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月の残り香
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 俺達は、それぞれ次第に追い詰められながら時間だけが進んで行きました。

 天界はこれまでと同じ顔をしているのに。

 芳しい花々、木陰をつくる樹木、さらさらと流れる透き通った水辺。清涼感溢れる滝。下界との境の荒々しい断崖。何もかも同じ。
 だけど天界を被う空気だけは張り詰めていて、歩く度、翼を動かす度その緊張の糸が揺れているようでした。

 俺はあの翌朝、ミカエル様の顔を見る事が出来ず、非礼を詫びる簡単な手紙を残し、四阿を後にしました。目覚めた時、ミカエル様の気配をあの空間で確かに感じましたから、多分もう起きておられたのだと思います。
 でも今、彼は俺が近くにいたら、きっと俺に気を遣い、その苦しいだろう胸の内と向き合えなくなる。そう思ったんです。

 …違うかな。

 ミカエル様が寝ているとはいえ、自分の気持ちを口にしてしまった事と、こうなっても尚ルシフェル様を想うあの涙が何だかいたたまれなくなった。それが正直な気持ちだったかも。
 
 ミカエル様の四阿を出た俺でしたが、かといってガブリエル様の四阿にこのまま戻るのも躊躇われました。
 あの時ガブリエル様を連れて戻られたラファエル様の顔は、ひどく思い詰めていて、言われるままミカエル様の四阿へ来たものの、その理由があの伝言だけだとは、どうしても思えなかったからです。

 遠目で、しかも明るい場所からでしたので、ハッキリとは見えませんでしたが、いつも穏やかなガブリエル様は、ただあの場に立ちすくみ、まるで親を亡くした子供のように心許ない様子でした。
 とはいえ、このまま書庫へ戻ったら、余計な心配をかけてしまう。

 どこまでいっても希望が見えない。開ければ開ける程、哀しみが押し寄せて来る。なのに諦めきれず、割り切れもせず、ただ暗視野に陥っていく。
 そんな気持ちも含め、一人で考えたかったのかもしれません。

 だからかな。もう翼は大丈夫だけど、なるべくゆっくり森へ向かって歩いていたのは。

 さて、最終章はそんな俺の『ぐるぐる』からスタートします。物語を始めましょうか。




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あきゅろす。
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