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ハルアベお隣さんパロA


引っ越し初日、とりあえず何よりも先に手土産を持ってアパートの各部屋に挨拶回りした俺だったが、住人には半分も会えなかった。


俺が今日会えたのは、一階に住む独身らしきおばさん、俺と同じく大学生で一人暮らしの男、仕事をしている雰囲気のない男性、愛想のないご老人だけだった。
誰しもが素っ気なく応対してきたので、立ち話はほとんどせず、本当に挨拶をするだけに終わった。

まぁ、都会の近所付き合いなんてこんなものか。

あまり深く考えないようにして、俺は再び自分の部屋の前に立った。
残る部屋はあと一つ。俺の隣り、二階の一番奥の部屋だけだった。



ピンポーン。

「…………」

手始めに部屋のチャイムを鳴らしても、誰からの応答もなかった。
アパートの各部屋には表札がなく、生憎その部屋が空き部屋かどうか判断する事が出来ない。
先程訪ねた手前側のお隣さんは留守、もしくは空き部屋だったので、こちら側のお隣さんには誰かいて欲しいな、と期待を込めながらもう一度チャイムを鳴らす。


ピンポーン、ピンポンピンポーン。

「すいませーん、お留守ですかー」

少々しつこくチャイムを鳴らして、ドアをノックしながら声を掛ける。
もし中に誰かいたら迷惑な行為だろうけど、恐らくこの様子では誰もいなさそうだ。
俺は気を落としつつ、その部屋の前を立ち去ろうとした……の、だが。

「はい」

突然目の前で沈黙を貫いていたドアが開き、一人の男性が現れた。
髪を濡らし、上半身裸の状態でジーパンを穿いた男が。

「な、ん、なな……っ!?」

諦めかけた住人の予想外の登場に、俺は言葉が出ない程に驚いて口をパクパクさせながら男を見た。
男は怪訝な顔をして頭をタオルで乱暴に拭いている。
端麗な顔立ちと鍛え上げられた身体を、惜しげもなく見せつけながら。

「……つか、お前誰?」

初対面の人間に対しここまで(色んな意味で)堂々としている人間も珍しい。
一切の思考が薙ぎ払われた頭に単刀直入な質問が投げかけられ、俺ははっと自分の目的を思い出した。

「あっ、あの、俺今日隣りに引っ越して来ました、阿部隆也って言います。えっと……宜しくお願い、します」

一体男のどこに視線を合わせたら良いのか困った俺は、おろおろと自己紹介をしながら手土産を差し出した。
するとすかさず男は言った。

「え!食いもん?」

冷静に聞けばデリカシーのない言葉だが、俺は視線を落としながら必死に頷いた。
中身は母親お気に入りの店の和菓子詰め合わせだ。
内心、男の嬉しそうな声にほっとする。

「うわ、ラッキー。ありがとな!えっと……タカヤだっけ」

突然の呼び捨てに思わず顔を上げると、男は屈託のない笑顔で俺に笑いかけてきた。
髪が濡れて頬が上気しているせいもあるだろうか。
それは見惚れるほどに美しい笑顔で、俺は数秒呆けてしまった。

「俺、榛名元希!これもなんかの縁だし、お隣さん同士、これから宜しくな!」



ここに来て初めて向けられた、人の温かい笑顔。

俺は知らなかった。

これからこのお隣さんが、俺に対し、一体どんな災難と気苦労をもたらすのかを――…






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