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過去拍手
20130112〜20130408
(密かな愛を込めて…)




『いらっしゃいませ』


地元駅の近くのお弁当屋でパートとして働いているあたし。社会人歴2年で会社が潰れてからはこのお店でお世話になっている。特に秀でたものがある訳ではないけれど、最近になって接客業も中々自分に合っているのかもしれないと思うようになった。毎朝来てくれる人の顔は大抵覚えたし、レジ打ちだって覚えた。大抵の常連客は日替り弁当か、毎日同じお弁当を注文するのでメニュー暗記は然程時間も掛からなかったし、13時過ぎなんかは客足も途絶えるので、午後は割とゆったりと出来るようになった。


『ええと…今日は唐揚げ弁当かな。ご飯多目の』


『はい、580円になります』


唯、たまに来る客を除けば彼一人だけは毎日お弁当を選ぶ。うちの弁当を買ってくれる人で、毎日違うものを選んでくれる人は中々いないので、直ぐに彼の顔は覚えた。長身に黒縁眼鏡、少し掠れた声に笑顔が素敵な人。名前も何も知らないけれど、毎朝作業着なので、仕事はデスクワークではないだろう。ここで買ったお弁当も、外で食べているのかな…なんて勝手に想像してしまっている。


『あ、すみません、これも』


レジを打ち終わるか終わらないかぐらいに、彼はメニュー表からお茶のペットボトルを指差した。細長くて、骨がごつごつとした、男の人っていう感じの指にドキッとする。程よく日焼けした肌があたしの視線を奪って、一瞬止まってしまった事を悟られないように慌ててお茶を手に取る。


『お茶ですね。730円になります。お掛けになってお待ち下さい』


『はい』


朝の忙しさから暑くなっているのか、良く分からない頬の火照り。注文を通す為に厨房に入って、身体を落ち着かせる為に深呼吸すると、同僚の由美ちゃんと目が合った。由美ちゃんがにやにやと笑っているのはきっとあたしの気の所為ではないだろう。


『あの人来てんじゃん』


『ちょ…声が大きいってば…っ』


由美ちゃんの声は良く通る、とても綺麗な声だけれど厨房の向こうにいる彼に聞こえたらと思うと恥ずかしくて、急いで由美ちゃんを制止する。そんな慌てたあたしが面白いのか、由美ちゃんはやっぱりにやにやと笑いながら唐揚げ弁当の準備を始める。


『早く連絡先渡したら良いのに』


『もし嫌われて、お店来てくれなくなったら嫌だもん…』


ちらりと彼の方を見ると、椅子に座っている彼は黙ったまま携帯を弄っている。そんな横顔も素敵で、気を抜いたら仕事を忘れて彼を眺めてしまうだろう。そんな彼の携帯にあたしの番号が入る日がいつか来るのだろうか。彼はどんな連絡の取り方をするのだろう。メール派だろうか、電話派だろうか。あたしはメール派なので、彼がメール派だったら沢山メールが出来るだろう。尤も、それはお互いのメールアドレスが携帯に登録されていればの話で、そんな勇気が微塵もないあたしは飽くまでの話で終わるのだけれど。


『やらずに後悔より、やって後悔の方が良いと思うけどなあ…』


『わ、分かってるよ…でも今は毎日会えるだけで十分なの…』


由美ちゃんの言う事は分かる。あたしだって眺めてばかりの生活は時々物足りないと感じる事もある。だけれど、もし彼女がいたり、彼に拒否されたりとかを考えれば今のままでも良いとか思っている。そんな事を考えていたら、いつまで経ってもこの状態で終わる事もちゃんと分かっているつもりだ。


『中学生じゃないんだから……ほら、唐揚げ弁当出来たよ』


確かに見ているだけの恋なんて、まるで好きな人の部活姿を教室の窓からこっそりと眺めている、中学時代の甘酸っぱい恋愛と同じだ。だけれど、大して今まで付き合った事のないあたしはどうにも一歩を踏み出せないでいる。唐揚げを詰めたお弁当を由美ちゃんから受け取ると、なるべく彼を見ないようにそれをお茶の入ったビニールに詰める。


『お待たせしました、唐揚げ弁当でお待ちのお客様』


『あ、はい』


呼ばれた彼は、椅子から立ち上がると作業着のズボンから長財布を出して、730円をあたしの掌に置く。その指があたしの掌を撫でて、その瞬間、一気に頬が熱くなる。これしきの事で直ぐに反応してしまったら彼にあたしの気持ちがばれてしまうのも時間の問題だろう。


『な…730円丁度頂きました。きょ、今日も頑張って下さいっ』


『有難うございます』


マニュアル通りの言葉も、彼の前では噛み噛みになってしまって、彼もあたしの噛み加減に少し口許が緩んでいる。その顔は、きっと彼に対しての恋心があるから、何十倍も輝いて見える。彼の姿を見送った後、恐らくあたしは真っ赤になっているだろう顔を他のお客さんに見られないように俯き加減で急いで厨房へと逃げる。


『ああああ…っ、今日もやっぱり素敵…っ』


『はいはい。遊んでる暇なんてないからね』


そんな由美ちゃんの言葉も正直半分しか聞こえていない。毎朝のこの少しの時間であたしは一日頑張る事が出来るのだから、あたしにとって大切な時間がなくなる事のないよう、もう少しだけこの気持ちは彼にバレないようにしようと、今日もまた密かに誓った。

























(愛情弁当は如何ですか)


どうか明日も来てくれますように…

























(20130112〜20130408めぐ)



あきゅろす。
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