「ほら、上がれよ」
榛名の視線により身体を動かすのも忘れていた俺だったが、熱い左手に手首を掴まれ、はっと我に返った。
俺は榛名のあの目が苦手だ、というより――弱点だ。
「散らかってっけど、気にすんな!」
俺の手首を掴んだまま、榛名はぐいぐいと俺を部屋に引きずり込んだ。
初めて入るその一室は榛名の物で溢れ、榛名の匂いで満たされている。
隅に置かれたベッドは朝起きたままの状態で、勉強机らしきものには雑誌や教科書が乱雑に積まれていた。
部屋の物のどれからも、榛名の生活感が伺える。
壁一枚隔てた先はこうなっているのか、となんでもない事を思って、とりあえず俯いた。
あまりキョロキョロしていたら、見なくていい物まで目に入ってしまいそうだったからだ。
「テキトーに座って。あ、テレビ観る?」
そう言って、榛名は部屋の隅に置かれた液晶テレビの電源を入れた。
「あ、テレビ……あるんすね」
「うん、え?タカヤないの?」
「はい。ノートパソコン持ってきたから、テレビは良いかなと思って……重いし」
台所に向かいながら俺の話を聞いていた榛名は、えーっと声を上げた。
そのままコップやお茶の準備をしながら会話を続ける。
「そんなん暇じゃん!それに俺一人だと音ないと無理!」
「ああ、俺は多分大丈夫で……てか、元希さんってほんと」
俺にコップを手渡し床に腰を下ろした榛名を見て、ふっと笑みが込み上げる。
この人って、本当に――
「寂しがり屋なんですね」
その言葉に、顔を上げた榛名の頬に赤みが差した。
自分で宣言した癖に、改めて言われるのは慣れないのだろうか。
言葉に詰まった様子の榛名に、俺はまた心臓が熱くなった。
「……じゃあ、さ」
榛名の脆い部分を、見たのだと思った。
それも束の間、再び手首を掴まれ、強く握られた。
俺を見上げる榛名の瞳は、鋭くも透き通っていて、飲み込まれそうになる。
手首に力が込められて、そこから想いが流動するように心を揺さぶられた。
榛名の目が、手が、想いが叫ぶ。
離さない。
「隆也が、埋めてくれんの?」
その言葉に一欠片、切なさが折り混じっていた。
何故か泣き出しそうになって、俺は吸い寄せられるように、身を傾げた。
榛名との距離が近づく。
無意識に、距離が狭まる。
綺麗な顔が目の前にあって、頭がぼうっとした。
また、その目だ。
俺が弱いその目が、まるで磁石のように、引き寄せる。
榛名の赤い唇がすぐ傍まで迫ったその時だ。
ぱっと催眠術を解くかの如く、榛名は思い切り笑った。
そして俺の耳に唇を寄せ、わざと響くように甘く囁いた。
「なぁ、今変な気分になった?」
それが火種となって、幕を引いたように一気に顔が真っ赤になった。
冗談めかして笑う榛名から後退り、今にも布団を被って冬眠でもしたくなる。
しかし当の本人は嬉しそうに笑って、牛丼を食べる準備に取り掛かった。
「俺さ、やっぱタカヤ好き!だからいつでもテレビ観に来ていーぞ!ていうか来い!」
さっぱりとそう言った榛名は、次の瞬間には牛丼を食べ始めていた。
呆気に取られた俺が牛丼に手を付けたのはその少し後だった。
もしかして、俺って遊ばれてんのか?