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そして、あなたに恋をする1



「はぁ……」

わざとらしくついたため息が、白い靄となって暗闇に消えた。
すっかりと日が暮れ、星は瞬くというのに、街の灯りは一向に輝きを止めない。
そしてその輝きの一部である、この居酒屋の前で立ちすくんでいる俺――…榛名元希は、右手首にある時計の針と静かな格闘を繰り広げながら、頭上の赤い看板を見上げていた。





事の発端は、一週間前に遡る。

「お願い!人数合わせとして、さっ!」

俺の目の前で頭を下げながら手を合わせてきた男の名は、秋丸恭平。
こいつとは幼稚園小学校はもとより、高校、大学まで一緒というまさしく腐れ縁と呼ぶべき仲だ。

「お前な、俺には今ちゃんと彼女いるから!人が順調交際してる最中に誘ってくんじゃねーよ!」

「それは知ってるけどさー、どうしても一人足らないんだって!座ってるだけでいいんだから!ね!」

「いーやーだっ!俺にはお前ら人生寂しい同盟の合コンに付き合ってやってる暇はねーの!ぜってー断る!」

秋丸はそのパッとしない面に似合わず男女共に顔が広く、よく合コンの幹事を務めていた。
俺も彼女がいない時は参加して、何度か好みの子をお持ち帰りしたりして、そこそこ良い思いはさせてもらってる。
今回もその誘いが来たわけだが、今俺には一コ下の彼女がいる。俺もそこまで遊び人じゃない。多少気になりはするが、断固として断っておく。

「なんだよーノリ悪いなぁ」

「はいはいそーだよ。分かったらさっさと他当たれ!」


ぶつくさ言いながら帰って行く秋丸の背中に舌打ちをして、携帯を開く。
噂の彼女からメールが来ていた。
なんだか見透かされているような気がして、なんとなく辺りを見渡してからメールを開いた。


要約すると、「別れよう」という内容のメールだった。





「いらっしゃいませ〜!」

店の引き戸を開けると、やたら騒がしい店内から、空元気の店員がこちらに向かってやってくる。

「お一人様ですか?」

店内に立ち込める熱気と酒の匂いに早速うんざり来たが、「いえ、待ち合わせで」と部屋の奥へと進んだ。

一番奥の、座敷の部屋。
事前にそう告げられていたので、迷うことなく辿り着いた。

「……よう」

「おっ!待ってましたフられ男!」

柱の影から顔を出すと、大袈裟な掛け声と、ギャハハハ、という下品な笑い声に招待される。
更にうんざりして、もう帰りたくなった。



「榛名〜遅かったね」

一番奥に座っていた秋丸が、顔を出して呑気に手を振った。

「あー……」

「紹介するね、俺と同じ大学で、工学部の榛名元希。一週間前にフられたばっかで傷心中の二十歳。よろしくね」

靴を脱ぐ俺の方を手で示しながら、秋丸が代わりに自己紹介した。
女性陣から甘ったるい声で「よろしくお願いしまぁす」と声を掛けられ、男性陣からはバカのような声で「今日は戦場だな!」なんてからかわれた。
開始時間からまだ一時間も経っていないのに、皆すっかり出来上がっていた。

「じゃあ榛名も来たし、もう一回簡単に自己紹介でもしようか」

秋丸の一言で、右端の女から自己紹介が始まった。
俺は適当に酒を頼んでから、その退屈な話に耳を傾けた。






「うそっフられたの!?なんで!?」

秋丸のいちいちわざとらしい反応はこちら側の感情を逆撫でする。

「うるせーな!知らねぇよ!」

半ばヤケクソで事の成り行きを説明していくと、情けないやらむなしいやらで急激に落ち込んだ。
俺をフった理由として、彼女はこのように書き綴っていた。

「私ね、気づいたんだ。最近元希と一緒にいても、あんまりドキドキしないな〜って。それって、恋が終わっちゃったってことじゃない?もう一緒にいても、得るものはないって思うのよね。だから、別れよう」



意味わかんねーよ!!と携帯をぶん投げたい衝動に駆られた。
彼女のことはまぁ顔も性格もそこそこに好きだったが、これを読んだ途端俺の中の可愛らしい彼女はただのクソ女へと変貌を遂げた。
ひたすらイライラしている俺に、ベストタイミングで秋丸は言った。

「じゃあ榛名、今度の合コン参加決定で」


断る理由も見つからず、俺は流れのままにこの合コン会場に出向いたというわけである。







「はいっじゃあ改めて一通り自己紹介も済んだとこだし、席替えでもする?」

賛成賛成、と声が上がって、秋丸は紙ナプキンでクジを作り始めた。
俺はようやくこの席で落ち着いてきたところなのに、余計なことをする。

「あれ、でも男性陣まだ揃ってないよね〜?」

「あぁうん、もう一人後から参加する予定だから」

「えぇ〜ちょっとぉ、全員集合遅すぎだから〜」


キャハハハハ、と女同士が笑い合う。
どうしてもそのテンションについて行けない俺は、運ばれてきた酒をちびちび飲んだ。
それから、前に並ぶ女性陣に目を向ける。
選択肢は五つだ。

特に好みの顔はない……し、性格も面倒臭そうな奴ばっかだな。
それじゃあまぁいつも通り、適当に巨乳っぽい子を狙うか、と思っていると、目の前に座っている子と目が合った。
その瞬間、にっこり微笑まれる。口元の小さなホクロがセクシーな感じだ。
ふわふわな巻き髪にピンクのニットは典型的だけど、普通に可愛い。
胸……まぁデカい方だ。名前なんだったっけ?まゆこ?まさこ?まちこ?まぁいいや、その辺は濁らせば。

今日はとりあえずこの子で良いか、と思っていると、秋丸が「出来たよー」と四つ折りにしたクジをテーブルに広げた。
各々が一つずつクジを手に取り、期待感を募らせながらそれを開く。
俺は……4番?って、変わんねーじゃねーか。



クジを開いた奴から順番に席を立ち、移動していく。
秋丸が俺の隣に腰掛けてきて、「なんだ、榛名はそのままか」と笑ってきた。
しかめっ面を返してやったが、その前に顔を逸らされた。
秋丸は前に座った……あやみだかあやのだかあやかだかに声を掛けている。
俺も同じく、前に座った奴を確認する。
……あれ?さっきとおんなじじゃねーか。あれ?でもその隣の子も俺の前?

「あ、榛名、男は人数まだ足りてないから、そこの三人で話してね」

と秋丸が言う。
は?なんでだよ!口元セクシーボクロのまちこかまみこかは良いとして、その隣は鏡餅みたいなナリじゃねーか!
そんな暴言を吐こうとした、その時だ。



「遅れてすいません」



小さな声がして、ワイワイ好き勝手に話を始めていた全員が、一斉に振り向いた。
俺達の席の前に立つその人物は、急いでやって来たのか、頬を赤く紅潮させ、小さく息切れをしていた。



何故だろうか。
背筋にびびびっと電流が走り、俺の目はその人物に釘付けになった。
この騒がしい空間の中、今まで水を張ったように静かだった心の中に、嵐か、はたまた竜巻か、とんでもない怒濤の渦が巻き起こる。


「いいよいいよ、座って!ほら皆、これで全員集まったよ!」


隣にいる秋丸の声が、ずっと遠くの方から聞こえる。
失礼します、と俺の隣に腰掛けたその人物から、俺は依然として目が離せなかった。

心臓がばっくんばっくん内側から左胸を叩く。
なんだ、これ。
こんなのは、知らない感覚だ。




俺は直感した。
これは――…一目惚れって奴だ。


「じゃあ紹介するね。西浦大学理学部で、俺の一コ下。阿部隆也くん」



そう、俺はこの合コンで、奇跡の出逢いを果たしたのだ。
聞いて驚くなかれ、その相手は、男だ。






きっと、あなたに恋をする。




<続>






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