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For real?
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 人当たりの良さは、人と距離をとるための最大の防衛だと、俺は知っている。

 大らかな父と、少々口煩いが人の良い母に育てられた俺は、そこそこ不自由のない暮らしをし、自己主張のはっきりした子供時代を送ったはずだ。
 好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとはっきり言う事でのトラブルはあったが、それはきっと標準的な子供の喧嘩や、我儘の範疇だったろう。誘われれば近所の幼なじみや学校の同級生と遊んでいたし、何もなければ部屋で本の世界に入り込んでいたと思う。

 熱心に勉強しなくても、成績は上位にいた。だからというわけでもないのだろうけれど、逆に努力や根性と言った意識は気薄で、特に何かに執着した記憶はない。
 多分、少々空想好きではあっても普通の子供。それが小さな頃の俺だったと思っている。

 のほほんと生きてきた俺が、物事を斜めから見て、本音を吐かず、冷めた心を隠すために貼り付けた穏やかな仮面を手に入れたのは、志望高校を決めなければならなかった頃の事。
 生まれた時から隣にいたような総悟も、親も知らないその事件を、俺自身も心の奥底へ封印していた。

 今こうして、あの時と似たような(けれど意味は全く違う)状況に置かれるまで…。


   *****


 ソイツを初めて見たのはサークルの新歓コンパ。

 そこそこデカイ大学で、サークル活動がイヤに盛んなこの学校に入学した俺は、小中高も同じで別の学部に入った幼なじみの言うがまま、何となくそのサークルに入った。
 特に入りたかったわけでもなく、他に目当てのサークルがあったわけでもないのだが、

「アンタ、そろそろ恋のひとつでもしたらどうですかィ?女泣かせはツラだけで、全くわかっちゃいねェんだから、困ったもんですねィ。だから未だに童貞なんですゼ」

 と、あまりにも的を射ていて、尚且つあまりにも失礼な総悟の言葉で、断る理由も消え、ずるずると引きずられるまま入ってしまった。

 総悟の言うのも尤もなのだが、特に恋を避けて通った自覚はなく、恋愛における「好き」という感覚がよく理解らず、「付き合う」とは一体何をすれば良いのかがピンと来ないだけなのだ。
 傍目から見ても、多分可愛いだろう女の子に「付き合って」と言われる度に、俺は素直に「何をすれば良いんだ?」と聞いてきたが、どうやら、それがイケナイらしい。

 恐ろしく口が悪く、勝手きままに生きているような総悟も、高校時代に恋に堕ち(本人曰く、それまでの恋は子供のお遊びらしい)時折彼女と激しい喧嘩をしながらも、楽しそうに彼女の事を話す。

「口の減らない生意気な女なんですがねィ、俺に愛する事を教えてくれやした」

 などと、普段の総悟からは想像出来ない惚気が飛び出すのだから、多分「好き」になるのはそういう事なんだろう。


 俺は家族も総悟も、総悟の彼女の神楽も好きだ。
けれど、特定の誰かに目を奪われ、強く欲し、愛の言葉を(総悟のような)捧げたい相手がいなかっただけだ。それに、総悟を見ていると、「恋愛」ほど、予想外の感情が湧き出すものはないなと怖くなる。

 連絡の取れない相手がただの知り合いなら、「忙しいのか」で済むはずが、神楽からの連絡が二日も途絶えりゃ総悟はソワソワし、心配し、連絡が取れた頃にはキレまくっている。
 俺の目の前で、携帯に向かって散々罵った後、見た事もないヤニ下がったツラで、

「ん、わかった、ん、俺も」なんて頬を染めている。
 
 …同一人物か…?

 まあ、そんなわけで、コンパに参加した俺は(総悟が神楽と直前まで電話してるもんだから、少々時間には遅れたが)店の中でひときわ光を放っているソイツに、まさしく目を奪われた。



 オレンジ色の柔らかい照明の下、ジョッキグラスを持つ男女の中で、珍しい銀髪を跳ね散らかしながら盛り上げてる一人の男。
 顔見知りも確かにいるだろうが、初めて顔を合わす奴らが大半のこの飲み会で、ソイツの周りは笑いが溢れている。

 (誰、なんだろう…)

 何かを喋りながら笑うその顔や、テーブルから離れている面子へ気軽に声を掛ける様子に見惚れていると、フイにソイツと目が合った。
 視線が絡み合ったまま外せずにいると

「あ〜っ!旦那ァ!そこに居たんですかィ!」

 と後ろから総悟がヒョイと顔を覗かせソイツに声を掛けた。

 旦那と呼ばれたソイツは総悟に手を振り

「沖田くーん、遅かったじゃねぇの。で、そちらが有名な土方くん?」

 と笑っている。

 その声に、俺達へ背中を向けて座っていた連中が一斉に此方へ振り返り、

「きゃーっ!沖田くんだぁっ!あ、土方くんもいるぅ〜!うちのテーブルにおいでよ、銀ちゃんもいるし、何か最高〜!」

 などと黄色い声をあげている。いい感じで酒が入ってるらしい。

 (銀ちゃん?)

「じゃ、お言葉に甘えて。土方さん、とりあえず、座りやしょう」

 勢いについていけない俺の腕を引っ張り、総悟はそのテーブルへ向かい、俺と一緒に腰を降ろした。

 いつもなら、こんな時も平静を保ち、無難に過ごせるはずが、妙に気になる銀髪に調子を崩され、頼んだ酒が来るまで手持無沙汰になった俺は煙草を取り出した。

 (あ、ここ禁煙か?灰皿がねェ…)

 参ったなと別のテーブルをキョロキョロ見ていると、

「土方くんって吸う人なんだぁ、はい。ここ、禁煙じゃねぇからさ」

 スッと灰皿が差し出された。

 見上げれば件の男が白い歯を見せ、ニッコリ笑っている。

「あ、あぁ…すまねェ。サンキューな」

 そう応えた俺は、まだアルコールも入っていないのに、急に体温が上がったような気がした。

 さり気ないお洒落をしている可愛い女の子達と話していた総悟が、ソイツの声を聞きつけたのかくるっと振り返り、性質の悪い笑みを浮かべ、声を掛けている。

「旦那、コイツが噂の土方さんでさァ。可愛がってくだせェよ?」


 いい加減にしろと口を開く前に

「そうだねぇ。沖田くんの言ってた通り、クールな美人さんだね。俺は坂田。坂田銀時。よろしくね、美人の土方くん?」

 笑ってそう言った銀髪に呆気にとられ、そのままモゴモゴと「あ、あぁ…」と応えるしかなくなってしまった。

 酒が進むにしたがって、「沖田くぅん、お持ち帰りしたい〜」だの、「土方くん、一緒に写メ撮ってぇ」だの「銀ちゃん、こっち来てぇ」だの、あまり理解したくない声が飛び交うようになったが、それでも周りの楽しい雰囲気にのまれ、俺もいつの間にか笑ってグラスを重ねていた。

 総悟の部屋で帰りを待っている神楽は、「飲み会ついでに、何人か喰って来いヨ」なんて台詞を言っていたらしいが、22時を回ったあたりで、当の本人はソワソワし出した。

(笑っちまうな、全く。さっきまでノリノリだったくせに)

 そうは思っても、総悟の気持ちも手に取るようにわかり、

「俺ら、今日はこれで帰るわ、悪ィな」

 俺のとっておきの笑顔でそう言えば、

「うっそぉ〜!!沖田くんと土方くん、帰っちゃうのぉ〜!!」

 案の定、ブーイングが来たが、

「まあ、またやればいいじゃん、そん時はゆっくり飲もうぜ」

 と言う銀髪のお蔭で、女の子達も諦めたようだ。

 彼女達にわからぬよう、ホッとした総悟の顔を見て内心クスリと笑った俺だったが、「じゃあな」と皆に挨拶しようとした瞬間、銀髪が立ち上がり、俺の耳元で囁いた。

「…また、ゆっくりね、美人さん」

 甘やかなその声と、軽く耳を撫でたその吐息で、途端にカッと身体が熱くなったが、きっとこれはアルコールの所為だ。そう思った。


   *****


 附属の高校からそのまま大学へ進んだ俺は、顔見知りの先輩も結構いたし、サークルの勧誘なんかも見慣れたもんだった。

 その二人はとにかく目立っていた。いやいや、コイツらどんなに注目あびてんのかわかってんのか?こんなにイイ男が二人でつるんでいたら、そりゃ女どもが黙ってねぇよなぁ。なんて思っていたさ。

 二人共、あちこちで声を掛けられていたが、茶髪の方は、相手にわからねぇように値踏みしてそうだった。
 対して黒髪は全く興味がなさそうだ。


 俺は仲の良い先輩の長谷川さんから「銀さんはウチ決定な」と言われていたし、周りの人間からも長谷川さんと俺の関係なら仕方ないだろと思われていたんだろう、あちらこちらから手を引かれる事もなく、既成事実の如く長谷川さんのサークルに決まっていた。

 何故一年生の俺が?と思ったが、長谷川さんに「俺が座るより、銀さん座ってた方が可愛い娘、来そうだし?」と、わけのわからぬ理屈で拝み倒され、勧誘のために置かれた椅子のひとつに腰を掛けていた。

 その二人が視界に入ってから何気なく眺めていたが、茶髪に手をあげ、何処かへ去った黒髪と対照的に、茶髪は何かを探すよう視線を巡らせると、俺に向かって真っ直ぐに歩いて来た。


「あ、えーっと、アンタ、『銀ちゃん』じゃねェですかィ?」

 アイドル顔負けの甘いマスクを綻ばせ、茶髪は言った。

「…えっ、あ、そーだけど、オタクどなた?」

 やる気なく応えた俺に

「アンタ、神楽の従兄弟の銀ちゃんでしょ?」

 ニヤリと笑ったその顔で「ああ…」と思い出した。

 (そーいや、神楽が『甘いマスクの悪魔』と付き合い出したって前に言ってたよな…)

「…もしかして、沖田くん?」

 ほぼ確信しながら聞けば

「ククッ、やっぱり旦那が銀ちゃんですかィ。神楽が言ってた特徴そのまんまで俺らと同じ大学っていったら、アンタかなァ…ってね」

 と笑ってみせた。

 (なるほどね。確かに良いツラしてるわ、コイツ)

「で、こうして顔見知りになった沖田くんはもう、サークル決めたの?決めてねぇならウチ来ない?神楽のよしみで。あ、何なら、あの黒髪も一緒にさ」

 その時の俺は何気なく言ったはずだった。イヤに目立つこの二人組が入りゃ、二人を目当てに女の子も殺到するわけで、今まで弱小だった長谷川さんのサークルも、もしかするとすげー楽しくなるかも。なんて、下心一杯だった俺は、そんな風に考えていたわけだった。

 沖田くんは顎に指をあて、暫く考えていたが、

「…入ってもいいですよ?まあ、でも条件がありやすが」

 何やらケツから黒い尻尾が見えるような悪戯っぽい顔をして、名簿をどかすと机にドッカリ座り話を始めた。初対面だよね、俺達…。


 あの黒髪は沖田くんの幼なじみの土方十四郎。経済学部の俺や沖田くんとは違い、彼は法学部にいるらしい。
 沖田くんの条件は、あの黒髪に恋愛指南をし、恋をさせること。

「あのバカヤローに『恋』させてやりたいんでさァ。あんなツラしてやがるんで、引く手あまたなんですがねェ…今まで全て台無しにしてきた男なんですよ」

「…はっ?」

「いや、旦那。俺は真剣なんでィ。あの人は当たりも柔らけェし、女には優しいんでイイ女がそりゃ群がるんですがねィ、「付き合う」って何なのか、「好き」って何なのか、さっぱりわかってねェんですよ」

「それって…」

「いやいや、誤解しねェで下せェよ?きっと、女抱きてェとか、寄り添いてェとか、そんな欲求は、まあ、普通にあるんでしょうが、何か大事なトコが止まっちまってるっつーか、頭でモノ考えちまうっつーか。あー見えて、変態なんでさァ」

「…変態って…」

「いや、アブノーマルって意味じゃなくて…。ん?アブノーマルか、やっぱ。……ま、よくわかんねェけど、感情が先走るって事が異常に欠けてんでさァ。…わかりやす?」

「…つまり、人当たりの良さや、物腰の柔らかさは、全くの嘘ってわけじゃねぇだろうけど、アイツの頭で導かれた結果、作られてるモノで、感情のまま何か言ったりしたりが無いってこと?」

 眉を寄せて言った俺に、沖田くんは満面の笑みを浮かべる。

「さっすが、旦那だ。神楽が言ってた通りだ」

「…神楽が何て言ってたの?」

「あー、『困った事があったら、銀ちゃんに頼むヨロシ。銀ちゃんアホアルけど、頼りになるネ』?」

「……………」

「つーわけで、サークル、入りやすんで、土方さんに『恋』させてやって下せェよ。あ、アノヤローが感情剥き出しになるんなら、男女問わず、もし何だったら相手が旦那でもいいですゼ。俺が突っ込んだり、突っ込まれたりはご免ですが、俺の事じゃねェし、その辺は構やしません。昔はあんなんじゃなかったんですがねィ…。ある時を境に完璧にプログラムされた精巧なロボットみてェになっちまったんでさァ」

 やっぱり沖田くんは悪魔なんじゃないかと(正直、友達想いなんだかわからねぇ)呆けた俺を残し、言うだけ言って満足したのか、本人はブラブラと立ち去って行った。



 …ある時を境に?昔は違った?何だか聞かなきゃ良かったような台詞もあったような気がしたが…。

 まあ、遠目から見ても綺麗な男だったのは確かで、あんなヤツがワタワタすんのを見んのも面白ぇな、つか見てみてぇかも。俺見て紅くなったり?こう、沖田くんの言う仮面を剥ぎ取ってみてぇなとか?
 いやいやいや、いくらなんでも俺が相手はねぇだろう。俺も普通に女が好きなわけで、あのヒジカタトーシローくんにしたって、柔らけぇ女と恋がしたいだろうよ。
 そうは言っても、沖田くんはどこまで本気なのか、量りかねる。つか、名簿に名前も書いてねーじゃんっ!

 …どうすっかな、コレ。

「…参ったね…」






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