【指先だけ愛してる】
逞しくもしなやかなその左手を、両手にて割れ物を扱うのと同じ手つきで触る。
こいつの性格からは考えられない程丁寧に整えられ、磨かれた5枚の爪。
手が微動する度に、甲に浮き出る筋。
俺は、榛名元希の手が好きだった。
あんまベタベタ触んなヘンタイ隆也ー、
榛名元希は抑揚のない声でそう言った。
けれども自らその手を振り払おうとはしない。
だって俺あんたの手好きだもん、
とその愛しい榛名元希の手だけを見つめて言うと、
好きなのは手だけですか、
と返ってくる。
優しく優しく、まるで生まれたての子猫を愛撫するみたく、その手に触れる。
そうです、それ以外は嫌いです、
そう言い放つと、榛名元希はまた感情の込もらない声で
あっそう、じゃあついでに手も嫌いになれよ、
と言った。
あんたは手だけになってしまえばいい。そしたら俺が可愛がってあげますよ、
誰がてめぇなんかの為に、
あんた喋るとうざいから、
自己中め。そんなに言うなら自分の耳でも切り落としときやがれ。
榛名元希が俺の愛しい榛名元希の手で俺の耳を覆う。
交差する視線。
嫌いだ、
俺を否定するその声も、
俺を睨み付けるその眼も、
俺の話を聞かないその耳も、
俺をずたぼろにする道具であるその身体も、
あ、でもあんたの投げる球は好きだ、
それ手が好きなのとそう変わんねーよ、
他は好きになれない、嫌な思い出しかないから、
あーそうかい。
榛名元希の手は、俺の記憶の中の"いつか"と同じ様に、
優しく優しく、まるで生まれたての子猫を愛撫するみたいに、
割れ物を扱うのと同じ手つきで、
俺の頭を撫でた。
唯一、好きでいさせてくれ。
(指先だけ、愛してる。)