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月の残り香
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 天界を二分にする戦いは、ルシフェルが倒れた事、ベルゼブブが生死不明になった事によって終息していきました。
  
 北の陣営にとっては、その二人という柱があったからこそ神への叛逆に加勢出来たわけで、軸を失ったと分かるや否や、呆れる程あっさりと武器を手放し降伏したんです。
 北の陣営と最後まで交戦していたのは、ガブリエル軍とエデンの門番ウリエルが率いる兵士達でした。
 
 ガブリエルは「塊」からの攻撃に巻き込まれたらしいラファエルを「迎えに行く」と戦線から離脱していましたが、統制の執れたガブリエル軍は指揮官なしでも善戦しました。
 一方ウリエルは、ルシフェルのエデン侵入を許した失態を回復すべく、炎の剣を片手に凄まじい勢いで敵を倒していきました。
 
 その様は後に「破壊の天使」の異名をとる程だったんです。

 俺はあの後、ベルゼブブの行方を知るため、幾度となく足を運び、どちらの軍にも聞いてみましたが、とうとうその姿を見た者を探すことが出来ませんでした。
 変化も巧みで、通常天使が知り得ない場所にも精通していた節がありますから、俺ごときがみつけられるわけはなかったのかもしれませんね。

 ルシフェル側に付いた天使達は降伏した後、その罪を償い罰を受ける事を選んだ者と、あくまでそれを拒否し、堕天する事を選んだ者に分かれました。
 
 罪を償う事を選んだ者は、罰を受ける事により、天界に居続ける事が出来ましたが、元の称号は剥奪され、天使の9階層で言えば一番下の位にあたる『天使(エンジェルズ)』と位置づけられたんです。
 戦争前は高い称号を持ち、それなりの霊力を持った天使達も、新しい位に相応しい霊力しか与えられませんでしたから、高い称号を持っていた者程、その矜持を傷つけられたことでしょう。

 後から思えば不思議な事ですが、あの戦いに関して神も摂政も手出しをする事はなく、全てを俺達天使に任せていました。神が造られた天界を(幸いな事に、エデンは無傷で残りました)神の子等である俺達がここまで無残な姿にしたにも関わらず、その鉄槌が落とされる事はなかったのです。
 俺の知る限りでは、当初神はルシフェルの叛逆を、摂政の力を示す、良い機会だと考えておられたみたいですね。
 
 ただ、それが彼やベルゼブブ、ミカエルの出生やその使命を知ったからこそだと解られてからは、静観されていたように思うんですよ。まあ、後半は俺の勝手な想像なんですがね。
 
 
 
 懲罰を受ける天使が列をなす中、中央軍の天使達はミカエル様を「叛逆者から天界を救った英雄」として祭り上げました。
 戦により、摂政の祝典がなくなった事もあり、ミカエル様の勝利を摂政の祝典と一緒に盛大に祝おうと沢山の天使達が進言したのです。
 
 しかしその声をミカエル様は頑なに固辞し、剣を交えた時の様子も一切語ろうとはしませんでした。
 
 勿論その理由を俺は知っていたし、魂が抜け落ちたようなミカエル様を連れ帰ったのも俺です。 当然俺にも好奇心と言う名の残酷な問い掛けが多かったけれど、「とにかくミカエル様はお疲れだから、そっとしておいてほしい」と言うに留まり、沈黙を貫きました。

 「公正な裁き(ジャッジ)」をするのが使命のミカエル様は、表向き、何事も無かった時と同じように冷静に天使達を裁いていかれ、それと同時に天界の復興にも積極的に参加されていました。

 けれどあの日から、瞳が輝く事はなく、意思とは違う何かに操られる人形のようで、必要な事以外口を開くこともなく、誰をも魅了した微笑みを見ることは叶わなくなりました。

 俺は真実を告げなければと何度も思いましたが、せめて叛逆した天使達の裁きが済んでからと、想い出以外、何も見えていないような横顔を傍から見ることしか出来ず、随分長い間過ごしていた気がします。


 今ミカエル様はこの楽園にはいません。
 でも俺はずっと、いつまでも、此処で待ち続けるつもりです。
 ああ、そうでした。ガブリエル様とラファエル様がどうなったのか。それも書き記しておきましょうね。

 それでは、最後の物語を始めましょう。





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あきゅろす。
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