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For real?
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 俺の手を振り払い、まるでもうそこに俺が居ないように何処かをみつめ、青褪めた土方を、俺はただ茫然と見ることしか出来なかった。

 確かに俺が衝動に任せ、まだ服も着ていないコイツを押し倒したが、土方も応えていたのは間違いないはずだった。
 なのに唇を離し俺が言葉をかけた途端、みるみるうちに血の気が退いていき、這うようにベッドまで行くと多分パジャマ代わりなんだろう、スウェットを慌てて着こみ、そのまま膝を抱え目が虚ろになってしまった。

 さっきまでの熱は何処かへ消えてしまったように、部屋は時計の針の微かな音と、時折ヒクッと震える土方の浅い息使いだけが支配していた。
 俺は手を伸ばす事も出来ず、かといって立ち去る事も出来ず、いっその事沖田くんに連絡しようかとも考えたが、今ここで携帯を開けるのは躊躇われた。

 何がいけなかったんだろう。俺が言った何かに反応したのは確かだが…。
 ともかく、熱いお茶でも飲ませてみようかと思いつき、俺がその場を立とうとした時、それまで一言も発しなかった土方が俺に視線を向けた。

「…ごめんな、俺、何かしちゃったんだよな?いや、土方くんにキスしたのは謝らねぇけど、けど、ごめんな?今お茶でも入れっから。日本茶かコーヒーくれぇあんだろ?」

 ぎこちなく微笑んでそう言うと、

「…お前の所為じゃねェ…」

 縋るような目をして土方は言った。

「…いや、でも…」

「お前の所為じゃねェから…」

 そう繰り返す土方の顔は、知りあってから一度も見た事のないくらい困惑に満ちていて、今にも泣き出しそうに見えた。

「…土方くん……」

「…俺…銀時が嫌なんじゃねェ…でも、ごめん…今日はもう一人になりてェ…」



「………わかった。でもこれだけ言わせて?突然来ちまって、で、驚かせちまって、悪かった。先に電話でもすりゃ…つか、俺土方くんの番号もメアドも知らなかったよな。…帰るけど、でも、俺がイヤじゃねぇんなら、教えてくれねぇ?」

「番号とメアド聞いて…」

「何すんだ?そう聞きてぇの?」

 こんな時なのに、コイツのお約束の台詞に俺は笑みが零れた。
 土方の前に跪き、そっと手を差し出すと、ビクリと大きく肩を震わせたが

「何もしねぇから。手だけ握らせて?それも今は嫌?」

 そう聞くと、まだ不安に彩られた瞳で俺を見た後、片方の手をゆっくり差し出した。

 俺は怖がらせないよう、その手を取り、ゆっくり自分の指に絡ませ、真っ直ぐ向き合うと口を開いた。

「俺はね、土方くんと繋がっていてぇの。俺も男だし、お前も男だし、まだ知りあってそう時間も経ってねぇし…突然押し掛けて、でもって理由はわかんねぇけど、俺の何かがお前を怖がらせちまったんだよな?だから、信じてもらえねぇかもしんねぇけど、お前が気になって仕方ねぇ。今日も沖田くんに頼まれて来たけど、半分は俺がお前に会いたくて来た。今日はもう帰るけど。…繋がっていてぇから、番号もメアドも教えてくれたら、すげぇ嬉しい。これがお前の質問に対する俺なりの…答え」

 言い終わると土方は俯いてしまった。ダメかなと思った時、コクリと小さく頷くのが見え、俺は心底ホッとした。
 まだその場から動きたくないらしい土方は「…お前の携帯…貸して」と俺の携帯を手にすると、自分の番号とアドレスを入力し、何も言わず俺に差し出した。
 そのまま入力された番号をワン切りし、空メールを送信する。

「俺のも…入れといて、ね?後でいいから。…メールもする、電話もする。次はちゃんとお前の都合を聞いてから来る。それに、嫌な事はしねぇよ?だから、これからもお前の傍にいていい?」

 そう言うと、土方はまた無言で頷いた。



 部屋を後にして、すぐに俺は沖田くんに連絡をした。

『で、美味しくいただいたんですかィ、旦那?』

 普段と同じように茶化した沖田くんだったが、俺の真剣な声に電話の向こうの沖田くんが、ハッと息を呑んだのがわかった。 

 さすがに土方と同じマンションの沖田くんの部屋で話すのは気が退けたし、外で話すような事でもねぇから、俺のアパートに来て貰う事にした。

 俺がアパートに戻ると、既に沖田くんは俺の部屋の前で待っていた。

「…早いね。入って」

 そう言って鍵を開ければ、黙って俺の後に付いて来た。

「…飲む?」

 そう聞くと

「旦那も飲むなら」

 心配そうな顔をしてそう応えた。

「…沖田くんさぁ、前俺に、『ある時を境に』って言ってたよね。それっていつくらいの事なの?」

「…えっ?」

「ほら、土方くんのロボットみたいだって話の時、沖田くん、昔はそーじゃなかったのに、ある時を境に変わったって言ってたじゃん?」

 沖田くんは暫く俺の顔をみつめた後、

「その前に、ひとつ確認しときてェんですが」

 真剣な顔で俺に言った。

「…何?」

「興味本位で聞いてんじゃねェんですよね?」

「それってどーゆうこと?」

「…俺も事の詳細はわかりやせん。アノヤローは俺がどんなに聞いても口を割らなかったし。けど、何となくそうなんじゃないかと思ってる事はありやす。けど、あくまで俺の想像だし、微妙な話なんで、旦那が興味本位で聞いてんなら、話すつもりはねェって事です。俺から見てですが、アノヤローはあれから初めて、「旦那に」反応してるんです。何でかわかりやせんけどね。最初は俺も、旦那なら巧いことアノヤローに恋愛指南してくれんじゃねェかって思ってたんですがね。でも、俺から見ると、どういうわけだかあの男は、周りにいる女には反応しねェのに、旦那の前だとワタワタするんでさァ。…多分旦那に惚れてんです」

「…沖田くんが言ってたアイツと、俺の前でのアイツは別人みてぇに見えるしね」

「だからです。普通なら、こういった話は当人同士の問題で、周りがとやかく言うこっちゃねェのは俺もわかってやすよ?でも…」

「俺は好きだよ」

「……………」

「…沖田くんが神楽に想う気持ちと同じとはまだ言えねぇし、こんなのは初めてだから、上手く説明できねぇけど、少なくとも傷つけたくねぇし、大事にしてやりてぇと思ってる。と言っても今日、俺の言葉の何かが引き金になったみてぇで、情けねぇんだけど」

 目に見えてホッとした様子の沖田くんは、なら話しやすがと中学時代の土方を語り出した。

 紫色に腫れた唇。自分を見ない頑なな様子。ある男に声を掛けられる度、脅える瞳。大袈裟な程謝りながら自分と距離を取る態度。
 どれも沖田くんには何かがあると思わせるには十分で、突然転校していったある男が原因なのだろうとわかっているのに、何も出来ずにいた事で随分辛い思いをしたらしい。
 虐めなのかと最初は思ったらしいが、学校での様子に変わりはなく、口数が減ったものの土方も普段通りに振舞っていたようだ。

「…ソイツが転校するまで、あ、土方の様子がおかしくなってからって意味だけど、どのくらいの期間があったの?」

「ん〜…俺も今話しながら思い返してみたんですが、多分三カ月くらいだったんじゃねェかと思いやすね」

「理由はわからねぇけど、その男に虐待されてたって事?」

「………こっからは俺の想像でしかねぇんですが、ただの暴力なら土方さんは俺に話した気がしてるんでさァ」

「………………」

「まあ、本人が言わねェ限り、事の真相はわからねェままですがね」

「…例えばだよ?俺が土方を好きになったみてぇにさ、土方とソイツが好きで付き合ってたって事はねぇの?」

「そりゃ、あり得ませんね、旦那。その男はなんつーか、嫌なオーラを出してる奴で、俺は嫌いでしたし、土方さんにも、注意した方がいいって言ってたくらいですから。土方さんも距離を置いてたみてェだし、恋愛みてェな関係は考えられやせん。ただ、同じクラスだったってだけで、接点がわからねェんですよ。言えるのは、それ以来俺の知る限りで、土方さんが誰かを好きになったとか、付き合ったとか、そーいうのはねェって事と、今、学校で女共が思ってるような、ソツなく穏やかで、喧嘩なんてしたことねェってツラのアノヤローになっちまったって事だけでさァ」

 もし、沖田くんの想像が事実だとしたら、今日俺が睦言のつもりで言った言葉は、アイツを酷く傷つけただろう。
 けれど、アイツは怒る代わりに脅えた。俺を拒否したわけではないと、その後のやり取りでもわかる。あの言葉の前までは、アイツも確かに俺を感じようとしてくれていた。と、思う…。

「沖田くんさぁ、仮にそうだとしたら、どうなんだろう、それってそっとしておく事かな。それともこっちが何かアクション起こすべきなんだろうか。…もしさ、それが事実だとして相手が居る場所までわかっちまったとしたら、…沖田くんはどうする?」

 あの青褪めた顔と、脅えた瞳を思い出し、思いつくまま沖田くんへ投げかけてみた。

「…神楽の友達で、一人見知らぬ男に犯られちまった娘がいましてね」

「…えっ?…」

「その娘の場合、表沙汰になっちまったらしくて随分と大変だったらしいんでさァ。旦那、神楽から聞いてやす?」

「…いや……」

「今は普通に女子大生やってるみてェだし、彼氏も出来て神楽もホッとしてるみてェです。そのケースそのケースで被害者の気持ちも、その先も違うんでしょうし、何とも言えねェんですが、傷がつくのは身体じゃねェみてェですよ?処女性ってヤツで罪悪感を覚える娘も、中にはいるでしょうが、今時結婚するまでバージンでって事が昔程重要じゃねェでしょう?だから、そういう事で苦しむんじゃないみてェなんです。その娘の場合、自分が原因でそうなったんじゃねェかって事で随分悩んだみてェでね」

「それってどーゆう事?男と女じゃ、力に差もあるじゃん」

「そうですねィ。武道やってる娘だとしても、不意打ちだったら抗戦出来ねェでしょうし、何より恐怖が勝つもんだと思うんで、どう考えても悪ィのは加害者なんですが、本人はもっと抵抗出来たんじゃねェか、諦めたのが悪ィんじゃねェか、無意識に誘ったんじゃねェか…って考えるらしいんでさァ。下世話な話ですが、裁判になっても被害者に非がねェか、かなり責められるみてェですしね」

「……………」

「酷ェ話ですよねィ…。で、さっきの旦那の質問ですがねィ、もし相手がわかったとしたら、俺ァ…手ェ上げずにいられるか自信がねェです…だってそうでしょう?どんなつもりで犯ったんだか知らねェが、簡単に、はいそうですかって忘れられるもんじゃねェと思うんですよ。俺自身に経験はねェから、気持ちを理解するなんて言えねェけど、犯られた方は理不尽な苦しみを長ェこと味あわされんですから。ただ、普通は…俺がそうして来たように、そっと見守るのがいいのかもしれねェですけど、気持ちを溜めちまう方が良くねェのかなと最近思いやす。時と場合、それと相手によるんでしょうがねィ」

「過去の事実として受け止めて、批判せず、それを含めて今のアイツを見れるヤツって事?」

「…まあ、そういう相手でしょうねィ」

「…だから、沖田くんはあいつに恋愛させたかったの?」

「ん〜、そんな大層な事を考えたわけじゃねェんですけど…。土方さんは男だし、どんなに好きになったとしても女にアノ時の話をするとは思ってはいないんですよねィ。ただ、怒ったり、泣いたり、自分でどうにも出来ねェ感情を持て余すのが恋愛の醍醐味なんじゃねェかなと俺ァ思うんでさァ。距離もってソツなく人と付き合うのが悪ィわけじゃありやせんよ?俺達はガキの頃から一緒でしたんで、取っ組み合いの喧嘩したり、怒鳴り合ってそれでもつるんでたんでね。まあ、物足りねェのが本音かな」

 そう言って沖田くんは苦笑したが、本当はその時誰より心配して、その後もずっとなんとかしたいと願って来たに違いないと俺は思った。






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