月の残り香
Intermezzo〜間奏曲〜《R15》
「…眠れねェ…」
ルシフェルが羽根と手紙を置いて北へ発ったその夜から、それまで特に気にすることのなかった自分の右側がとても寒々しく、二人で寝てもまだ余りある寝台は眠気を誘ってはくれなくなった。
何度も寝返りを打つが、身体は疲れているはずなのに思考だけが冴え渡り、今夜もとうとう閨から這い出てしまった。
ラジエルは順調に回復し、「久しぶりに書庫へ行きたい」などと言い出した。
「もうすぐ自由に行けるようになる。しばらくの辛抱だ」と、ガブリエルに書いてもらったメモを片手に丸薬と薬湯を作りながら応えると、不満げに鼻を鳴らした。
それはまるでベルゼブブの一件がある前のラジエルのようで、「大人しくしてろ」と素っ気なく言いながらも笑いを堪えた。
滅多に我が儘を言ったり反論しないラジエルも、大好きな書庫から離れているのは耐え難いようだ。
「明日来る時に数冊の本と羊皮紙を持って来てやるから」と言うと、しまったという顔をして、顔を赤らめ、「そんな事させられません」と、出来上がった薬を奪うように飲み干し、「ごめんなさい」と上目使いで謝ってきた。
「気にするな」と笑うと真っ赤になり、小さく「はい」と応え、ラファエルの寝台に腰掛け、窓から外を眺め始めた。
不審者の入ったエデンは心配だったが、ラファエルのみならず、ガブリエルが駆け付けている。
ウリエルがその門を通した事は気掛かりだがあの男の事だ、何事もなく捕らえ、自分はその報告を受けるのだろう。
長居は出来ないと判断し、ラジエルに声を掛けると中央に戻り執務室で待っていた幹部兵士達に指示を出す。その後はガブリエルの抜けた北近郊に赴き、状況の確認をした。
北が武装しているのであれば、念のためこちらも装備しなければならないが、今は未だ大掛かりにすることが出来ない。
ひととおりその日に出来る仕事をこなし四阿に着いた時は、もう月が真上に見えていた。
此処にいると、あらゆる所に銀色の残像が見えるような気がして、胸が苦しくなる。
しかしそのままでいる事で、どこからかひょいと顔を覗かせ、『十四郎?』と温もりのあるあの紅石を輝かせて呼んでくれるのではないかと、在りもしない可能性に期待している自分がいる。
頭ではわかっているのだ。あの羽根は自分への決別だと。
そう思いたくはなかったが、ラジエルから聞いた話は自分の予感を否定してくれなかった。
しかし心が認められない。
がらんとした四阿で一人痛む心を押しやろうとしていた時、ラファエルがラジエルを連れやってきた。
気配を消してきたのだろう、二人は突然目の前に現れ、全く警戒を解いていた自分に呆れてしまった。
ラファエルからは、エデンから戻るといつも見られる陽気さが感じられず、ラジエルは戸惑いながらも此方を気遣うように自分をみつめていた。
ラファエルが全く表情を消しその言葉を発した時、僅かな光すら自分の心から消えた気がして、場違いな笑いが込み上げた。
止めようもなく引き攣ったように笑う自分を、ラファエルは眉根を寄せつつも静かにみつめ、唖然としているラジエルを残し、ガブリエルが心配だから明日また来る、と来た時と同様にすぐに気配を消し森へと飛び去っていった。
残ったラジエルはこちらを見たまま、何も言わない。
「…退。俺はもう休む。小太郎には総悟がついている。お前は今夜此処に泊まっていけ。こんな時間に一人で外には出せないから」
笑いが治まり、優しく微笑むと、ラジエルはその柔らかい瞳に涙を浮かべ、今にも泣きだしそうな顔をしながらコクリと頷くと、手を引かれるまま客室に入っていった。
ラジエルを部屋に追いやると、もうルシフェルと共に過ごした閨に戻る事は出来ず、縁側のある部屋に行き、そっと障子を開け放った。
その桟にもたれ掛かると、そのままズルズルと腰をおろしていく。
先程より僅かに東へ傾く月を見上げていると、気付かぬうちに、涙がこぼれ落ちていった。
*****
『…しろ…?十四郎?こんなとこで寝てると風邪ひくぞ?…また月を見ていたのか?』
(…ああ、ぎんが帰ってきた…)
『遅くなってごめんな?先に寝ててくれれば良かったのに…』
(うん、でも、今日は一人で寝るのは嫌だったんだ)
『大丈夫。帰ったら起こすって前にも言ったろ?さあ、おいで、十四郎』
ルシフェルはそっとミカエルを抱き上げ、閨まで運んでいく。
その香りと温もりが愛おしいと言うように、ミカエルは半ば無意識のまま、その身体にそっと手を這わせた。ルシフェルはその感触にふっと笑うと
『こんなお前を見れるのは俺だけだ』
とその艶やかな黒髪に顔を埋める。
その吐息で、まどろんでいたミカエルはゆっくりと覚醒していく。
と同時に背中に冷たいシーツの感触が走る。
『…ぎん…?』
無くした温もりを探すように両手を伸ばし、ゆっくり瞼を開けていくと、真っすぐに見下ろすルシフェルの優しい双眸が見える。
その紅い瞳は底知れぬ愛情を湛え、まるで初めて見た時のように捕われ、溺れていく。
両手をルシフェルの首に回し、そのままそっと力を込めると、嬉しそうに笑みを浮かべながらミカエルに唇を落とした。
掠めるようなそのくちづけだけで身体は歓喜にわななく。
離れていくそれを追い掛けるように口を浅く開き微笑んだ。
『…俺が欲しくてたまらないって顔してるよ、お前』
そう言われた途端羞恥にカッと頬が朱くなるのがわかり、目を逸らす。
しかしそれを許さずルシフェルはミカエルの顎をそっと掴み、
『だーめ。こっち見て?お前のその瞳に俺が映るのが好き。雪花石膏みたいなお前のその肌が朱く染まるのが好き』
甘く囁きながら、今度は情欲をあからさまにしながら唇を奪っていった。
言われた通りに紅い瞳と視線を合わせたままのミカエルは、ルシフェルの瞳の中に激しい欲望をみつけ、思わず声が漏れていく。
『…んっ、ん…』
くちづけの合間に漏れるその声に火をつけられたのか、ルシフェルは更にミカエルの口腔を柔らかい舌で蹂躙していく。
『んっ…んあっ…』
感じる部分を弄られ、甘えるような声を出すミカエルから、その唇を離すと、黒真珠は潤み、開いたままの口から赤い舌が覗いている。
『お前は誰にも渡さない。俺だけのもんだ』
ルシフェルの指はミカエルの髪をまさぐりながらツウと下へ降りて行き、可愛らしい胸の突起を撫で始める。
その途端ビクッと身体を震わせたミカエルに
『可愛いよ、もっと良くなって?沢山触ってあげるから。可愛い声をもっと聞かせて?』
唇を離したルシフェルが耳元で囁いた。
『…!んっ、ダメっ…あっ…やめっ…』
親指の腹と中指で強く摘み、人差し指の爪で掻くようにしてやるとミカエルの腰が揺れ、熱を持ちはじめたその中心がルシフェルに触れた。
『ダメじゃないでしょ?触って、虐めてって言ってごらん。これだけでこんなになっちゃうんだから。…ココはどうかな?』
突起を舌でなぶり、その長い指をゆっくりミカエルの蕾に近づけ、羽根で触るように円を描く。
『…っちがっ!ふぁっ…あっ!…ぁぁぁっ』
否定しながらもソコが触って欲しいとヒクつくのがわかる。めちゃくちゃにして欲しいと願ってしまう。
どうしていつもこんなに駆り立てられてしまうのだろう。
『違わないよ?だってほら…』
クスリと笑ったルシフェルの舌先は立ち上がった突起を弄り続ける。
赤く腫れたソコは、その息だけで快感を拾いあげてしまいそうだ。
ルシフェルは一度指を蕾のまわりから離すと、ミカエルの唇を指でなぞる。
早く触れて欲しいミカエルは、それがルシフェルのモノであるかのように舌を絡ませ吸い上げていた。
口の端から飲み込めない唾液が垂れている。欲に浮かされたミカエルを他の誰も知らないと思うと、ルシフェルの自身も猛るのがわかった。
『…十四郎。触って欲しい?』
そう言いながらミカエルの口から指を抜いていく。唾液に濡れ、てらてらと光る指で上気した頬を撫で、
『触って欲しい?』
重ねて聞く。ミカエルは潤んだ瞳でルシフェルを見上げ、荒い息をしながらコクリと頷く。
欲しい。欲しくて堪らない。その瞳も唇も、全てが欲しくて堪らない。
どうしてだろう、数えきれない程身体を重ねているのに、その心も身体も自分へ向いているとわかっているのに、いつも奪いたくなる。奪われたくなる。
そんなミカエルを見るルシフェルの双眸がすっと細くなり、唇が弧を描いた瞬間、長い指がヒクつくそこに入り込んだ。
抵抗なく受け入れたその指が次第に何かを探すように動いていくと、ミカエルは堪え切れず甲高い声を発していた。
白い肌は悦びで朱く色づき、わなわなと震えだす。少しづつ指を増やしミカエルが喘ぐさまを堪能していたルシフェルはもう一度視線を捕えようとする。
『十四郎…俺を見て…』
そっと指を引き抜くと指とは違う質量を持った熱いソレが蕾に触れた。
『…は、…はや…くっ…ぎんっ!』
理性を手放しそうなミカエルの双眸に、自分が映るのを見て柔らかく微笑むと
『…愛してるよ、十四郎…』
そう言いながらルシフェルはミカエルが待ち焦がれている自身を埋めていった。
『…お前は俺のもんだよ、十四郎。…愛してる……愛してる…』
*****
「…ぎ、ん……」
涙の伝った跡のあるその寝顔を心配そうに見ていたラジエルは、ミカエルが瞳を閉じながら呟いたその名前を聞き、切なそうに顔を歪めた。
「…ミカエル様…。俺、俺、貴方が…好きです…。貴方のためなら死んだっていい…けど、わかってますから。何があろうが貴方のその心はルシフェル様に向かっているって。…だから、だからね。何でもしますから…。貴方が笑ってくれるためなら、俺、何でもしますから…。だから、泣かないで?一人で泣かないでください、ミカエル様…」
ラジエルは起こさぬようにそう囁いた。
そして与えられた寝室に戻ると毛布を手にとり、漸く眠りの訪れたミカエルの身体をそっと優しく包んだ。
ー終ー
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