「隆也からキャッチボール誘うなんて珍しいじゃねーか」
真っ暗闇の人気のない公園。
俺達二人を照らす、虫の集まる電灯。
俺の前には、元希さんが立っていた。
【キャッチボール】
「珍しいって言うか…初めてじゃないですか」
向かってくる白球を片手で捕らえて、俺はその球を投げ返した。
「何かあったのかよ?いつもは俺の顔も見たがらないくせに」
「別に…なんとなく、誘っただけですよ」
わけわかんねぇ、とボールが返ってくる。
一年以上触れていないこの感覚は、懐かしい筈なのに、胸の辺りがキリキリと痛んだ。
(なんでこの人と居ると、こんなに苦しいんだろ)
指先が痺れる。足の血の気が引く。
思い出したくはないけど、大切な過去。
出来れば忘れてしまって、今ある野球に専念したいって思うのに。
(なのになんで、自分から会いたいなんて言ったんだろ)
引きずってるとかそう言うんじゃなくて、多分俺はただ単純に、野球を楽しんでる元希さんを見るのが好きなんだ。
本人は気付いてないかもしれないけど、今の元希さんは俺と組んでいた時とは違って、笑顔でボールを投げてるから。
「お前に球投げてんの、なんか変な感じ」
「俺もですよ」
「何言ってんだ!誰だよあれから俺の顔もろくに見ないで嫌そーにボール捕ってた野郎は!」
「あー…そうでしたね」
たまに判らなくなる。
自分はなんでこんなにもこの人の事を拒絶するのか。
あんな行動、この人の性格や理念理解してたら…許せた筈なのに。
あの頃、俺が一番この人の事を理解しているって、
この人に一番近いのは自分だって、
そう、思っていたのに。
(…あんなのは、自惚れだったな)
(でもそう思っていたからこそ、辛かったんだ)
アンタはあれからずっと謝らなかった。
ガキだったあの頃の俺は、それが堪らなく許せなくて、悔しくて。
「隆也、俺今では、あん時のお前の気持ち…分かる気がする」
「え…?」
ボールと共に向かって来た言葉は、とても小さな声だった。
俺はそんな、意外な奴の言葉に耳を疑う。
聞き返したが、奴は照れ臭そうに頭を掻いて黙った。
「…謝ろうとしてるんですか。元希さんらしくない」
「悪かったな!」
「別に良いっすよ俺は。あれがあったからこそ俺は今別の野球が出来てる。元希さん以外の球を知ってる」
そう、今はそれだけだ。
俺は今の野球が好きだし、三橋にも逢えて良かったと思う。
あの出来事がなければ、俺はずっと元希さんの後を追うだけの野球をしていただろう。
本当に…あんな嫌な思い出があってこその、今の自分なんだ。
「……じゃあ…なら、良かった、のか…?」
そう、そうなんだって、自分を納得させたいのに、
(なんで俺は、)
「少なくとも元希さんは負い目を感じる事ないですよ。あれはあれで……どうせもう、過ぎた事なんだし…」
俯いていたせいで、俺の顔はよく見えていなかったのだろう。
お前オトナだなーと、元希さんは笑った。
電灯の光に照らされたその顔は、表情こそ違うものの、一年前とは変わらぬもので。
「多分俺、こういう話がしたかったから呼び出したんだと思います」
「今更分かったのかよー」
「すいません遅くに付き合ってもらって。…もう帰ります」
「そっか」
「………」
「……それじゃ、俺、走って帰るから。…じゃあな隆也」
あぁ、やっぱりこの人は、俺の事を一番良く分かっているな、と思った。
以心伝心だろうか。そんな器用な事、この人に出来るとは思えないのだが。
宣言通り、走って暗がりへと消えて行ったその背中を、俺は見えなくなるまで追った。
やっぱり、来て良かった。
俺はそう思いながら、独りとなった静かな公園で呟いた。
「さよなら、榛名さん」
明日は夏大初戦。
今度アンタに会うのは、強い陽の差す真夏の球技場だ。