「こんな球じゃプロになれねぇっスよ」
いつも真意とは裏腹な言葉を吐いていた。
【サインボール】
日もだいぶ落ちた夏の夕暮れ。
相変わらず感覚を麻痺させる位手に響く投球。
コイツの調子が良い程、俺は無性にイライラする。
「ナイピ…」
力無く呟いてボールを投げ返そうと頭を上げると、ずんずんと自分に近付いて来る奴の姿が目に入った。
「テメッやる気あんのか!」
バフッとグローブで頭を叩かれる。
俺の苛立ちは更につのる。
「うっせぇな!こんなヘボ球何度投げてもダメじゃねーか!」
「んだと…ッ!?テメェ誰に向かって…」
「何がプロだっての!くだらねぇ…なれるわけねーよ」
ミットを地面に叩き付けて、俺は防具を外した。
怒りの感情を顕にして、今にも掴み掛かってきそうな奴を無視して。
『何やってんだよ俺…』
奴がすごい投手だって事は、恐らく自分が一番良く理解している。
でもどこか認めたくなくて、尊敬してるだなんて口が裂けても言えなくて、
「て…オイ……」
肩をブルブル震わせて、涙が溢れて来た。
奴が珍しく不安げに俺の顔を覗き込んでくる。
『今ここでコイツの練習相手になってやれるのは、俺だけじゃねーか』
醜い嫉妬心と独占欲、それに劣等感。
どんなに自分が努力しても、将来俺は奴と同じマウンドで、奴の球を取る事は出来ない。
それが分かりきっている事がとても、悔しい。
「た、隆也!何泣いてんだよ女々しーな!」
堪らなくなった奴が俺の髪の毛をわしゃわしゃと掻き毟った。
「テメェに何て言われようが俺はプロになるんだからな。そんな投手の球捕れる事幸運に思え馬鹿!」
泣きながら、髪をぐしゃぐしゃにされながら、俺はそんな奴らしいセリフを聞いて吹き出してしまった。
「あぁ!?笑うなこのッ!」
「………ッッ、スイマセン」
クク、と笑いながら涙を拭った。
奴のほっとしたような顔がえらく間抜けで、先程までの苛立ちも吹き飛んでしまった。
「あっそーだ」
榛名がすぐ下に落ちていた、砂だらけのボールを拾い上げた。
「決意表明のついでに、お前に俺のサインボール第一号くれてやるよ!」
「いらねーっすよそんなん」
「ハァ!?クソなっまいきだな〜ッ」
など言いつつ、榛名はベンチに帰って黒のマジックを取った。
ぎこちない動きでボールに自分の名前を書いている。
「下手くそ…」
「うっせ!」
真っ赤になりながらそう言って、そのボールを俺のポケットに押し込んだ。
「んじゃもう一球投げっぞ!」
イキイキと、奴はマウンドに走って行く。
そんな姿を、見つめるだけの俺。
「遠い…遠いな……」
アンタが目指す場所は、俺が目指すには遠すぎた。
アンタにプロなんて夢がなかったら、
俺達は何年先までも、バッテリーとして地元で草野球が出来たのに。
今もこんな妙な感情、抱かなくたって済んだのに。
この時の俺には、残りの1年間なんて、短すぎたんだ。