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月の残り香
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「…で、お前はどうやって銀時を止めるつもりなんだぁ、退?」

 無理やり歩かせ続けながらベルゼブブが問う。

「……………」

「お前程の知恵者でも、こればかりは出口なんざ、見付からねぇよ。だろ?お前にはわかるめぇよ、俺達の縺れた関係は。真実を知った所で、回避出来るわけがねぇ」

「…アンタは…それで本当にルシフェル様が手に入るとでも思っているんですか?」

 立ち止まったことで、背中に刃物が刺さるのがわかったが、ラジエルは躊躇せずに言った。

「…おいおい、何言ってんだ?銀時はもう俺のモンじゃねぇか」

 ベルゼブブが眉を顰めて応えているだろう事がわかる。しかしそのままラジエルは振り向いて、相手の双眸をしっかりみつめて続けた。

「ミカエル様の存在がなくなれば、アンタもルシフェル様も消えるんじゃないんですか?それに、使命がどうあれ、ルシフェル様の想いはそんな簡単に失くなるとは思えません。アンタは本気でルシフェル様がミカエル様の首を取るなんて思ってるんですか?ルシフェル様に惹かれるのはよくわかります。あの人はあの人自身の使命以上に魅力的だし、大きな人だから。けど、じゃあ、なんでそこまで愛する人を闇に近づけたんです?何故絶望を味あわせたんですか。ええ、ルシフェル様が叛逆の狼煙を上げた時点で、ルシフェル様もアンタも、北に就いた天使達も称号は剥奪されているはずです。そういう意味ではアンタがルシフェル様を取ったと言ってもいい。でも、絶望に陥れる必要はなかったでしょう?アンタもルシフェル様の優しい眼差しや頼れる腕に惹かれたんじゃないんですか?心が欲しかったんじゃないんですか?」

 そして

「そして、アンタはかつて、ミカエル様に救われたはずだ。孤独から裏表なく救いあげてくれたのはミカエル様だったはずだ。遠い昔の話だろうけれど、それをこんな風に終わらせて、本当にアンタは満足なんですか?」

 沈黙の中、一陣の風が吹き抜ける。神殿から漏れる光はまだ僅かに此処へも届いているが、ラジエルの背は朝日が差す前の薄闇に包まれている。
 背後から、地底深くからなのか地響きのような音が微かに聞こえる気もする。
 ベルゼブブに向き合っているため、短剣はラジエルの鳩尾近くに構えられているままだ。このまま刺され左右、あるいは上下に斬り裂かれれば、また自分は動けなくなるだろう。そしてこの時間の中央軍は、斥候を除き昨日の疲れに堪え切れず寝入っているはずだ。

 …絶望的だ。

 わかってはいるが、ここで事切れるわけにもいかない。
 けれど、口をついて出てしまった言葉は、止めようもなかった。

「―――お前!誰に口聞いてるつもりだぁ!!」

 ベルゼブブの剥き出しの殺気がビリビリと伝わる。称号を剥奪されていても、まだ尚この霊力を保つとは、流石だ。とラジエルはどこか他人事のように思った。

「…アンタですよ、晋助さん。じゃあ、もう少し俺の考えを聞かせてあげましょう。あくまで、仮定ですが。どうせアンタにこれから殺されるんなら、そのくらい聞いて貰っても罰はあたりませんよね」

 あくまで態度を変えないラジエルにベルゼブブは目を見張った。

「仮に、ミカエル様がアンタの影だとしても、彼はアンタみたいな選択はしません。仮にアンタとルシフェル様が永遠の恋人だとして、ミカエル様がルシフェル様を想ったとしても、アンタみたいにルシフェル様を絶望の淵に陥れたりしませんよ」


 それに

「これは事実ですけどね。ルシフェル様はミカエル様の許に手紙だけを置いたわけじゃないですよ?知ってましたか?ルシフェル様にとって大切なものを、ミカエル様に残したんです。この意味がわかりますか?俺も謎が解けるまで不思議でしたけどね、今はルシフェル様が何を考えてした事なのか、手に取るようにわかります」

 それと同じモノをアンタもかつては持っていたんじゃないんですか?

「ふざけんじゃねェ!!お前の綺麗事なんざ聞きたくねぇんだよ!銀時が何を残そうが関係ねぇ!大体お前は十四郎が好きなんじゃねぇのか?あ?恋敵じゃねぇのか、銀時は。何でそんな風に語れる!十四郎を自分のモンにしてぇと思わねぇのか?!」

「思いますよ」

「あん?」

「思います。ミカエル様を自分のモノにしたいと思ってます、俺だって。愛してますから。でも、俺はミカエル様が幸せでいて欲しい。ルシフェル様と一緒に、笑っていて欲しい。好きな人には笑っていて欲しいんです。それだけです」

「そりゃ、救いようのない馬鹿だな」

「ええ、俺もそう思いますよ。でも、アンタよりも少しはましなつもりです。そしてこの戦いを、いえ、少なくともルシフェル様とミカエル様の戦いだけでも止めてみせますよ」

 地鳴りが少しづつ近付いているように思うのは気のせいだろうか。

 ベルゼブブの殺気は変わらない。それまで逸らすことなくベルゼブブをみつめていたラジエルが、不審気に眉間に皺を寄せたのがわかったのだろう、ベルゼブブは目を細め整った唇に笑みを敷いた。

「馬鹿な知恵者の最期の言葉は聞いてやったぜぇ?お前に刺し傷を残すと面倒だから、他の奴らと一緒におねんねさせてやろうかと時間稼ぎしてきたが、お前の生意気な口にはもううんざりだ。俺ぁなぁ、退。十四郎を殺せば俺達は消えるとしてもだ、お前に止めさせるつもりもねぇし、銀時を十四郎に返す気はねぇよ。綺麗事聞かせてくれたお礼に、苦しまずに死なせてやるから有り難く思え」

 でな

「お前が気が付いたこの音は、終焉に相応しいモンだぜぇ?昨日のお前らの勝利は、この宴の前の贈りモンだ」

 そういうと、ベルゼブブはそれまで持っていた短剣から手を離し、腰に下げていた剣にゆっくり手を掛けた。


   ***** 


 空高く飛翔して北の方角を見ると、宮殿がぼんやりと見える。松明に照らされているというよりは、宮殿の周囲で大規模な作業をしているようにも見える。
 振り返って神殿とその近くにいるであろう中央軍の様子を窺うと、確かに明るく見える所もあるが、光に動きはない。もう一度北を見遣ると、確かに幾つもの光が動いているようだ。
 息を潜め、何か聞こえないかと耳を澄ます。と、微かに空気が震えているのが分かった。

「…これは…何でィ…」

 ラファエルは静かに地上に降り立ち、今度は地面に耳を付けて聞いてみる。
 確かに地中から何かが聞こえる。というよりも、巨大な何かが動いている?

 中央ではそんな武器の話は聞いていない。だとすると方角からいってもこれは北の作戦のひとつと考えて間違いはないだろう。

 もう少し近くまで行って、敵の現状を詳しく知るべきだろうか。それとも中央に戻り今わかる事を伝えるべきだろうか。
 いや、いくらなんでも斥候部隊も率いず単独で乗り込める場所でも相手でもないだろう。
 ならば、少しでも早くこの動きを告げるべきだ。

 もう一度確かめようとあらためて飛翔した時、視界の隅に何かが映った気がした。

「何か反射したか?……敵か?」

 そう言いながらその場所に静かに近づいていく。



『………シフェル様……とでも………思っているんですか…』

 (誰の声だ、退か?何でまたこんなとこに?一体誰と話してる?……)

『……はもう俺のモン………』

 (…!!ベルゼブブ??何故?)

 何故ラジエルとベルゼブブがこんな場所で二人で話している?あんな事があった後で何故ラジエルは脅えも見せずに話しているんだ?
 ベルゼブブからも怒りは感じるがまだ殺気は感じない。あてにはならないが。

 ラファエルは気配を完全に消し、いつでも飛び出せるように剣を握りしめたまま、もう少し声が聞こえる方へとじりじりと進んで行った。

 (…なんだって?この二人は何を話しているんだ?消える?ミカエルの存在?ミカエルが消えればルシフェルとベルゼブブが消える? 一体何の話だ)

 聞こえるのは確かにラジエルとベルゼブブの声だ。泣きながら寝入ったラジエルを連れて帰ってから、ラジエルに一体何があったのだ。
 戦いに参加できる程回復したとは思っていなかったが、そういえばいつもミカエルの傍に控えているように見えるこの男の気配だけが、先程の中央軍にはなかった。
 難しい顔をしたガブリエルとミカエルの表情からも、ラジエルの不在を気にする様子は見えなかったという事は、あの二人はラジエルが単独で動くことを了承している。

 しかしあんな事があった後、あの二人がこんな場所でラジエルを一人にするとは考えられない。



『……ルシフェル様とミカエル様の戦いだけでも止めてみせますよ…』

『………十四郎に返す気はねぇよ。綺麗事を聞かせてくれたお礼に……』

 場の空気が変わっている。

 チリチリと項に走る感覚はどちらかの殺気……。
 均衡状態を保っていたように見えた二人の会話は、あくまで冷静さを失わないラジエルに痺れを切らしたベルゼブブの怒声で様子が変わったように思えた。

 (…迷い?…焦り?あのベルゼブブが?退……お前は一体……)

 鈍い地響きがまた聞こえる。ゆっくりと近づいてくるその音は、二人の会話がもたらす事の真相を予感させ、ラファエルは戦いが始まって初めて背筋の寒くなる思いをした。

 とその時、剣を握る微かな音をラファエルは捉え、二人の前に踊り出た。






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