったよ』



少し寂しくなりながらも、それなら仕方ないなと思い、悟空は、もう一度スプーンをチチのもとへと差し出した



最後の一口を食べ終え、ごちそうさま、と手を合わせたチチは、食べさせてくれた悟空に礼を言った



悟空は、あぁ、と返事して、椅子から立ち上がる



『じゃ、薬飲んでゆっくりしてろよ』

『悟空さ、どっか出かけるだか?』

『え?行かねぇけど?』



悟空の言葉にチチは内心、ホッとする



『良かった…』



そんなチチの頭を優しく撫でながら、心配すんな、と呟くと



『また後で様子みにくるからさ』



そう言って笑顔を見せ、部屋を出て行った



チチは、その姿を見届けると、薬を飲み、しっかり布団を被り、そっと目を閉じた



―――――

―――



チチが目を覚ました時には、部屋の中には夕陽が差し込んでいた



(何時だろう…)



時計を見ようと、横を向くと、そこには椅子に座り、ベッドに腕枕をしながら眠る悟空の姿



スヤスヤ眠りながらも、悟空の手は、チチの手を優しく握っている



いつもは食事を済ませると、すぐに家を出て行ってしまう悟空



そんな人が、自分のために一生懸命になって、出かけることなく、ずっと傍で看病してくれていた



それは当たり前のことなのかもしれないが、チチにとっては、全てが新鮮で、温かい手の温もりに胸を熱くした



(ありがと、悟空さ)



そう心の中で呟き、チチはその手をそっと握り返した



それに気付いた悟空は、ゆっくりと瞼を開ける



『悟空さ』



チチの呼びかけに、悟空はゆっくり上体を起こすと、まだ眠そうな瞳を擦りながら、辺りを見渡した



『ヤベ…寝ちまった』



だんだん目が覚めてきた悟空は、ハッとして、ベッドへと視線をうつした



『チチ、どうだ?まだ、だいぶ辛ぇか?』

『さっきより、かなり楽んなっただよ』



不安そうな表情で問いかけてきた悟空に、チチは穏やかな笑顔で答えを返した



『そっか、ならいいんだ』



朝よりも顔色がよくなっているチチを見た悟空は、良かった、と、胸を撫で下ろす



すると、玄関の方から、ただいまー、と言う声が聞こえてきた



『お、帰ってきたな』



タタターっと廊下を走る足音



寝室の前で止まり、その足音の主が扉を開き、ひょこっと顔を出した



『お母さん!大丈夫!?』


そう言いながら、中へ入ってきた悟天は、椅子に座る悟空の膝に飛び乗った



『悟天ちゃん、ありがと、だいぶよくなっただよ』

『本当!?良かったね〜』



無邪気に笑う悟天



そんな中、寝室の入口に、悟飯が、ただいま、と言いながら顔を出した



『おかえり、悟飯ちゃん』

『どうですか?お母さん』

『だいぶよくなっただよ』



そうですか、と笑顔を見せる悟飯の後ろから、ビーデルが、こんにちは、と遠慮気味に顔を出した



『あれ?…ビーデルさ、どうしただ?』

『あの、チチさんが風邪をひいたって悟飯くんから聞いて』

『それでわざわざ来てくれただか?』

『はい、あと、夜ご飯も作りに…』



風邪をひいていては、ご飯の準備も大変だろうからと、学校帰りに悟飯とスーパーに寄り、買い出しも済ませてきたビーデル



『すまねぇだな…ありがとう、ビーデルさ』

『い、いえ!簡単なものしか出来ませんけど』

『そんなのいいだよ!助かるだ』



チチはもう一度ビーデルに礼を言い微笑むと、カーディガンを羽織り、ベッドから起き上がる



『母さん、起きて大丈夫ですか!?』

『喉渇いたから水だけ飲みに行くだよ』



無理して動かないなら大丈夫だと思い、チチを気遣いながら、皆でリビングへと向かった



リビングに入ってすぐ、悟飯・悟天・ビーデルの三人はキッチンへ



三人の後にリビングに入ったチチの目に写ったのは、洗われた食器と、決して綺麗とは言えないが、キチンと畳まれた洗濯物



(…これ、もしかして)



リビングの入口に立ち、チチは呆然としてしまう



『チチ?何してんだ?』



チチの後ろを歩いていた悟空は、首を傾げながら歩み寄ると、隣に並んだ



『悟空さ、あれ、やってくれただか?』



指差された方向を見ると、チチの寝ている間に、自分が畳んだ洗濯物



『あぁ!まぁな、うまくできなかったけど…一応な』



うまく畳めなかった自分の不器用さに、悟空は苦笑していると、グイッと手を引かれ、廊下に出された



『どうした?』



突然のことに、悟空は珍しく驚いた表情を見せる



すると、チチは、あのね、と小声で囁き、小さく手招きする



それを見た悟空は、内緒の話でもあるのかと思い、少し屈みながら、耳を傾けるように顔を近づけた



次の瞬間、チチは悟空の頬に触れるようなキスをした


『今日は色々ありがと、悟空さ』



そう言って、照れたような微笑みを見せるチチ



そのまま、赤くなって俯いてしまったチチに、悟空は静かに言葉を放つ



『うつるから駄目?』

『え?』



顔をあげたチチに顔を近づけ、唇が触れる寸前に寸止めする悟空



『してもいい?』



甘く囁くように問いかけてくる悟空に、チチはドキドキ胸が高鳴り、優しい笑顔に、もうどうなってもいいと思ってしまう



『うつっても知らねぇだよ』



そう言って、近い瞳を真っ直ぐ見つめる



悟空はふっと笑うと、静かに目を閉じ、再び顔を近づけた



『大歓迎』



そして二人は、子供達に見つからないように、そっと唇を重ねた…










たくさんの人の優しさと

温かい気持ちに触れた一日




何度

(ありがとう)

と、伝えても

まだまだ足りないくらいだよ





どんな風邪薬よりも

そんな無償の愛が

きっと、一番の特効薬







END








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