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そして、あなたに恋をする4



「ゲームでもしようか。合コンらしく!」


参加から一時間以上が経過した合コン会場。
手中に割り箸のくじを束ねた秋丸が、爽やかな笑顔でそう言った。
その表情からは、微塵の下心も見受けられないのに、女性陣は「やだぁー」と微かに期待の籠もった声を上げた。

「あっきーヤラシィ事考えてんじゃないのォ!?てか何のゲーム〜?」

酒の回ったあやこ(仮)の「あっきー」呼びに危うく吹き出しそうになったが、ギリギリの所で堪える。
そんな俺の様子には気づかず、秋丸は尚も爽やかさを崩さずに言った。

「定番の王様ゲームでいいんじゃない?」

「きゃはは、ベター」


もうお前ら……付き合えよ。
そう無責任な事を考えながら、俺は二人のやり取りを眺める。
他の面子も見るからに乗り気で、その空気に乗れていない人物がいるとしたら。
隣りの阿部隆也、一人だけだった。
何故ならばこの俺も、それはもう内心身を乗り出さんばかりにノリノリだからである。

「合コンで王様ゲームとか意外にしないもんだよねー。あたし初めて」

「あ、俺もした事ない、です」

ねぇタカヤくんそろそろ敬語やめようよー、とモチ子が甘えた声を出すのが聞こえた。
その馴れ馴れしさに額の血管がブチ切れそうになったが、俺はなんとか抑えて秋丸の話に集中した。
秋丸、お前もうそういう雑談は良いからさっさと王様ゲーム始めろ!もしくはお前今すぐモチ子と席替われ!!

そんな風に胸中で喚いていると、秋丸が適当にあやこ(仮)との会話を引き上げて全員を見回した。
言葉で乗り気を表す者は誰もいなかったが、秋丸の視線を察知した者は次々に会話を中断させ、秋丸の言葉を待った。
皆それぞれに、意中の相手との接近を脳内に描きながら――…(と、勝手に言ってみる)


「皆やり方は知ってると思うけど、一斉にくじを引いて、赤いマークのを引いた人が王様ね。それ以外は数字が書いてあるから、他の人に見られないように注意して」

慣れた口調で秋丸は説明する。
場は静まり返り、無言の期待感で満ちていた。

「王様が自分を指名するのもありね。ただしくじは男女混同だから、下心で変な命令して相手が同性だった場合、痛い目に遭うよ」

そこでヨッシャア!と机の下でガッツポーズを決める俺。
それがむしろ俺の狙いであり、邁進すべき目標だった。

「まぁ実際やってみた方が早いしね。皆そわそわしてるし……さっさとやっちゃおうか。じゃあせーっの!」

秋丸がテーブルの中央にくじを持った手を差し出すと、皆一斉に手を伸ばし、声を揃えた。


「王様だーれだっ!」



狙いを定めたくじを手に取り引き抜く。
一瞬誰もが無言になり自分の番号を確認していると、一番奥に座った男が声を上げた。

「あっ俺王様だ!」

茶色い髪のチャラそうなその俺は、割箸の赤い印を見せつけながらピースサインを作った。
相変わらず「誰こいつ」状態だが、まぁ知らずとも差し支えない。早く命令しろよと遠慮なくガンを飛ばしてやった。

「んーじゃあ……そうだなぁ」

俺の番号は6。
どうかタカヤとあれやこれやの美味しい展開になりますように!


「1番と3番がビール一気呑み!」


えー……。
俺はあからさまにがっかりしながら肩を落とした。
ちなみに1番と3番は秋丸とモチ子だった。
てかお前、もし1番か3番が酒呑めないタカヤだったらどうしたつもりだ!バカ!
回りは大盛り上がりでビールを注文し、運ばれてくるとすぐにホストクラブさながらの「飲んで飲んで」コールを始めた。
たじろぎながらも二人は難なくビールを一気呑みして見せ、周囲の歓声を浴びた。モチ子は意外と酒に強いらしい。


「はいっじゃあ次々!皆くじ返してねー!」


一気直後で反応の鈍い秋丸に変わり、あやこ(仮)がくじを回収した。
意味を成さなかった俺のくじは再び他の割箸に紛れ、あやこ(仮)の手に収まる。
隣りのタカヤをちらりと見ると、わくわくというより少し疲れ気味の表情をしていた。
こういうの苦手なのかな、と思い気遣いの一言でも掛けようとしたが、次なる「王様だーれだ!」の掛け声に押されてしまった。


チャラ男の次は、まゆみが王様になった。
まゆみは固唾を飲んで命令を待つ周囲を楽しそうに見渡し、こう言った。

「8番が4番を一分間褒めまくる、ってどうかな」

なにぃ!?と自分の番号を慌てて確認したが、俺の番号はまたしても6番だった。
なんだよ……俺が8番でタカヤが4番なら、俺は30分は止め処なくタカヤを褒め続けられたのに。
再びがっくりしながらタカヤの方を見ると、

「あ、俺8番だ」

と予想だにしなかった言葉が呟かれた。

「あーあたし4番だ!やったぁ!タカヤくん、どんどん褒めて〜」

そう甘えた声を上げたのはあやこ(仮)だ。
さーっと俺の顔から血の気が引き、今すぐ暴れ出してこの命令を食い止めてやろうか、という暴挙が頭を過ぎった。
しかしタカヤの真剣な表情を見た途端、その考えにストップが掛かる。

タカヤが、頭の中いっぱいに他の奴の事を考えている。

滾った脳を貫くように、その直感は俺を沈静化させた。
ぐわんぐわんと目が回って、意識が遠のく。
その間にタカヤはあやこ(仮)を褒める言葉をぽつぽつ紡ぎ出した。

「あやこさんは、明るくて社交的で、魅力ある人だと思います。えっと……美人だし、大人っぽいし……ええと、あと……」

たどたどしいタカヤの様子は逆にいじらしく、あやこ(本当にあやこだった)は顔を赤くしてにやけを噛み殺すような顔をしていた。
俺はもう……かなり、心底、めちゃくちゃ、気が狂いそうなくらい、あやこが羨ましかった。

俺があやこの持つ4番くじを引いていたら、タカヤはどんな言葉で俺を褒めたのだろう。
それがひたすらに気になった。


「はい一分経ったよー。隆也くんお疲れ!」

「ちょっとあっきー、お疲れって何よォ!でも隆也くん、ありがと。なんか照れちゃったよー」

あやこが今までにない女の子らしい表情で頬を赤らめながら、照れ隠しに髪型を整える。
なんだ、軽そうな女だと思ってたけど、結構普通の女みたいだ。
まぁどっちにせよ早く秋丸とくっついとけと思うけど。

俺が内心穏やかさを取り戻していると、次の瞬間あやこがタカヤの方を向き、今度は女性的な艶めかしい視線を送り、耳を疑う台詞を呟いた。


「もう、好きになっちゃいそう」


………オイコラ調子に乗ってんじゃねぇぞこのタラコ唇尼がぁ!!!

女相手に掴み掛かろうと立ち上がりかけた俺に、またあの抑制の声が降ってくる。

「王様だーれだ!」

………もうやだ。



その後は俺もタカヤも番号が当たる事なく、また盛り上がりも上限を見せず、時間は過ぎていった。
ある者はくすぐりの刑を受け、ある者達は二人きりで買い出しに行かされ、ある者達は腕相撲対決をし……俺はタカヤと急接近する機会にも恵まれず。

買い出しに出ていた二人がコンビニから帰って来た所で、秋丸は言った。

「じゃあ次で最後にしようか。最後のはね、悪いけど命令をもう決めちゃってたんだ」

いつ打ち合わせをしたのか、秋丸とあやこは企みの笑みを交わし合って(だからもう早く付き合えってお前ら)買い出し組からコンビニの袋を受け取った。

「王様は番号だけ決めてね!ほら、王様ゲームと言ったら、やっぱこれだから」

秋丸が袋から出したのは、あるお菓子の箱だった。
その瞬間、場にいる誰もが、次に行われる命令の内容を理解した。


「王様に選ばれた二人はポッキーゲームね!それじゃ、王様だーれだ!」



俺は、もう、かつてないスピードでくじを取りにかかった。
引き抜いて確認すると、数字は1。
反射的にタカヤの方を見る。もちろんその手に握られた番号を俺は知る由もない。

「あぁー!あたし王様じゃん!」

喜色満面の笑みでそう言ったのは、最早俺の中で最強のライバルとなりえた女、あやこだった。
俺は全力で、あやこに呪いじみた念をかけた。
1とタカヤ1とタカヤ1とタカヤ1とタカヤ1とタカヤ…………
今の俺の顔は妖怪のような形相をしているだろうが、あやこは番号選びに夢中になっている。
やがて、天か地獄かのその声は俺の耳に届いた。


「それじゃ、1番と2番がポッキーゲームね!」


き、きたああああああああ、あ、あ゛?あ、いや、来たのか?
自分のくじを手元に置いて周りを見渡すと、色んな所から同じ声が漏れ出た。


「「「え」」」


恐る恐る隣りを見る。
そこに座ったタカヤは、呆けきった顔で、手にしたくじと俺の顔を見合わせた。


「え」


俺も同じ声が漏れた。



「あっははははははは!!じゃあ榛名くんとタカヤくんがポッキーゲームね!」

ゲラゲラと笑いながらあやこがポッキーの箱を開け始める。
秋丸は半笑いのまま固まり、モチ子はぽかんとタカヤを見つめ、まゆみは困惑した目で俺を捉え、その他の人間は爆笑したり必死に笑いを堪えたりしていた。

「え、大丈夫、榛名?」

秋丸がこっそり俺に声をかける。
俺はゆっくりと秋丸の顔を見返し、言った。


「しょうがねぇよ、命令だからな」


その気怠げな言葉とは裏腹に、本日最高の笑みを向けながら。


あやこからポッキーを一本受け取り、身体ごとタカヤの方を向く。
タカヤは「ちょっと待って下さい」と言った表情を浮かべていたが、俺は待てない。
興奮と歓喜のオーラを全身から垂れ流しながらポッキーをくわえ、タカヤの顎と肩を掴む。
女性陣は「きゃあああっ」と嬉しそうに叫び、男性陣は微かに他人事ではない状況に怯みながらも、必死に盛り立てた。
ようやく「ちょ、待っ」と実際に声を出して抵抗を見せるタカヤの口にポッキーを入れ込む。

その瞬間意を決したのか、固く目を閉じたタカヤに俺は、確かに、欲情した。

もういよいよ末期らしい。
ポッキーを食い進むと同時にタカヤの顔が近づいてきた。
きっと色んな声で煩いであろう空間が無音に感じた。
理性を失った俺は止まらない。


タカヤの唇まであと数センチ、タカヤの息が唇にかかる近さまで来た時―――…


ポキッ。

悲しい程に呆気なく、小気味好い音がして、俺達は離された。


「もー!どんだけギリギリまで頑張ってんのよ!ちょっとドキドキしちゃったじゃないのォ!」

呆然とした俺の頭を、あやこが身を乗り出してぶっ叩いた。
その拍子に残ったポッキーが砕け、思い切り飲み込んでしまった。
タカヤは体制を崩したまま、顔を伏せて動かない。
一方周りは大盛り上がりで拍手喝采。
当の俺達には至極不釣り合いな状況となった。
複雑な顔からほっとした表情を浮かべた数人も、その中に紛れて。


「はいっ、皆お疲れー。楽しかったね。じゃあまた席替えでもして、雑談に戻ろっか」

秋丸がそう告げ、割箸を回収し、席替えに使ったくじを再び取り出した。
未だ先程の感覚から覚めない俺は、ぼんやりウーロン茶を啜った。
すると隣りのタカヤが、珍しく全員に向けて言葉を放った。

「あの、ちょっと暑くなって来ちゃったんで、トイレに行って来ても良いですか」

そんなタカヤの行動に特段違和感を覚える者もなく、皆「はいよー」と笑顔を返した。
タカヤはこくりと頷き、そして誰にも気付かれないように、俺の背中を叩いた。
目が合う。
俺はその瞳が語る想いを感じ取り、立ち上がった。

「わり、俺もさっきので飛ばし過ぎたから便所行ってくる。席替え済ませといて良いから」

わざと真剣な声色でそう言うと、皆笑いながら「おー行って来ーい」と茶化した。
そして何事もなかったかのように席替えのくじ引きを始めた。

……よし、大丈夫そうだな。
内心胸を撫で下ろしながら、靴を履いて先を歩くタカヤを追う。

じわじわとした緊張感が、俺を襲った。




どんどん、あなたに恋をする。



<続>







あきゅろす。
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