微かに震える指先を押し付け、意を決してチャイムを鳴らす。
予想していたより早く、その部屋のドアは開いた。
「うーい……って、タカヤ!」
気だるげな表情からぱっと瞳を輝かせて、榛名は俺を出迎えた。
そんな彼の様子に胸が熱くなるのを感じながら、俺は手短に話を進める。
「あの、昨日と今日のお礼に、牛丼買ってきました。もし昼食がまだでしたら、どうぞ」
そう言って袋から榛名の分の牛丼を取り、差し出す。
榛名は俺の顔と牛丼を2、3度見比べ、首を傾げた。
「あれ、タカヤ、俺がここの牛丼好きって知ってんの?」
「いや、さっき隣りの秋丸さんにスーパーへの道案内してもらって……その時教えてもらいました」
「えー、なんで!?そんなん俺がしてやるっての!秋丸ずりーっ」
事の顛末を説明するとたちまち榛名が不服そうな顔をしたので、慌てて補足する。
「や、偶然廊下で会って……ご厚意で、付き合ってもらう事になったんです」
「……んー、そっか。でも秋丸って冷たい奴だっただろ!次は俺誘えよなー」
納得がいったのか、そこでようやく榛名は俺の手から牛丼を受け取った。
ありがと、と顔を綻ばせる榛名に、俺は一瞬見惚れかかる。
まただ、危ない。
反射的に目を逸らして、早い内に帰ろうと思った――矢先だ。
「つか、せっかくだから一緒食お!」
「……へ?」
次の瞬間に俺は手首を掴まれ、家の中に引っ張り込まれていた。
勢い余って榛名に抱きつくような形になったが、榛名は気にせず俺を胸に抱いたまま、玄関のドアを閉めた。
心拍数が、急上昇する。
顔にみるみる熱が上ってきて、思わず飛び退いた。
「な、ん、元希……さんっ!?」
勢いよく背後のドアに張り付いて、なんとか距離を取ろうとする。
心臓が喉元までせり上がってきたかのように、喉が脈打つ。
それなのに、榛名はどんどん俺の心臓を掻き乱す。
俺の前髪をくしゃりと掻き上げ、至近距離で覗き込んでくる。
文字通り目と鼻の先に、榛名はいた。
ここまでされると、恋慕の想いは別の姿に変化する。
ばか、ばか、ばか。
なんてこと、すんだ。
「隆也と一緒の方が、良いだろ?」
本当に馬鹿なのは、俺の方だ。
また俺を捉えた狩るような目が、俺を離さない。
縛られるように、好きだった。