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For real?
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『…土方さんが?』

 予想通り、神楽の部屋に居た沖田くんは、俺の電話にすぐには出なかった。
 きっとコール音で起きたのだろう、5分と経たない内に折り返し掛けてきたが、その声は寝起きのようで、少し声が掠れていた。

『昨日遅かったもんで…つか寝たの今朝だったんで、今起きやした。で、アノヤローが旦那に連絡して来たんですかィ?…』

「…うん。でね、沖田くんと一緒にうちに来る話になってんだよね。沖田くん、大丈夫?」

『俺ァ大丈夫ですけど…』

「神楽は?」

『ああ、アイツは学校行ってやすよ。まあ、神楽は大丈夫なんで。…じゃ、これから一回うちへ帰るんで、夕方適当に旦那んとこ行きやす。あ、もう夕方か…。…旦那は昨日、眠れたんですかィ?今何処です?』

「俺?あー、学校…。アイツ…もし来て、避けられたとか思われたら嫌だったしよ、まあ、アイツは来なかったけどな…」

『……………』

「連絡来てホッとしたって言いてぇとこだけど…」

『…旦那…話は多分…』

「…うん。そうだろうね、きっと」

『……もし…』

「俺はさ、まあ昨日の今日で、びっくりはしてるけど、アイツが話してくれんならちゃんと受け止めるつもり。で、話せなかったとしても、無理強いするつもりはねぇから。どんなに理解しようとしても、そーいうのって本人の辛さ、深いとこまでわかるとは思えねぇじゃん?だから、俺に出来るのは、まんま受け止める事しかねぇじゃん?正直、アイツから連絡来るとは思ってなかったしな」

『……飯はどうしやす?何か適当に買ってきやしょうか?俺も今日、何も食ってねェし』

「ああ、いい、いい。俺作るから。沖田くんは何食べたい?」



 やっぱり、沖田くんも眠れなかったんだ。まあ、そうだよな。
 俺達を目の前にしてアイツが口を噤んでしまったとしても、連絡をくれて、話を聞いてくれと言って来たって事は、アイツにとって俺は、俺が大事に想うせめて半分くれぇは特別に想ってくれてるって思っていいよな?

「よし、とびっきり旨いモン食わせてやろ」

 学生達のざわめきが消えた中庭の静かなベンチから立ちあがり、俺は沖田くんと土方を迎えるために部屋へ急いだ。



 殆ど寝ていなかったせいで、身体と思考が一致しねぇようなフワフワした感覚の中、俺は飯を炊き、中華鍋を振るっていた。
 台所の窓を開けていたせいで、アパートの階段を登る音が聞こえ、その足音が確かに二つあることに安堵した。

「開いてるよ〜」

 大声を出すと、「うわ、旨そうな匂いですねェ。腹減ったァ」と言う沖田くんと俯き加減の土方が入って来た。

「奥座っててよ、もう出来るからさ」

 土方の姿を見た途端、緊張した俺は、殊更明るく声をかけた。

 土方は言われるまま奥に座ったようだったが、沖田くんは台所まで来ると

「すげーや、旦那。神楽の飯より旨そうだ」

 などと、神楽が聞いたらブッ飛ばされそうな事を言っている。

「沖田くんが俺の彼女になったら毎日作ってやんよ?」

 くすくす笑って応えれば、

「旦那の彼女になりてェのは山々ですが、んな事になろうもんなら、俺、殺されちまうんで、遠慮しときやす」

 と笑っている。
 けれど、その目は真剣で、沖田くんも俺同様、緊張しているのだとわかった。

「…おーい、土方くん?煙草吸う?灰皿あるから吸いたかったら、吸って?」

 奥を覗き、そう土方に声をかけると、まだ少し青い顔をして、目の下にくっきり隈を作っている土方が顔を上げた。

「…あ、ああ……」

 俺がニッコリ笑いかけると、スッと目を逸らしたが、その頬に少し赤みが差したのを見て、俺の中でまた何かがドクンと音を立てた気がした。


   *****


 総悟が帰ってからずっと、総悟が言った意味を考えていた。
 知られていたのを知るのは辛かったが、同時にあれが総悟に起きた事だったとしたら、俺はどうしただろうと考えた。

 代わってやりてェと思ったんじゃないだろうか。その原因を自分が失くしてやりてェと思ったんじゃないだろうか。

 ずっと、自分の心に頑丈な壁を作る事で精一杯だったが、多分こうであろうと推測しながら傍で見守る事も、記憶から消してしまいたかった俺と同じくらい辛かったろう。
 こうして向き合わざるを得なくなったのが、あれから何年も経っている今で、それなりに大人になったから、違った視点で考えられるのかもしれねェけど。
 結局のところ、ずっと俺は総悟に甘えてきたのかもしれない。もしかしたら、銀時に出会わなければ、この先も総悟が何も言わない事を言い事に、アイツがどれほど心配しているのかも知る事はなかったかもしれない…。

 そしてもうひとつ…。
 俺は昨日、銀時とキスするのが嫌じゃなかった。
声を掛けられるのも、傍にいるのも、嫌じゃなかった。同じ男でも総悟とキスなど想像も出来なかったのに、アイツの体温を感じる事も、違和感がなかった。 初めてアイツを見た時から、俺は調子を崩されたけど、やっぱりそれは……。

『旦那に惚れてんじゃねェんですかィ?』

『恋ってのは些細な偶然ときっかけで生まれるモンなんだよ』

 俺は銀時を「特別に好き」なのか?『お前と繋がっていてぇから。気になってしかたねぇから』そう言われて嬉しくなかったか?絡められた指はあたたかくなかったか?
 総悟が散々言ってた「恋」をしているのか、俺は。


 総悟が言ったように、多分相手が女だったら、俺はこんな風に考えはしなかったろう。とてもじゃないが、無理だった気がする。
 けれど、男が好きで銀時に惹かれたわけじゃない。俺にとって、男はタブーだったわけだし、冷静に考えれば、相手が男なら必然的にこの記憶は甦るはずだった。銀時じゃなくても。
 なのに、それに気付きもしなかった俺は、総悟の言う通り、完璧に、疑いようがなく、あの銀髪が…好き。なんだろう…。
 そうだ、アイツの仕草で胸が弾み、笑いかけられると戸惑い、もし冷たくされたらと思うと堪らなくなるこの気持ちは、総悟が散々言っていた「恋」なのかもしれない。

 だとしたら、その二人に胸のつかえを外して告げても良いだろうか。話すべきだろうか…。
 銀時にあの記憶を塗り替えたいと縋ってみても良いだろうか。そうする事で俺の中の何かを取り戻す事が出来るだろうか…。


 話してしまおう。それで離れて行ってしまってもこのまま無かった事にするよりいいはずだ。
 総悟はきっと怒るだろう、今更何だと。でも、このタイミングを除いて、俺が話せる時はないかもしれない。気持ちの良い話じゃねェし、出来る事ならこのまま誰にも話さず、記憶から消してしまいたいが、もう、逃げてはいけない。
 一人で克服した気になっていたが、本当はそうでなく、自分からも誰からも、逃げていたんだな…。 
 ならば、と俺は、携帯を開いた。



 電話の向こうに銀時の心配そうな声が聞こえ、そこに拒絶の色が無い事は嬉しかったが、同時に何をどう言ったらいいのかわからなくなった俺は黙りこんでしまった。
 きっと俺が話さない限り、銀時はこの電話のようにいつまでも俺に気を遣い、謝ろうとするのだろうと思うと、「話を聞いて欲しい」と、何とか告げる事が出来た。

 銀時の部屋へ行く間、総悟は必要な事以外は喋ろうとせず、気詰まりな沈黙が支配していたが、そのアパートが見えると急に立ち止まり、俺に問い掛けた。

「…土方さん、話があるって旦那から聞きやしたが、アノ話なんでしょう?俺が聞いちまっていいんですかィ?なんなら、旦那と二人の方がいいんじゃねェんですかィ?」

 此方を見る総悟の表情からは昨日のような感情は一切見えず、ただ、淡々と、俺の気持ちを聞いてるように思えた。

「…いいんだ。気分の悪ィ話になるが、お前も聞いてくれないか?」

 笑顔に見えている事を祈り、そう言えば、じっと俺の顔を見たあと、

「…わかりやした」

 そう応え、「あそこの二階でさァ。アンタ、旦那に何作ってくれって言いやした?」と笑って言った。



 はじめて見る銀時の部屋は、造りは古いが中は綺麗にされていて、少し意外な気がした。
 玄関のすぐ側にある台所には、磨かれた鍋やフライパンが掛けられ、奥には長方形の低いテーブルが置いてあった。
 何故かピンク地に歪なパンダの絵が描いてあるエプロンを締め、中華鍋を振るう銀時に、それまで以上にドギマギした俺は、言われるがまま、奥のテーブルの窓際に座ると、薄く開いた窓から外を眺めた。

 窓の桟の端に、真新しい灰皿をみつけた時、総悟と台所で笑っていた銀時が「灰皿あるから吸いたかったら吸って?」と顔を覗かせた。
 交友関係の広い銀時の事だし、友達の誰かが来た時に使う灰皿だとも思ったけれど、もしかしたら俺のために買っておいてくれたのだろうかと馬鹿な想像をした俺は、こんな時なのに、また紅くなるのがわかった。


   *****


 どれだけ腹を空かせてたんだって勢いで、箸を進める沖田くんの食いっぷりは、「ああ、きっと、神楽はコイツのこーゆーとこ好きだろうな」と微笑ましくなる程だったが、土方はやはり食が進まないのか、味見をする程度に口へ運んでいた。

 気持ちはわかるし、少しでも元気になったらまた食わせてやればいいと、俺は敢えて何も言わず、「旦那が嫁に欲しい」と言う沖田くんに、「それより、神楽の料理の腕を上げるか、沖田くんが頑張りなさいよ」などと応戦し、笑っていた。

「そんなに気にいったんなら、残り、タッパに詰めてくか?」

 半分冗談で言えば、

「おおっ!これから旦那んとこ来る時はマイタッパ持参で来やす!」

 …持って帰る気満々じゃねぇかっ!

 俺があらかた片付けを終え、少し飲むか?と声を掛けると二人とも頷く。俺もそうだが、少しアルコールでも入れねぇとキツイ話になるだろう。
 三人共寝不足だし、薄めにお湯割りを作り、梅干しを落とすと二人の前にコトリと置いた。

「…あ、あのな…」

 土方が灰皿と酒のグラスしか置いてないテーブルをみつめたまま話し出した。

「総悟と俺は、それこそ生まれた時からの付き合いで、マンガみてェに小中高大と一緒なんだけど…。その…中学二年の終わり頃だったかな、俺にとっちゃ事件があったんだ…」

 土方は、話の最中、一度も俺達の方を向かず、時折眉を顰めたり、声を震わせながらその時の事を話していった。
 それでも相手の名は一切語らず(名前を口にしない事で、その過去に現実感を持たせまいとしているように思えた)その時の感情を排し、起こった事実だけを伝えようとしていた。
 沖田くんは俺の隣で何度も息を呑み、机の下で拳を握りしめていたが、俺は想像以上に酷かったその三カ月をたった一人で戦い抜いた土方が愛おしくて仕方なかった。

 好きがわからなくたって、付き合うがわからなくたって、誰がコイツを責められる?
 しかも、中学生なんて、身体だけは大人に変化しても中身はまだまだ子供じゃねぇか。
 それがきっかけで死にたくなるヤツだって、半端なく道を誤るヤツだっているだろうに、コイツはそうする事を選ばず、上手に人と距離を取る術で、自分を守っていただけじゃねぇか。
 だけど、そうする選択をした本当の理由を聞いた時、それまで黙っていた沖田くんも俺も思わず声を洩らした。





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