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俺は狼ではありません(HA)


秋というものはとても心地の良い季節ですね。
作文調にそんな事を思う俺は今日初めて、好きな奴のお宅を訪問します。



【俺は狼ではありません】



さながらどこぞの童話みたいな状況だ。
トントン開けて下さいなと涎を垂れ流しながら息を荒げる変態狼と、純真無垢なか弱き小羊。
しかしまぁ阿部隆也は控え目に見ても小羊とは形象しがたい。
例えるならば生まれて数か月の豆柴、その辺りだろう。
戦闘能力的にはさほど変わらないだろうが。

前置きは扨置き、今握り締めている携帯に一通のメールが届いたのが事の始まりであった。
他校のビデオを観よう、とバッテリーとしてはよくある会話だったのだが、阿部隆也はこう言った。

「うちに来て良いですよ。ビデオは俺の部屋にあるから持ってくの面倒なんで。今日親いないから気遣わなくて良いですし」




これは…あれか?なぁこう…男なりに期待して良いお誘いなのか?

俺は以前から阿部隆也が好きだった。同性とか後輩とか関係なしに俺は阿部隆也という人間に恋をしていた。
だが阿部隆也は俺に気のある素振りなんて露程も見せなかった。俺なりにかなりのアピールをして来たつもりであるが、阿部隆也は全く靡かなかった。むしろ俺のこの好意にすら気付いていない様だ。
その理由は鈍感という言葉で片付けられてしまうわけであるが。


俺は阿部家の玄関前でインターホンに触れながらそんな作文を制作していた。
そして遂に何かしらの決心がついて、俺はじっくりとそのボタンを押した。




「はーい」

気の抜けた声がドアの向こうから聞こえる。それは紛れもない阿部隆也本人の物であった。

「あぁ…元希さん。遅かったですね」

扉を開けて俺を確認するとそいつは「あーあなんだお前かよ」みたいな表情を作った。
宅急便か何かと勘違いしたのか馬鹿め!残念俺でしたー、などと言ってやれたら俺の余裕っぷりを見せつけられたのであろうがその時の俺と言ったらもう、情けない事この上ない。
その表情を見たまま受け止めてしまってダンベル上空200mから落下直撃みたいなショックを受けていた(あ、でもそれは確実に死亡だよな)

「突っ立ってないで早く上がって下さいよ」

阿部隆也はそう面倒臭そうに言って背を向け、俺を手招きした。
ヤベェそのアングル良い好きだカメラが欲しい今とてつもなくカメラが欲しい。

阿部隆也によってダメージを受け、阿部隆也によって回復される俺。



阿部家は家族全員隆也みたいにマメなのか、隅々まで掃除の行き届いた綺麗な家だった。
廊下を滑る様に歩きながら俺は隆也の後に続く。
隆也の部屋らしき扉が見えて来て俺の体温は急上昇していた。身体のいたる所から汗が吹き出た。水滴の足跡が出来ているんじゃないかと数回振り返ってみたりした。出来てなかったけど。

「元希さん…?」

「ぅぇぃ…!」

「大丈夫すか……あの、ここ俺の部屋っすから。先入って待ってて下さい。俺飲み物持って来るんで」

隆也が指差した先には扉があった。俺にはそれがとんでもなくデカくて厚くて堅くて頑丈な一枚岩に見えた。

たしたしと隆也が元来た道を戻って行く。

待て、俺にこの状況をどうしろと。

好きな奴の部屋でドキドキソワソワムラムラハァハァな状態で放置プレイか。
冗談じゃねぇよそんな事になったらオメー俺は光の早さで箪笥を開けて下着を一枚取り出してポケットに詰め込みめでたく犯罪者の一員となってしまうじゃねーか。隆也はそんなに俺を豚小屋にぶち込みてーか。


俺は何の躊躇も無くドアノブに手を掛けた。
俺の熱で溶けだすかと思う程の冷たさだった。
あれだけ己に非難注意報出しときつつも欲望にはとことん忠実に生きる男、俺。



部屋に入ってまず大きく深呼吸をした。
勿論隆也の匂いを存分に体内エネルギーとして蓄積するためではない。緊張を解きほぐすためだ。
すごく…隆也の匂いがした。

『た、箪笥…!』

欲望に忠実な俺。

『ま、枕カバーとかは、バレるかな…』

欲望に貪欲な俺。


「何してんすか?」

ぎく!と後ろを振り返ると、そこには飲み物や菓子の乗ったトレーを持っている隆也がいた。


「な…何も…ビデオどこかなー…って」

「ふぅん。今用意しますから、座ってて下さい」


俺は一世一代の大チャンスを逃したみたいにがっくりと肩を落とした。
そんな俺の姿には気付かず、隆也は前屈みになってビデオをセットし始めた。

頭を下げているせいで、首の辺りがかなり無防備だった。
待てぇぇぇその体勢はヤバイヤバイぞ我慢出来ねぇぇぇ抱きつきたい抱きつきたい抱きつきたい抱きつきたい抱きつきたい抱きつきたい

俺はビデオのセットに夢中になっている隆也のその薄い肩目掛けて、腕を伸ばした。




「でも、ちょっと見直しましたよ…元希さん」

「いつもはふざけてばかりで作戦会議とかろくに参加してくれなかったけど…」

「やっぱり本当にやらなきゃいけないときはやるんですね。この部屋に入った時、元希さんの顔、すげー真剣そうに見えた」

「今日は一緒に頑張って、今度の試合…絶対勝ちましょうね、元希さん!」







俺はその後蝉の抜け殻の様に身動き一つせず、テレビ画面に食い入った。







あきゅろす。
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