Raw deal
W
あれから約二年。まあ、一年過ぎた位から、面倒になったし、実質一年。
俺が十四郎相手にしなかったプレイはねぇんじゃねぇかと思うくらい、色々仕込んでやった。
新しい事をしようとする度に抵抗する十四郎だったが、「愛してる」「お前が全てだ」「一緒になろう」真面目な顔で囁けば、結局は頷いた。
最初が肝心だよな。いきなり拘束し、快感に抗えないようにした事で、真面目な十四郎はその自分を恥じると共に、俺はそれを求めていて、それに応える事で俺達の間も深くなっていくんだと考えるしか無くなったんだ。
世の中には同性を愛するヤツも居るだろうし、ノーマルな連中だってちょっとしたお遊びとか、稀に本格的にSMプレイを楽しむヤツも居るだろう。
「俺ってSなんだよね」
これは俺の常套句だ。愛情で繋がってる相手の合意なしに、所謂ホンモノのSはあんなプレイはしねぇ。 泣かせてぇとか、虐めてぇってのはあっても基本Mが主導権握ってんだ。
俺のしていた事は体の良い暴力だ。殴る蹴るだけが暴力じゃねぇんだよ?身体の傷は癒えるが、心の傷はその何倍も深いって言うだろ、世間では。
俺が求めたのもそれだったわけ。そのためのお膳立てを、こいつは真に受け、その関係が愛情に基づいていると信じ続けた。
金に関しても、狡い俺は申し訳ない顔をしながら十四郎に出させた。
そうだな、一番最初あのSMルームに入ったまでは俺が出したかな?あと玩具の類いか。
十四郎の方が稼いでんだし、勝手に惚れたのは十四郎だろ?金融から借りた金の返済や、携帯の料金、他の女とのデート代にその金を充てた。
「うちの奥さん、俺に小遣いちょっぴりしかくれなくてさ、昼飯も食えねぇんだ」と甘えてやりゃ、喜んで貢いでくれたさ。
何だっけかな、ああ「銀時が辛い時は俺だって協力するさ」とか言ってたっけ。
すげぇよな、疑いもしねぇで俺の財布になってたんだからよ。その辺は都合イイ奴だった。金持ってねぇヤツ相手すんのは損した気分になるだろ?
俺だってガキ二人に食わせなきゃなんないんだぜ?冷てぇ奥さんはどーでもいいが。
つうか、あの女は薄々気が付いてんだろ、俺が何者か。
こいつが「ミツバと別れた」って言って来た時は、口あんぐりよ。なんつーか、いい迷惑だった。
まあでも、こいつはもう、女は抱けねぇだろうし、ミツバのためにはなったかな。
随分すったもんだして、慰謝料と養育費払って、総悟の訪問権だけなんとかもぎ取って。
色々大変だったみてぇだけど、「力になるから」なんて口先だけで言ってやれば、嬉しそうな顔してたっけ。何もしてやるつもりはなかったし、面倒くせぇとしか思わなかったけど。
それから部屋を借りて、自然と俺を待つようになった十四郎が次第に欝陶しくなり、仕事を理由に避けはじめた。
不安に駆られた十四郎が追い縋る度、「俺を想うなら」と更に金をせしめたさ。
でも、もうそろそろ終わりだ。金の切れ目が縁の切れ目って言うだろ?稼ぎが良くたって、貯金もそろそろ尽きかけてるだろうし、総悟は私学に行かせたいらしいしな。俺の財布もだいぶ薄くなってきたらしい。
俺ん中ではとっくに終わってたが、「愛」を信じる十四郎に、「自然消滅」は通じねぇみてぇ。
気付けよ、ほんと。
「お前さぁ、ミツバに頭下げて寄り戻したら?」
「どういう事だよっ!!銀時!ミツバにバレた時、お前ん家乗り込むって言ったミツバを俺が止めたんだぞっ?そん時、何て言ったよっ!」
十四郎の顔は歪んで、ワナワナと口が震える。
「…ああ、あれね?来ても良かったけどね。どーせうちの奥さん、俺がろくでもねぇの知ってんしさ?」
「!!違ェだろうがっ!『こんな事になっても俺を選んだお前と生きてく』お前はそう言ったろ?」
今や十四郎はボロボロ涙を流し、それでもどこか期待を込めて俺に言い募る。
悪ぃな、十四郎。俺にとっちゃ言葉なんて大した意味はねぇ。
「…いつからなんだ?いつから俺は必要なくなったんだ?」
応えない俺に俯きながら、十四郎が問う。
「必要っちゃ、今も必要だけど?」
「!!っ必要なら、何で愛はねェなんて言うんだよっ」
「だってよぉ、もうお前抱きてぇと思わねぇし?興奮できねぇの、もう」
十四郎は驚愕の眼差しで俺を凝視している。
「…う、嘘だろっ?…」
「まあ、俺なりに愛はなかったとは言わねぇけど」
まあ、この位の嘘は言ってやってもいいかな。
「………じゃ、じゃあ、お前の言う愛が無くなったのはいつからなんだ…」
ああ、それならわかるかも。
「いつから?ん〜、そうだな…お前がミツバと別れたって言ってから?」
唖然とする十四郎に、少々戸惑った。ん?聞かれたから答えたんだけど…。
「…そんなに前からなのか?なら、何でその時俺に言わなかった!何でここまで引っ張ったんだよっ!何のためだっ!お前いつも言ってたろ?『世間に何て言われようが、お前が俺を求めてくれるんなら、一緒にいてぇ』って!俺はお前との事で、大事だった家族が壊れても……」
「待てよ。壊したのはお前だろ?」
話を遮った俺の言葉で、十四郎の瞳に怒りの炎が揺らめいた。
「…なん、だと?」
「お前の行動が解せなくてミツバがお前の携帯見たんだろ?ロックもかけねぇお前の所為じゃねぇか。一応よ、不倫なわけだ。その辺は気を付けんのが基本じゃね?」
「…お前……今更そんな事言うのか?」
「危険は回避するもんだろ?家族が大事ならせめて巧く隠さねぇと」
しれっと言う俺を別人でも見るような目で見ている。
そうだよ、漸く気が付いたんだね?お前が見てたのはお前が見たかった俺。お前が望むモンを演じた俺。 期間限定だったけどな。
俺がお前に与えられんのは愛情じゃねぇ。何度も言うように俺に「愛」なんかねぇから。
あげられんのは、絶望と怒り。
ああ、お前のその顔見て思い出した。何故同窓会でお前に魅せられたのか、何故堕としたかったのかわかったよ?
あの頃、俺にちゃんと心があった頃、俺はお前が好きだったんだ。
竹刀を合わせ、肩組んで馬鹿な喧嘩をしながら、ほんとはお前が好きだった。
お前はちっとも気付かなかったけど、恋焦がれてた。真っ直ぐで、口は悪くてもお人よしで。
…そうか、お前は昔から変わってねぇんだ。
どんなに想っても叶わねぇんなら、こんな心何も感じなくなりゃいい。そう思ってた気がする。
だってお前はあの頃からずっと、一途にミツバを想って、大事に大事にしていたろ?
ああ、そっか。だから十四郎と俺との関係がバレた時、ミツバはあんなに激怒したんか。
なあんだ、そっか。うん、理解した。何か色々。
でも悪ぃな、復讐ですらなかった。
「…最低だな、お前」
怒りを抑え十四郎が言う。
「…そうだな」
「愛や、責任なんてお前には無かったんだな、きっと最初から」
「…そうかもな」
「それでもっ!!…それでも俺はお前を愛していたんだぞ?!」
「……………」
「地獄に堕ちろ、銀時」
十四郎は、怒りと哀しみを湛えた瞳で俺にそう言って、くるりと背中を向けた。
ああ大丈夫だ、十四郎。俺の居場所は地獄だから。
悪魔はな、黒い尻尾生やしておっかねぇ顔なんてしてねぇよ?普通の顔して、そこそこ親切で、上辺だけの優しい言葉で忍び寄るんだ。
愛を利用し、傷付く心を糧にする。そん時だけ楽しきゃイイんだ、自分だけがな。
十四郎の姿が見えなくなると、俺も反対側へ歩き出す。
家に帰れば物言いたげで不機嫌を隠しもしねぇ奥さんと、煩せぇガキしか居ねぇが仕方ねぇ。次のゲームを始めるまで暫く羽根を休めるさ。
『銀時、愛してる』
十四郎は数えきれねぇほどそう言っていた。
(もし、制服や道着を着てた頃、そう言われていたとしたら?)
空を見上げ、ふとそう考えた。
十四郎が放つ光は俺を消耗させるのではなく、心地良かったのか?
「あ〜ナシナシ、今のナシ。タラレバは必要ねぇし、いらねぇから、愛も十四郎も」
そんな事を考えた自分を自嘲し、俺は家路へと急いだ。
ー 終 ー
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