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12月11日(HA)

12月11日、一週間降り続いた雨は雪に変わった。
まだ一面の雪景色とはならないが、道端の草木や車のワイパー部分に少しだけ雪が積もっている。
もうこんな季節かと思いながら、俺は肩を竦めて氷のように冷たいドアノブを回した。



【12月11日】



いつも通りの時刻に部活が終了し、いつも通りくたくたになって更衣室に入った俺達は、早く帰って晩飯にありつく為、早々に着替えに取り掛かった。

それは本当にいつも通り、いつもと同じ毎日だ。
それを少しだけ変えたのは、意外な人物。頬と鼻を真っ赤にした三橋だった。

「そう、いえば、今日って…阿部くんのっ、誕生日だよ…ね」

え、と三橋のすぐ近くにいた田島がこちらを見て目を見開いた。
皆の視線が一気に俺へと向く。



12月11日、今日は俺の誕生日だ。
かと言って、もうそろそろ誕生日だからと妙に浮わつく年頃でもない。自分が今日誕生日だと言う事すら、朝の母親からのお祝いがなければ気がつかなかった。

だから今、こうして周りが「あぁ、今日阿部誕生日なのか」とにこやかに話す様子を見るのはなんだかむず痒い。
それを知らせた張本人である三橋は、珍しくもある大勢に向けた発言に顔を赤くしながらも、微かに誇らしげな表情を浮かべた。

「ならさ、いつも通り阿部にも歌おーぜ!さんはいっ」

田島が元気な声を上げる。
皆が一斉に声を揃えて、聞き慣れた歌を歌った。

ハッピバースデーディア阿ー部ー
ハッピバースデートゥーユー
で締め括られたその歌の後、大きな拍手を贈られる。

いつも練習を共にしている仲間が、笑顔で祝福してくれる。
素直に、嬉しかった。




その時、和やかな場の雰囲気を切り裂くように、ピリリリリ、と小さな電子音が鳴り響いた。
2コール目位で、それが携帯の着信音である事に気付く。

「誰ー?」

「俺じゃないよ」

皆が口々にそう言う間も、電子音は鳴り止まない。

俺はもしやと思い、まだロッカーに押し込めたままの上着に手を伸ばし、そのポケットに手を突っ込んだ。
そのまま中にあった携帯を引き出すと、案の定電子音は大きくなった。

「悪ィ、俺だわ。ごめんけど、先帰るな」

普段携帯に電話が掛かる事はほとんどないから、何事だろうと思い、俺は言いながら携帯を開いてすぐ耳に押し当てた。
多分家族とか、その辺だろう。
荷物を乱雑にまとめ、バタバタと出入口へ向かい、途中思い立って振り返った。

「今日はサンキューな」

うん、バイバイと誰かが言ったのが聞こえた。
あんなに祝ってもらったのに、当事者はこんなにも淡白で、少し申し訳ない気分になる。



しかしそれよりも、俺に何か早急な連絡があるらしい人間からの電話が気になる。
急いで扉を開け、身震いするほどの寒さを感じながら改めて携帯を耳に当てた。

「もしも…」

「何がサンキューなんだよ」




ガツン、と頭を鈍器で叩かれたような衝撃が走った。
鼓膜に届いた声は、聞き間違いようのない、よく知った声で。
怒気も呆れも笑みもない、ただ無感情な声。
榛名だ、と思った。

「なぁ、隆也」

俺がただただ先程受けた衝撃に動揺し、口をパクパクさせていると、奴はそう俺の名を呼んだ。
久しぶりだった。奴の声を聞くのは。
春、俺達が榛名のいる高校の試合を観に行った、あの日ぶりだ。

まだ俺の電話番号が奴の携帯に登録されているのかとか、何故今、何の関わりもなくなったこの時期に電話を掛けて来たんだろうとか、色々な疑問が浮かんでは脳内をぐるぐると駆け巡った。

「隆也、オイ」

「あ、…はい」

必死に声を出して、返事だけする。
頭がくらくらする。のぼせたように顔が熱い。
これは奴に対する拒絶反応なんだろうか。それとも、唐突な事態による緊張なんだろうか。

「隆也、今どこ」

「部活…です」

「何?終わったの?」

「まだ…です」

「ハァ?遅すぎんだろ!」

「い、今、休憩中です」

時刻はもう9時近い。先程練習が終わった所なのに、何故か咄嗟にそんな嘘を吐いてしまった。

「あ〜…いつ終わるんだよ。俺、もう西浦に向かってんだけど」

「な…っなんでですか!」

「別に良いだろ!たまたま通りかかったんだから、たまには顔見せてやろうかなって…」

「アンタの顔なんて見たくもないです!」

勢いでそこまで言って、ハッとした。
数秒間、しん、と受話器の向こう側が静まり返った。

「…そーかよ」

「…あ、いや、あの…」

「ならいい。じゃあな」

ぶつっ、といきなり通話が途切れた。
ツー、ツー、と俺達の会話を絶った音だけが耳に残った。



唐突にやって来た彼は、また気まぐれに消えてしまった。
今回は俺が悪い、けど、俺はまた一方的に置き去りにされた。

着信履歴を見ると、先頭に「榛名元希」の文字。
まだ登録してたっけ。と、アイツの事が大嫌いなくせに、依然としてこういう所はねちっこい自分に呆れが芽生える。

電話をかけ直そうとして、やめた。
そういう所はまだ頑固で意気地無しの自分に、今度は嫌気が差した。




榛名からの電話が切れてから、俺は自転車に乗って急いで家に帰った。
夜の9時を回った街中は寒い。耳や頬がきんきん痛む。明日も雪が降るんだろうか、とふと思って憂鬱になった。



家が間近となって、俺は寒さと疲労と空腹でふらふらだった。
家々は暖かな光がカーテンの隙間から零れ、静粛が保たれている。
もう晩ごはんの良い匂いはどこにもないし、外を歩く人の姿もほとんどなかった。

もう少しだ。この曲がり角を曲がったら、ようやく帰り着ける。
自転車のペダルを大きく踏んで角を曲がって、俺は飛び込んできた光景に目を疑った。



暗がりの中、塀にもたれてぼんやり足元を見つめる者がいた。

誰か分からない筈がない。だけど信じられない。

ただ呆然と俺がその人物を見ていると、そいつはふと顔を上げて俺に焦点を合わせた。

紛れもなく、榛名元希だった。

「あ!隆也!」

そいつは駆け寄ってくる。
怒ったような、呆れたような、でも少し笑ったような表情をしている。

段々と近付いてくる奴に身動き一つ出来なかった。
姿を見るのも、生の声を聞くのも久しぶりで、全身が金縛りにあったみたいに強張る。
息をするのも儘ならない。

「テメェ、おっせぇんだよ!どんだけ待ったと思ってんだ!」

榛名はその口調とは裏腹に、声を潜めて言った。
そのちぐはぐさに、思わず笑いが込み上げる。

それにしても、西浦の近くに来たから寄っただけと話していたのに、なんでこいつはここまで来ているんだろう。
こんな寒い中立ち尽くして、俺を待っていたんだろう。
異常な程風邪や体調に過敏に気を遣う、この人が。

「あの、どうしたんですかこんな寒い所で…」

「ハァ!?テメェがとろとろ帰って帰りが遅いからだろうが!」

お前らどんだけ一生懸命練習してたんだよ、と毒づかれる。
微妙に話が合っていない。

「いや、待ってたとか知らないですし…そもそもアンタがもういいって…」

「んだよ!電話で言ったじゃねぇか近くに来たって!」


「じゃなくて!なんでわざわざ俺を待ってたんですか…?」

そこで、榛名が一瞬言葉を詰まらせた。
暗闇のせいで、些細な表情の変化は分からないけど、突然榛名は元気をなくして眉を潜めた。

「そんなに…顔合わせたくなかったのかよ」

榛名がいじけたような声出す。
少しドキッとした。俺が言った言葉を思い出す。

「いや…それは…」

ひどい事を言った。
でもそれは違うと弁解も出来なかった。



暫く気まずい沈黙が流れる。

あぁ嫌だ、帰りたいと俯く。
早く帰ってくれれば良いのに、と思った時だ。

突然何か重みのあるものが、どさりと俺の頭の上に置かれた。

「テメェが遅いからこれ、冷えたんだぞ」

榛名の声が降ってくる。
無表情を装って反応を伺っているような声だ。

何か無性にドキドキして、微かな期待を込めてそれを手に取る。
それはコンビニのレジ袋で、中には冷えて固くなった肉まんが一つ、入っていた。

「これ…」

中を見て、すぐ思い出した。
それはもう2年前の話で、2年前の丁度今日この日、俺はこの人から全く同じ物を貰った。
あの時貰った肉まんは、同じ帰り道の途中で買われたもので、俺が受け取った時にもまだ充分温かかった。


「お前、今日誕生日だろ」


榛名はぶっきらぼうにそう言う。
おめでとうの言葉はなかった。
それは、2年前の今日と同じだった。

けど、この手の内にあるものが、精一杯それを主張しているようだった。

「………」

「んだよテメェ、俺が奢ってやってんだからもっと感謝しろ」

「…もと、きさん」

「…あ?」

「すいません、寒いのに」

「あー、全くだっつの」

「ありがとう、ございます」



俺がそう礼を言うと、榛名は鼻を啜って、照れたように笑った。




12月11日、今日は本当に冷え込む。
これからまた一段と寒くなっていく事だろう。



けど俺は人知れず
「今日は本当に良い日だ」
と思ったりもした。







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