突然何の断りも無く一本のビデオテープと共に家へ上がり込んで来た榛名元希。
その変わらぬオレ様ぶりに、俺は頭が痛くなった。
【明るい未来を想像する楽天的な彼】
「で、何しに来たんだアンタ」
こちらから訊いてやらなければわざわざ自分で説明しないであろうソイツは、人の物などお構いなしに早速ビデオデッキを扱っていた。
「暇だったからビデオ借りて来た」
そうあっさりと答えられて、俺はもう深い溜め息をつく事しか出来ない。
いやお前、暇だったからビデオを借りて観たってそりゃ全然構わないさ。
ただ何故その場所が自宅ではなく後輩の家だったのかと。
しかも一切の連絡もなしに「別に良いだろお前もどうせ暇なんだし」と決め付けて来る。
あぁ、俺はどれだけこの人の横暴に付き合ってやらねばならないのか。
「この映画が今話題だって店員が勧めてきてさー」
床にどっしりと座り込んで榛名はビデオの再生ボタンを押した。
パッケージのタイトルを見ると、成程流行に疎い自分でも知っているくらい有名な恋愛モノ映画だ。
つーかお前こういう内容絶対興味ないだろ。野球の話が出てくるわけでもないし。
俺は心の中でこっそり『開始から30分までにコイツは寝る』と予想を立てた。
その予想は期待を裏切る事なく、まんまと的中した。
5分後、胡座をかいていた奴の脚が伸びる。
10分後、床に寝転がる。
20分後、ベットにあった枕を引っ掴んで顔を埋める。(それ俺のだっつの!)
30分後、鼾と寝息の中間みたいな音が聞こえて来る。
「や…マジで何しに来たんだこの人…」
ここまで来るとただ単に寝に来ただけじゃねーか。
アンタの勝手気ままな行動に振り回されて疲れるこっちの身にもなってみろ。
だが折角なので、完全に夢の中な榛名は放っておいて久しぶりの映画鑑賞を楽しんでみるとする。
全体的に恋愛に興味のない男子が観て面白い内容ではなかったが、コイツが寝ている間の暇潰し位にはなった。
榛名が起きたのは、丁度物語の終盤であった。
「ぅあー寝た寝た…てアレ?もう2時間経ってんじゃん」
頭をガリガリと掻きながら、まだ寝ぼけ眼の榛名は大きく欠伸をする。
「あー全然話わかんねー…まぁいっか」
榛名はそう言ってまた寝に入ろうとした。
だがもう充分に睡眠は足りているらしく、横になった体勢のままおとなしくテレビ画面を見つめていた。
「…何、恋人海外にでも行くの?」
空港にてボロボロと涙を流すヒロイン、そんな彼女の手を握る恋人。
あぁよくある別れのシーンだなぁ、なんてぼんやり思う。
だけど…これはまるで、
「彼女見捨てるなんてひでー野郎だよなー。わざわざ海外まで行かなくても日本で我慢しとけっての」
榛名がさして興味も無さそうに呟いた。
俺は何故かその言葉に違和感を感じる。
その恋人は彼女に背を向けて、空港のゲートをくぐった。
そこで俺ははた、と自分の中のモヤモヤの正体に気付く。
「カブる…」
「ん?」
「元希さんが外国行っちゃう時も、きっとこんななんだ」
榛名はあぁ、と生半可な返事をしたが、数秒後ようやくその意味を理解した様だ。
「あぁ!これは俺か。メジャー進出する時の俺だ」
野球の話題となると、コイツの態度はガラリと変わる。
榛名は身を乗り出して、画面を食い入る様に見つめた。
てかコイツ今あっさりと自分がメジャー行く前提で話したよな。
「じゃさっきの撤回しねーといけねぇなー。やっぱ夢の為なら男は何処にでも飛んでくもんだよな」
うんうん、俺今すげー格好いい事言ったー風に奴は話す。
俺は、変わらず画面に見入る。
飛び立つ飛行機をフェンス越しに見つめている彼女の目には、まだうっすらと涙が浮かんでいた。
「じゃーこの子は隆也だなー」
「ハァ!?普通こういうのは彼女でしょ」
「や、俺の場合は隆也で良いの!」
たまにコイツはすんなりと恥ずかしい事を言いやがる。
俺はそんな馬鹿を言う榛名がどんな顔をしているのか見る勇気が無くて、ひたすら流れるEDのテロップを追った。
「まぁ良い映画だったよな!」
「半分も観て無いくせに」
「ラストシーンが良かったからいいんだよ」
榛名は大きく伸びをしてからリモコンを握り、巻き戻しのボタンを押す。
ジィィィィィ、という機械音だけが部屋に響いた。
「なぁ…隆也」
「何です」
「俺が外国行くってなったら…お前もあんな風に泣いて見送ってくれんのかな」
「んなワケないでしょ」
「あんだけ涙の別れされたら離れらんねーよな…まぁ隆也のあぁいう顔は見てみたいけど」
「しませんから」
「そっかー」
ガタリとビデオが止まった。
妙な沈黙が流れる。
「なぁ隆也」
「何です」
「もし俺がメジャー行く事になったら…泣いて見送れよ。演技でも良いから」
「無理…」
「それでも泣いてみせろよ。俺、きっとそれだけで頑張れる」
「………」
「やっぱさ、、人から必要とされてるって嬉しいじゃん。…な?よろしくな隆也」
「…努力はしてみますよ」
「サンキュー」
ビデオを取り出す為奴がこちらへの注意を甘くした隙に、俺は瞳に溜まった涙を素早く拭った。
こいつの夢語りはあまりにリアルすぎて、目を閉じれば奴のそんな姿が容易に想像出来そうだった。
(きっと近い未来、離れて行くんだろうな)
(今でも充分遠いのに、)
奴の胸中には、既に輝かしい未来への想像と期待が詰まっているのだろう。
それは、奴の目を見るだけで明らかだ。
アンタは楽しくて良いかもしれないよ。
いつも気楽なのは、追いかける方より逃げ出す方だ。
でも、少しは取り残された奴の気持ちも考えろって話だろ。
(もちろんそんな事口が裂けても言えないけどな)
俺は榛名に気付かれない様に、
そっと奴のくたびれたシャツを掴んだ。