次は、52球目だ。
「阿部はさぁ、ずっと野球やってたんだよな?」
急に質問を投げかけられて、はっと我に返った。
一瞬言葉に詰まって同僚を数秒見つめたままでいると、ん?と怪訝な顔をされた。
「あっ……ワリ。――うん、リトルからやってたけど」
「結構強かったりした?高校ん時とか」
「まぁ、そこそこ」
「じゃあ高校野球で生の榛名見た事あるんじゃねーの?」
確信を突かれ、いよいよ返す言葉を失った。
こいつの変に鋭い所にはよくヒヤヒヤさせられる。
「いや……うん、まぁ、いた」
「へぇ、なんかすげぇ」
「別に、ただいたってだけでさ」
言葉を濁す俺の横で、同僚は特に興味もなさそうにへーだのはーの適当に生返事をしていた。
あまり深く探られない方がありがたい。
俺は高校を卒業して以来、どんどん有名になっていく彼と、実はかつてバッテリーを組んでいた事を公言しなかった。
秘密にするわけでもなかったけど、必要もなかったし、言いたくもなかった。
勿論職場でもそんな過去を話してはいない。
野球経験がある事すら知っている人間は、この同僚を除き他にいない位だ。
“あの榛名とバッテリーを組んでいた”
なんて言おうものなら、野球ファンでなくても色んな人間が寄ってくる、と思う。
榛名は既に、それだけの影響力を持ってしまっているのである。
榛名が第一線で活躍を始めてすぐに、どこから嗅ぎつけてきたのか、俺の元にマスコミが訪れた。
榛名の素顔や過去、そして主に交遊関係について雪崩のような質問を浴びせられた。
本音を言うと、「サイテーの投手」との決まり文句を吐き捨て追い払ってしまいたかったが、それすらも今となっては「でした」と過去形で片付けざるを得なくなっていた。
だから、やめた。
今の俺には、遠い存在となった彼に向けて、褒める事も罵る事も出来なかったんだ。
俺が知っているのは所詮、彼の「過去」だけなのだから。
→「でも、完全に他人だったよ」
→「あの人は、スゴイ人だったよ」