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春(HA)


長くて短い中学での3年間が終わった。
また長く短い、この場所での3年間が始まる。



【春】



「秋丸クラスちげーなー」

「まぁ…数少ない同中だからね、分けられたんでしょ」


入学式の後、教室にて担任の簡単な話が終わって俺達は中庭にいた。
隣りでパンにかぶりつく奴は、眼鏡を持ち上げながら言う。


「始まるねぇ、高校生活」


ああ、と頷く事で返事をしてやると、暫くの無言。
目の前を覆い尽くす散り際の桜は、俺達の足下を薄ピンクに染めていく。
つけ慣れないネクタイを強引に緩めると、隣りの秋丸は「あーあお前まだ自分でネクタイ締め切れないくせに」と呆れ顔で呟いた。

目の前の桜で甦る3年前の残像。
中学に入学する時は、浮かれてたな。
初めての制服に初めての通学鞄、大きな校舎。
何もかもが新鮮で、俺は嬉しくて堪らなかったんだ。


(その先に何が待ち受けてんのかも知らずに、阿呆だったな)


くいと伸びをすると、清々しい空気を肺に溜め込み深呼吸。
この学校でもちっとは良い事あるといーな、と目を閉じる。
秋丸は食べ終わったパンの袋をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ込んだ。


「秋丸、さっさと野球部覗きにいこーぜ。良い捕手いっかな」

「さぁね」

「隆也みたいに生意気じゃなくて阿呆じゃなくて小姑みたいに小煩くなくてチビじゃない奴」

「あのね、ここには榛名より年下はいないんだから」


冷静に言い放つ奴は何故かうんざり顔だ。
俺相手になんつー顔してやがる、お前も大概生意気だ。


「いねーよな…隆也みたいな奴」

「いないよ」

「………だよな」


見上げれば青い空はいつもより高い位置にあって、そこに隆也の顔が浮かんでくる。
隆也、と頭の中で名前を反復させると、遠い過去を思い出すかのような感に浸った。
そうだよな、あんな奴滅多にいねぇよな。
馬鹿みたいに真っ直ぐで生真面目で先輩に対しても遠慮っつーもんがなくて頑固で、いっつも一生懸命で…


「秋丸、俺変だ…隆也の事思い出したら、なんか寂しくなった」

「寂しいの?」
「寂しー、な」


俺隆也の事あんま好きじゃないっつーか合わなかったんだけどさ、と付け加えると、秋丸はふふと小さく笑った。

 「前から思ってたんだけど、榛名って毎日隆也くんの事考えてるよねぇ」

「そっかぁ?…あれ、そーかも。なんでだ…ムカつくからか?」


今度は秋丸が大きな声を出して笑い始めた。
俺別に何も変な事言ってねーのに大丈夫かコイツ、とその顔を覗き込んで見ると、秋丸は瞳に溜まった涙を拭った。

「違うよ榛名、榛名は分かってないな〜」

「んだよ、何がだ!」

「榛名のその気持ちは、きっと"好き"って事なんだよ」


ぽかんとして秋丸を見ると、そいつは顔を傾げて「納得した?」と聞いてきた。
心臓がどくりどくりと跳ねて、全身が激しく脈を打つ。顔が熱くなるのが分かった。


「すき…すきなのか」

「好きなんだよ、榛名は、隆也くんの事が。だって否定出来ないでしょ?」
 
「そっ…か…」


火照る頬に触れると、熱が出たみたいに熱い。
好き、って言葉が俺の回りをぐるぐる回っている。
心地良い様な痛い様な、くすぐったい様な…不思議な感覚だ。


「秋丸すげー」

「榛名は鈍すぎ」




俺の隆也に対する気持ちに、名前が付いた日。
まだまだ俺の身の回りの物は新品の匂いがして、置かれた環境は何もかもが新鮮。
3年後にはボロボロになるんだろう、この制服もこの鞄も。
3年後俺はどんな人間になってんだろう。全然想像がつかない。


「秋丸、楽しみだな」

「そうだね」






中学で一度壊れた俺は、隆也という人間に救われた。
新たな環境にて俺は漸くその事に気がつけて、ついでにその隆也に対する気持ちにも気づく事が出来た。
隆也がいなければ、俺は今頃何処へ向かっていたのだろうか。
考えたらちょっと怖ぇーかも。

この場所に隆也はいないけど、
俺はここで、3年間を過ごすんだ。






「気ィ、締めねーとな!」











春が来た









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