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そして、あなたに恋をする2



「阿部隆也くん」


店内のどんちゃん騒ぎも、生温い使い古された空気も、一瞬にしてその名前により浄化されたかの如く、心地良いものに感じられた。
直前に彼女を失い、傷心の身一つでのこのこと出向いたこの合コン会場が、今では花畑に思える。


俺は今日、生まれて初めての一目惚れを経験したのである。




その阿部隆也くん、と紹介された男は、俺の隣りで控えめに頭を下げた。
俺の心臓は尚もばくばくと忙しく脈を打っている。
盛大に意識はしているものの、直視に堪えられず、視界の端に入れるので精一杯だ。

それでも、外見の観察くらいは出来る。
俺は興奮の余り血走った眼で、視界の隅にいる阿部隆也をよくよく観察した。


短めに揃えられた黒髪に、つり上がった眉、それに見合わず目尻はとろんと下がっており、若干無気力そうな印象を受ける。
いやしかし、天使のような美少年というわけでもない、至って普通の青少年だ。
それなのに何故、俺は今こんなにも彼に魅了されているのだろうか。
今まで数多くの女と出会い、交際を果たしてきたというのに、何故俺は未だかつて経験した事のない衝撃と緊張を感じているのだろうか。
よりにもよって、同性に。


「じゃあ隆也くん、まず適当に何か頼んで。乾杯、まだしてないからさ」

気遣い出来る男アピールでもしたいのか、秋丸が優しく阿部隆也に声をかけた。

「あ……すいません、気ィ遣わせて」

「ううん、こっちこそ、バイト上がりでキツいのにごめんね」


秋丸テメェ!俺を挟んで阿部隆也と和やかムード作ってんじゃねぇよ!対面早々馴れ馴れしくしやがって!
―――と、その様子を見た俺はこめかみの血管をひくつかせながら思った。
まぁ、初対面なのは俺の方なんだけど。



それじゃあ、と阿部隆也がメニューを広げる。
その間、女性陣は何やら意味ありげな目配せを交わし合っていた。
今日誰狙いとか、今日の合コンのレベルはどうだとか、その辺の下らない相談事だろう。
俺もついさっきまでは、その品定めに夢中だったけど。


そんな周囲の空気に気づく由もなく、阿部隆也は手を挙げてすみませんと店員を呼んだ。
素早くやって来た店員に、阿部隆也は人差し指を立てて、

「ウーロン茶一つ」

と注文をした。
えぇっとその場にいた全員が目を丸くする。

「酒頼まないの!?」

「え……だって俺、未成年ですし」

「えぇ〜うそぉ、タカヤくんえらーい!そんなの気にせずに飲めばいーのに〜」

秋丸の前の女(あやなだかあやこだか)が甘ったるい声で大袈裟なリアクションを取った。

テメェ、何がタカヤくんだ!やめろ!同じ初対面のくせに俺より先にその名を呼ぶんじゃねぇ!
それにそのマジメな所がタカヤの良い所なんだ!健全な未成年者を誑かしてんじゃねぇぞこのタラコ唇尼が!

……と、心の中で必死に初対面の阿部隆也を擁護してる俺。


ああ、俺も周りに流される事なく阿部隆也と同じウーロン茶を頼めば良かった。
そしたら隣りの阿部隆也に「あっ俺も今日ウーロン茶なんだぜ☆お揃いだな俺ら気が合うな!」って自然な流れでまず他の奴らを差し置いて好感度アップ出来たのに。
男だけど。俺多分恋愛相手の選択肢にすら加わる事の出来ない男けど。くそぅ、とんだハンディキャップだ!



そんな馬鹿な妄想をしていると、秋丸が馬鹿の一つ覚えみたいに再びお決まりの台詞を言った。

「じゃあほら、何回も繰り返して悪いけど、これで全員集合だし、最後の自己紹介しようよ」


お前、どんだけ自己紹介好きなんだよ!
とツッコみたくなるが、そこん所はしょうがない。
そんな秋丸の提案で、先程あったばかりの退屈な自己紹介タイムが再び訪れた。



一番奥の女から、次々と自己紹介もとい自己アピールが始まった。
俺にとっては先程以上にどうでもいい内容である。

だってもう俺は……隣りの阿部隆也以外には、興味がないのだから。



「ほら、榛名の番だよ」


二度目だし興味ないしで完全に聞き流していた自己紹介はいつの間にか俺の番になっていたようだ。
メンドクセ、と思いながら口を開く。女性陣の期待の籠もった目が俺を捉える。
堪えきれずに、俺は気持ち阿部隆也宛てに自己紹介を始めた。


「榛名元希です、武蔵野大学工学部二年、二十歳、趣味特技は野球、えーっと」


このメンバーで俺の事知らせたい相手なんかいないし(除く阿部隆也)、やる気のない俺はすぐに言葉に詰まった。
やべぇ、他の奴らの話を微塵も聞いていなかったからどんな話するかの流れもよくわかんねぇや。
合コンでの自己紹介なんて、今まで何度もこなして来たのに。
うーん、えーっと、何言うべきなんだこういう場合は……



頭の引き出しを漁ろうと視線を泳がすと、ばっちり阿部隆也と目が合った。

うわ、と一瞬で頭が真っ白になる。花畑になる。心の中に暖かい日差しが差し込み幸福感で満ちていく感じだ。
うわ、なんだこれ、やばい、倒れそう、どうしよう。


阿部隆也は自己紹介の途中で詰まる俺をじっと見つめていた。
その真っ黒い瞳はマンホールのように俺を吸い込んでしまいそうだ。
酒以上の効果で俺の顔はみるみる赤くなり、頭に血が上ってぶっ倒れそうになる。



次の瞬間、阿部隆也からにこっと微笑まれた。



……ダメだ、死ねる。
記憶の端に小さくそう思った。



「好みのタイプは黒髪短髪好きな飲み物はウーロン茶、以上」


最後自然と口が早口で動いて俺の自己紹介は終わった。
一瞬場に妙な空気が流れる。
聞き取れたか、今の?いや、そんな事はどうでもいい。
あぁ、そういやこの場の女の中には黒髪短髪どころか黒髪も短髪もいねぇな。ははは、ざまあみろ。

俺の前に座る口元ボクロのまゆこ(仮)がぽかんとした顔で俺を見つめていた。


「あ……じゃあ最後、隆也くんどうぞ」


はっとした司会進行係の秋丸が声を掛けた。
あ、はい、と阿部隆也が緊張した返事をする。
ああ……可愛い。マジダメだこれは。
まだ俺阿部隆也の事全然知らないのに、俺阿部隆也の事大好きだ。どうしよう。

そんな俺の気をよそに、阿部隆也は自己紹介を始めた。


「えーと……阿部隆也です。西浦大学の一年で、秋丸先輩とは理学部仲間を通じて知り合いました。うーん……と、こういう場は初めてでですけど、よろしく」


初々しさ満点のその自己紹介に俺は悶絶した。
おいクソ秋丸、お前なんで今まで阿部隆也紹介してくれなかったんだ殺すぞ!


「あ、あと」


俺が胸中で物騒な叫びを上げていると、阿部隆也は思いついたように付け加えた。



「俺も、隣りの榛名さんと同じで、趣味特技が野球です」


にこり。阿部隆也ははにかんで笑う。





さあ、序盤の俺の台詞を撤回しようか。


間違いない、この阿部隆也の笑顔は、天使そのものだ。






やっぱり、あなたに恋をする。



<続>







あきゅろす。
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