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For real?
V
 

 学校からこの部屋まではさほど遠くない。歩いても20分程なので、大抵は徒歩だ。
 鍵を開け靴を脱ぐと、そのまま奥の窓を開け風を通す。

 何だかじっとりと汗をかき、まだ顔も火照っているように思えてシャワーに入りさっぱりしたかった。
 その前に…と煙草を取り出し火を点け、大きく吸いながら換気扇の下の灰皿を持ち、窓から外を見る。

 郊外にあるこの大学は、最寄りの駅からもバスに乗る必要があり、そこそこ便利だが、この辺りにはまだ長閑な空気が流れていて、割と気に入っている。
 三限が始まる前に飛び出したので、学生の声もあまり聞こえない。

 紫煙をゆっくり吐きだし気持ちが落ち着いてくると

「あ……」

 教科書もルーズリーフも教室に置いたままだった事に今頃気が付いた。

「……………」

 まだそう吸っていない煙草を灰皿に押し付け、一体何だろうと思い返す。

 (何だって俺は、あの銀髪に反応しちまうんだろう…)

 答えはすぐ傍にあるのはわかるが、なるべくそこには行き着きたくない…。

 悪いヤツではないだろう。総悟だって馬鹿じゃない。本当にイケすかないヤツならいくら神楽の従兄弟とはいえ、始終つるんだりはしないだろう。
 附属あがりでスノッブなヤツかと思えば、天真爛漫で人懐っこく、世話好きで誰からも好かれるタイプだ。
 本人は気にしているようだが、あの不思議なふわふわした銀髪も、深紅に見えるあの瞳も男臭い色気を損なっているようには思えない。

 で、問題はあの声だ。あの声を近くで聞くと…。

 魅かれているんだろう、きっと。そこまでは認めてもいい。誰だってあの独特なオーラは魅力的だろう?

 ……きっと教科書は総悟が持って来てくれるだろう、タダではないだろうが。
 だから、何も問題はないと自分に言い聞かせ、俺は風呂場に向かった。

 熱いシャワーを浴びると気持ちも大分スッキリし、髪をワシャワシャと拭い、身体を拭こうとした時、玄関のチャイムが鳴った。

「総悟か?…開いてんぞ?」

 そう声を掛け、腰にバスタオルを巻いてタンスの前へ歩いて行く。洗濯はしたばかりだからあるはずだと下着を取り出そうとした時

「うわっ!やっ、悪ぃっ!!」と総悟じゃない声が背後から聞こえ、ギョッとして振り向いた。

「!!!うっ!えっ?!ぎ、銀時?!」


   *****


 とぼける沖田くんをやり過ごし、「…なら、仕方ねぇから届けてやるよ」とダルそうに応えると、「んじゃ、頼みましたぜィ」と、ひらひら手を振って沖田くんは俺に背を向けた。

 ホッとしてその背中を眺めていると、いくらも歩かず此方へくるりと向き直り、

「あー、そうそう、喰っちまうなら責任取って下せェよ?」

 ニッと笑い言い捨てると今度こそ歩き去って行った。

「…えーと……」

 額に手をやり、そんな言葉しか出て来ない。

 沖田くんの台詞は忘れる事にして、とりあえずブツを届けるしかねぇなと溜息をつく。

 あの茶髪はいつも巧みに自分の望む方向へ持っていく。性質が悪ぃよなあと思うが、こちらに全くその気がないかと言われれば、そうではないわけで、そこを突いてくる手腕は脱帽としか言いようがない。
 あの悪魔の弱みは神楽だけで、その神楽も一筋縄ではいかないヤツだ。まあ、神楽が絡むとあのポーカーフェイスが崩れるのを見るだけで良しとしておくか。
 
 沖田くんのマンションは通りすがりに(というか付き合わされて)「ここでさァ」と教えられたから覚えている。さほど築年数が経ってないような小奇麗な学生向けのマンション。
 沖田くんの言った通り、あの黒髪はしっかりした字でポストに表札を出している。
 ご多分に洩れず、部屋の数だけ並んでいるポストの殆どは、ダイレクトメールやピンクチラシで溢れかえっているが、その番号はポストの口が閉まっている。

 このままそこへ放り込んで帰っても良かったが、慌てふためくアノ顔をもう一度見たいと欲を出した俺は、この後卒倒しそうになるのだ。



 部屋は三階の一番奥らしい。チャイムを鳴らすとアイツの声がした。
 何も考えず、此処へ来れば居るだろうと思っていたが、居なかったらどうするつもりだったんだ、俺…。 夜中でもあるまいし、部屋に帰ってる保証なんかどこにもなかったのにな。
 ま、ちょっとラッキーか。そんな気持ちで扉を開いた。

 声が聞こえたのにすぐに姿は見えず、「…お邪魔しますよ〜」と小さく言った後、綺麗に掃除されている玄関から部屋へ入った。

 どこに居るんだ?と奥の部屋をヒョイと覗いた時、まだ濡れた髪を掻き上げ、真っ白な背中を此方へ向けている男が視界に飛び込んできた。

「!!うわっ!や、悪ぃっ!!」

 風呂上がりだったのだろう。そういや、ドアを開けた途端、ボディーシャンプーだかなんだか、そんな匂いがしたよね…。

 腰にバスタオル一枚巻いただけの姿で無防備に背中を曝している姿に、俺は鼻血が出るかと思った。
 その途端、ほぼ全裸の男は飛び上がらんばかりの勢いで此方へ振り返り、

「!!うっ、なっ、ぎ、銀時?!」

 素っ頓狂な声を出したまま固まった。

 暫く互いを凝視した後、何か良くないものがふつふつと込み上げてきた俺は

「…あっ、いや…お前の、その、…教科書?…つか、えとっ…」

 ゴクリと喉が鳴ったのが聞こえませんようにと願いつつ、しどろもどろでそう言った。

 目の前の男は目を見開き、固まったまま動けずにいる。
 いや、その…そんな意識されっと、こっちの事情っつーか、えと……。

「いや、うん、ごめん。あー、その…何か、着た方が…」

 俺がそう言うと、黒髪は尚もアウアウしながらボンッと顔を真っ赤にした。

 あぁぁぁっ…ダメ。確かにお前のソノ顔、見たかったんだけど、そんなタオル一枚で身体曝して、んな顔されっと……。

「…いや、うん、男同士なんだけどね。うん。わかってんだけどね」

 もうなんか色々限界を感じて、本能に任せてしまおうと、黒髪へ一歩近付いた。

 俺の動きにビクリと身体を震わせ、我に返った男が上擦った声で

「わ、悪ィ…いや、その…総悟かと…思って…」

 と言いながら一歩後ずさる。

 その姿が何でか、時代劇の悪代官に悪戯される町娘みてぇに見えて、俺はリミッターが振り切れた音を聞いた気がした。

 (もういい。男だけども。コイツは男だけどもね?イイ女と恋させてやるために俺は居たんだけどね?沖田くんに言われるまでもなく、これはミイラ捕りがミイラになったってヤツだけどもね?)

 衝動に任せ、理性とはさよならし、目の前の男の腕をグイと掴み、引き寄せる。
 呆気にとられた黒髪はバランスを崩し、俺の腕にぽふりと落ちて来た。
 そのまま床へ押し倒し、まだ湿り気のある髪を顔から払い退けると、逃げられぬよう両手で顔を挟む。
 その目が更に大きく開かれ、微かな脅えの色が見えたが、俺は構わず貪るように口付けた。


   *****


 熱いシャワーとともに落ち着かない気分も流したつもりでいたが、服を着る前に聞こえたチャイムが、てっきり総悟だと思ったのがそもそも間違いだった。

 背中から聞こえた声は、俺を狼狽させる銀髪のもので、何故コイツが俺の部屋にいるのか理解出来ず、固まってしまった。
 何かを言われ、ますますテンパった俺を見ていた銀髪が、いつもの優しい瞳ではなく、見た事のない、真剣で強い意思を秘めた目で俺を見た時、何か思い出したくないものがゾワリと背中を這い上がり、思わず後ずさってしまった。

 すると、獲物を捕える前の猫のように、スッと目が狭まったかと思うと、俺は銀髪の腕の中にいて「やめろ」と口にする前に唇を塞がれ、何故か抵抗出来なくなっていた。

 そんな俺の気持ちを察したのか、唇と舌を使い口を開かされ、口腔を蹂躙される。

 俺は男で、銀髪も男で、こんなのはおかしい。

 しかし嫌だと思うのに、そのキスは俺を痺れさせ、銀時の甘い匂いに酔った俺は、いつの間にか夢中で自分も舌を絡め、静かな部屋にはクチュクチュいう音と、互いの荒い息使いだけが響いていた。

「…んっ……ん…」

 思わず声が洩れると、銀時は唇をゆっくり離し、目をそっと開けると二人の間にどちらのものともわからぬ唾液の糸が細く繋がっていた。

 銀時の真面目な瞳が俺を真っ直ぐに見下ろしていて、ハッキリと欲情した俺は、銀時を抱きしめようと、震える腕を伸ばしていった。


「…参ったな。土方くん、ほんとにはじめて?俺、もう堪んないんですけど。その色気、どんな男にも襲われちゃいそうだよ…」

 しかし、抱きしめるために伸ばしたはずのその腕は、銀時のその一言で、別の意思を持ち、力任せに目の前の男を押し遣ることになった。



「…えっ?どした、どしたの?」

 銀時は意味がわからないという顔をして、俺をまた引き寄せようとする。

「やめろ…さわるな…」

 泣き出しそうになるのを懸命に堪え、伸ばされた腕を振り払う。

「ひ、土方くん…?」

 突然の事に戸惑う銀時の顔を見たくなくて腕で顔を覆いながら身体を起こす。
 確か起きた時にパジャマ代わりにしていたスウェットがベッドにあったはずだと、こんな時なのにどこか冷静に頭で考えた。

 わかっている。あの時とは違う。けれど、あの時何があったのか、どんなに苦しかったか、銀時の一言で鮮明にフラッシュバックしてしまった。

 慌ててスウェットを着て、目も合わせない俺に、銀時が茫然としているのはわかる。

 悪気があったわけじゃないのもわかっている。きっと、言われた相手が俺じゃなきゃ、睦言の類いでしかないんだと思う。

 だけど、誰にも言えず、一人脅えて過ごしたあの時間が、封印したはずのあの時が、溢れてきてしまった。






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あきゅろす。
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