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そして、あなたに恋をする3



熱気と酒とタバコと香水の匂いで噎せ返りそうな5対5の合コン会場。
つまみの乗った皿と各々のジョッキやグラスは半分以上が空になっていて、キリも良い所だし、と秋丸がまとめて追加オーダーを取った。
とことん幹事慣れしているな、秋丸よ。

「てことでビール5つ、カシスオレンジ2つ、レモンサワーが1つでオッケー?で、榛名は何飲むの?」

ちびちびと舐めるように飲んでいた俺の手元の酒も、興奮による喉の渇きのせいか、いつの間にか残り少なくなっていた。

「ウーロン茶で」

「え!?なんでウーロ……」

「ウーロン茶で」

有無を言わせずぴしゃりと言い放つと、秋丸は眉を顰めながら「じゃあウーロン茶1つ」と付け加えた。
かしこまりました、と店員が頭を下げ、空いた皿を片付ける。
すかさず秋丸は俺に身を寄せ、小声で話しかけてきた。

「おい榛名!お前さっきからなんなの、やる気なさすぎじゃない?」

「はあ?何言ってんのお前。俺は今日未だかつてないほど本気だぞ」

「酒も飲まずに!?」

「酒を飲むのがお前の本気か」

「もう……お前今日変だぞ。何、ちゃんと気になる子見つかったの?」

「おう、バッチリだ。それはもう、お前の人選に感謝してんぞ」

「そっか、まぁ頑張りなよ」


別に褒めたつもりもないが、秋丸は気をよくしたのか、笑顔で俺の背中を軽く叩いた。
いや、感謝しているのは本当だ。一目惚れの相手に出会えたのだから。

それがまさか男とは、いくら気働きの秋丸と言えど、思いもよらないだろう。



……よし。
気合い溜めに、残った酒を一気に呷る。
何かの合図とでも勘違いしたのだろうか、期待を込めた眼差しのまゆこ(仮)が姿勢を整え、口を開いた。

「あの、榛名く……」

「タカヤって呼んでもいい?」

俺は誠心誠意を込めて、身体ごと隣りの阿部隆也に向いて、満面の笑みを作った。


「「……は?」」


前と横から、同時に声が漏れる。
すでに正面の鏡餅女、略してモチ子とぽつぽつ会話を交えていた阿部隆也は、突然の振りに困惑した表情を浮かべていた。
無理もない、合コン会場でまさか男友達作りから始める輩はいないのである。

「な、なんですかいきなり……」

「いやあの、タカヤって呼んでもいいかなと思って」

「……はい、どうぞ」

突拍子のない俺の発言に、阿部隆也はふっと微笑んだ。
俺の心臓はまたエグいほどに射抜かれる。
おいタカヤ……お前本当に可愛いぞ。モチ子なんかにゃ勿体ねぇ、絶対俺がお前をお持ち帰りしてやるからな。(同性の場合どこに持ち帰ってどうしたらいいのかは俺も知らないが)


そこで会話は終了と思ったのだろう。
タカヤはまた律儀に前を向いた。
おいモチ子、同列の女共だけがお前のライバルだと思うなよ!

「そんでさ、タカヤ」

「え、はい?何ですか」

再度タカヤの顔はこちらに向く。
壮絶なタカヤ争奪戦だ。
周りの空気なんて読んでる場合じゃねぇ、今日の俺は本気なんだ。
モチ子やまゆこ(仮)のぽかんとした表情なんて視界に入れてやんねぇよ!


「タカヤ、野球やってたのか?」

「あ、はい、リトルから」

「へぇ、マジで!もしかして今もまだやってんの!?」

「はい、まぁ今となっては大学でお遊び程度ですけど。高校の時は結構本気出してやってたんですよ」


やはり好きなものの話。
タカヤの表情が生き生きとしてくる。
まずはこの話題だ!このまま意気投合ルートへまっしぐらだ。

「俺も高校ん時は朝から晩まで練習やってたぜ。ポジションどこ?」

「キャッチャーです」

「え、ウソ、俺ピッチャーだぜ!バッテリー組めんじゃん」

「はは、本当ですね」

――ちょっと待て、これってマジ運命じゃね?
タカヤと和やかなムードを作り出しながら、俺は真面目にそう思った。
だって俺ガキん頃からピッチャー一筋、そしてタカヤはキャッチャー。
すごくね?運命じゃね?野球どころか俺ら人生のバッテリー組めるんじゃね?


「じゃあさータカ…」

「榛名、ちょっと」


さぁここから盛り上がり時だぜ!という所で秋丸から思いっきり襟首を掴まれた。

「あ!?なんだよ」

「ごめんね皆、ちょっと外の空気吸ってくる。榛名、付き合ってね」

そう早口で言うや否や、秋丸は俺の襟首を掴んでずるずる引きずったまま店の外に出た。
あー、せっかく好調な滑り出しだったのに……秋丸め。
忌々しげに睨みつけてやると、そこには俺以上にしかめっ面をした秋丸がいた。


「榛名ァ!!」

「うっ……あ、ハイ」


その気迫に、さすがの俺も思わずたじろいでしまった。


「お前いい加減にしろよな!ここ合コン会場でしょ!?女子せっかく集まってくれてるのにお前、なんなの!?せめてもうちょっとちゃんとやれよ!」

「はぁ!?ちゃんとやってるだろ!それはもう頑張って会話を盛り上げ……」

「男と盛り上がってどーすんのっつってんの!バカ!」


ぐさっ。
男と盛り上がってって……お前、なんかすげークるけど、その言葉。

「んな事言われたって……」

と急に勢いをなくす俺。
秋丸は呆れた表情で大きく息を吐き出した。


「ちゃんと気になる子いるんならさ、普段通りやればいいんだよ。ほら、お前の前の席のまゆみちゃん、良いと思うけど」

「まゆみだったのか」

「え?」


あーもうお前が何考えてんのかわかんねぇ……と秋丸は頭を抱えた。
だって自己紹介聞いてないし。


「まぁ、お前にはお前なりの考えがあるのかもしれないけどさ」

「おー、大ありだ!」

「うん……俺にはさっぱり分かんないけどさ。いーや。ガンバレ」


秋丸は苦笑混じりにそう言って、背中を向けてまた店内に戻っていった。
どうやら言いたい事は済んだらしい。


秋丸も秋丸で、幹事としてきちんと合コンを成功させたいのだろう。
しゃーねぇ、建て前だけでも、普通に女に話かけてみるか。もちろん本命は変わらないけどさ。
そう思いながら、俺は秋丸の後に続き、再び熱気の中に入っていった。



一番奥の部屋に戻ると、男の馬鹿話で場は笑いに包まれていた。
靴を脱いで、ウーロン茶をすするタカヤの隣りに再び腰を下ろす。
俺も自分のウーロン茶を手に取ると、今し方きちんと名前を知ったばかりのまゆみからすかさず声を掛けられた。

「どうしたの?榛名くん、酔っちゃった?」

まさか、と思いながらウーロン茶を舐める。
いや、いかんいかん。最低限でも質問には答えねば。

「酔ってない。秋丸が酔ったんじゃね?」

「……そう」

やべ、なんか俺つめてーな。
まゆみはしゅんとした顔で手元のジュースみたいな酒を飲んだ。
びりびりと、秋丸の視線を感じる気がする。
ちらりとタカヤの方を覗き見ると、モチ子と笑い合うタカヤの顔が見えた。
くっそー!と嫉妬心がメラメラ燃え盛る。
でも視線を前のまゆみに向けると、まゆみの落ち込んだ表情が気になるし……
俺は葛藤していた。
本心では、すぐさまタカヤに話しかけたい。でも、でも……



「そう言えばタカヤくんって、彼女とかいるんですか?」

「「え」」


意識せず盗み聞いた内容はとんでもないものだった。
今度は俺とタカヤの声が重なる番だった。
だが幸い、俺の声は誰からも気づかれないくらい小さかったらしい。
……いや、しかしだモチ子。
俺の耳は今、聞き捨てならん台詞をキャッチしたぞ。
お前、俺の許可なく、ていうか多分タカヤの許可もなく(これは俺の想像)タカヤをタカヤ呼ばわりしやがったな、ふざけんな馴れ馴れしいんだよテメエエエエエ表へ出ろ!!!!!


「いないですよ。いたら、ここ来てないし」

「そっか、だよね。でも良かった」


俺が額の血管をビキビキさせてモチ子を睨んでいると、タカヤはあっさりそう言ってのけた。
モチ子は(俺の視線に気づかないまま)安心した顔で酒を一口飲んだ。
俺は一人呼吸を整えながら、話の内容を反芻させた。


いない……彼女がいない、か。
てことはタカヤ、今フリーって事か。
もしかして、タカヤ、この合コンでその相手を見つける気なのか。
そうだよな、合コンに来るならそりゃそうだよな。俺もその気で合コンに参加したんだからな。
待てよ……?付き合う相手が欲しくてタカヤはここに来た。俺も付き合う相手が欲しくてここに来た。付き合う相手とはそれすなわち、気が合う相手だ。ということは俺達は気が合う相手を探すために今ここにいるという事になる。では気が合う相手とは誰だ。まず趣味が野球である事、そして飲み物が一緒である事、言ってしまえば今俺達が隣同士の席に座っているという事でさえも、それはつまり気が合うという事に繋がるのではないだろうか。そして俺にとってもタカヤにとっても、こんなに気が合う相手は他にいないのである。ならばそう……必然的に、俺達は……!



「どうぞ!俺で良ければ!」

「……は?」


俺は結局目の前で放置プレイにしたまゆみをそのままに、隣りの阿部隆也に手を差し出した。

その時だ。



「さ、皆そろそろ仲良くなって来た所だし、ゲームでもしようか。合コンらしく!」



きゃあっと、女性陣の嬌声が上がる。
いつの間に作ったのか、秋丸が割り箸で出来たくじの束をテーブルの中央に差し出していた。
タカヤの視線が、俺の手から秋丸の手へと移った。

俺の中で、何かのシグナルが鳴った。





もっと、あなたに恋をする。



<続>








あきゅろす。
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