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そして、あなたに恋をする<5>


とある居酒屋での夜、5対5の合コン会場。
一目惚れした相手(注:男)とのポッキーゲームが失敗に終わった直後、俺はその意中の相手に呼び出された。

阿部隆也。
際立って何の特徴もないその背中を追いながら、俺達は終始無言だった。
タカヤがどうして俺を個別に呼び出したのか、大きな不安と僅かな期待感に揉まれつつ、店の奥のトイレに辿り着いた。
ドアを開けると、熱気から解放され、ひんやりとした空気に包まれた。


すぐに会話が始まるかと思いきや、タカヤは手洗い場の前で俯いたまま動こうとしない。
鏡越しにも表情を伺う事が出来なかったので、少し不安になる。
数回頭を上げ下げして、俺から会話を切り出そうと決心した。


「え、と、タカヤ」

「あの、榛名さん」


決心した、は良いものの、それとほぼ同時にタカヤは俺の苗字を呼んだ。
どきりとしてまた言葉に詰まる。
今度は大人しくタカヤの言葉を待つ事にした。


「俺、こういうの初めてで……普段もなんつーか、大人数でワイワイするのとか、苦手なんです」

依然俺に背を向け俯いたまま、タカヤはぽつりぽつりと呟く。
俺は生唾を飲み込んで、その一字一句聞き逃すまいと全神経を研ぎ澄ました。

「それで……さっきの、ああいうのって、俺冗談って分かってるのに……」

穴があったらこの場で冬眠でも始めそうなタカヤは、消え入るような声で言った。

「すいません、俺、酒も飲んでないのに……」


その瞬間、タカヤは振り向いて口元を手首で隠した。
僅かに青みを帯びた蛍光灯が、煌々とタカヤの顔を照らす。


「俺、真っ赤になっちゃ……」



めきめきっ。
拳からそんな音が出そうなくらい、俺は利き手である左手を思いっきり握り締めた。
そうでもしなければ俺は堪えられなかったのだ。
今にでもタカヤに飛びついて、先程の続きに突入してしまうくらい気持ちが一気に高揚した。
いや、いやいやいや、俺は今精一杯我慢しているけれども、めちゃくちゃ偉いだろうこれ…!俺の理性も伊達じゃない。

どうやらタカヤは、そんな顔の火照りを周りに気づかれないようトイレに逃げ込んだらしい。
ただ火照りを冷ますのをこっそり一人で行うのも逆に気恥ずかしかったのだろう。
だから俺を呼んでくれたのか……そうなのか……いやそれにしてもそんな顔を晒された日にはお前、襲うぞ!悪いが襲うぞ!
だって俺はお前の事が、こんなにも――…


……なんて、言えるはずもない。



「そっか、悪かったな。ちょっと加減が足りなかったかも」

「いえ……俺もびっくりして、折っちゃったから……」

「はは、タカヤが折らなかったら折れてねーぜ」


さらっと冗談めかして言ってみたが、タカヤには通じなかったらしい。
段々赤みの引いていくタカヤの頬を眺めながら、勿体無い、なんて気分になった。


「つーか、酒の匂いにもやられてんだよ。店の中暑いしな」

「……はい」

「ダイジョブか?戻る?」


近年稀にみる優しい言葉をかけて、えぇいついでだ、とタカヤの頬に触れてみた。
熱を含んだ頬は予想以上に柔らかくて、自分でやっておきながら、俺は自らの頬をぼっと赤くした。
自分の掌の方がずっと熱くて、タカヤの熱なんか分からなかった。


「は、はい……じゃあ、戻りましょうか」


勝手に一歩踏み出して勝手に照れている俺にはにかんで見せて、タカヤは再びトイレのドアを開けた。
一気に店内の熱気が舞い込んでくる。
俺はもうちょっとここで顔と頭を冷やした方が良さそうだが、後に続く他なかった。

しかしふと、タカヤが立ち止まり俺の方を振り返った。
先程の照れ笑いから少しだけ気を許した者に見せる表情を作る。
眉根を寄せ、口角を上げ、わざと皮肉を織り交ぜる。



「でも、次したら怒りますよ?」



それは今日見た中で一番の、魅力的な表情だった。
堅くてウブなタカヤの印象がほんの少し傾く。

俺は、俺は――…
一体何回お前に惚れれば気が済むんだ?



「タカ……」



慌てて呼び掛けた名前は、店内の至る所から発生する騒ぎ声や笑い声にかき消された。
立ち止まる俺を振り返りもせず歩くタカヤの名を、叫んで呼び止めたかった。
そして言いたい。言ってしまいたい。

俺はタカヤが好きだ。
本気でお前に、恋してる。



加速していく想いは、もうどうしようもなかった。
俺は走り出して、タカヤの肩を叩く。
振り向いた顔にまた体温が上がっても、俺は赤い顔を隠したりはしなかった。


「あの」

「あ……はい?」

「さっきは、ごめんな」


胸がいっぱいになって、
身体中が熱くなって、
目を離したくなくて、
ずっと独り占めしていたい。


初対面でも、同性でも関係ない。
これは紛れもない恋だ。




並んで元の座敷に戻ると、既に席替えが行われた後だった。
各々談笑で盛り上がっており、俺達の帰りに気付いた者から席を促される。
また二つ並んで空いた席に、何事もなかったかのように俺達は座った。


合コンの終了時間が、刻々と迫っていた。




どうして、あなたに恋をする?



<続>






あきゅろす。
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