マリオネット

 
「脱がせては着せて、何が楽しいのかしら」

線の細い肩に緋色の髪がバサバサと落ちた。乱暴に髪を掻き回して、気だるげな視線を男に向ける。

「お前には分かるまいよ」

城の空部屋には掃除の手も及ばぬらしく、いたる所に蜘蛛の巣が張ってあった。ロシュフォールは眉根を寄せて、虫の仕掛けた小さなトラップから離れる。

小窓から月明かりが慈悲のように柔らかく照らした。だがそれは暗闇を追いやり、己の輝きをただ傲慢に誇張しているようにも見えた。

「お笑いね。嘘でも愛とか言えないのかしら。それとも愛を知らない可哀想な人なのかしら?」
「知っている。ただ向ける対象が居ないだけで」
「まぁ、向けられても困るから良いわ」
 
部屋にあるのは古びたベッドと、同じように使う者の居ない化粧台だけがあった。痛みきったスプリングを鳴らし、ミレディが立ち上がる。七面倒臭いドレスをきちんと着直した彼女は、化粧台に向かう。適当に埃を払って、鏡の前に腰掛けた。

「あーもう、面倒臭い」

もう一度ガシガシと頭を掻き、手櫛で長い髪を整えていく。
小窓に凭れるロシュフォールは、一連の動作をじっと見つめていた。無粋な視線に気付いたミレディがじとりと睨み返す。しかしすぐにその視線を清々しい程に無視し、冷えた横顔を向ける。

彼女は虚栄心の塊だ。その姿はさながら虚像のようで、見かけだけで実際には存在し得ない。
罪深い幻想からひとたび引きずり出せば、小さな実像があるだけだ。
己を誇張することによってしか、己を保てない。聡い彼女はそれを理解し、なおも己を叱咤する。
孤独が好きなのではなく、一人でも生きていけると知っているがためだった。そのくせあらゆる手を使って甘い汁を独り占めする術も心得ている。
ロシュフォールは彼女の足元に、鎖ががんじがらめになっている様が見えた。
 
「…可哀想なのはどちらだろうな」

ミレディはその言葉を侮辱と受け取り、再び冷淡な目を見せた。
その目が、彼に痺れをもたらす。
その、可哀想な瞳が。

「何かしら」
「そのままの意味だ」

形の良い眉が鋭く勇められても、美人はあくまで美しかった。その美しさを、まるで信念のように保つ彼女は、目には見えない細い糸で手足を拘束するように自己を戒めている。
誰も知らない、気付かない。そんな自分を彼女は驕る。
毅然とした身のこなし、聡明さを誇る瞳、揺るがない意志に支えられ、ピンと背筋の伸びた体躯。
だれもが彼女の美しさを悟らずにいられない。だれもが彼女を綺麗なものとして崇め、称える。
そんな彼女に秘された醜悪さに気付きもしない愚者を、ロシュフォールは嘲笑った。

嘲笑ってやりたかった。

それなのに、身の内に燻るこの炎の色は、どうしたことだろう。

「…何が楽しいのかしら」

またも自分に気安く触れた男の手に、ミレディは冷たく言い放つ。抵抗はしない。何故ならそんな自分を、彼女は愛しているからだ。

そして男は、そんな女を。

ロシュフォールは少しだけ楽しげに、言葉遊びを繰り返した。

「お前には分かるまいよ」




end

〈以下ユウヒの御礼とたわごと〉
柳生サイト運営中の頃よりお付き合いさせて頂いている胡蝶さんから、2009年の誕生日祝いに頂きました!
むおぉ、なんて大人の色香漂う伯爵と悪女^p^流石です。ただでさえ美しいミレディですが伯爵からの目線を通すと一層深遠さを増しますね。
『新・三銃士』という作品自体がまだ始まって日も浅いうちに、ここまで世界観を完成させられる胡蝶さんには感服の至りです><そしてきっと世界初のロシュミレ文……。そのような貴重なものをプレゼントして頂けてとても幸せですっ!
ありがとうございました^^

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