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13回と初めてのバースデー(HA)


吐く息が白くなって目に見える、そんな季節が今年もやって来た。
両目を瞬かせて見つめるその先の人物。
向かって来る白球。
全身を震わせる一点集中の衝撃。
今日もそれが80回、繰り返された。



【13回と初めてのバースデー】



「よしっんじゃ帰るか」

調子が良いのだろうか、今回一度も球をミットから逸らさなかった榛名は、やけにご機嫌な様子で俺の頭をグローブで叩いた。

日は短くなる一方で、空には満天の星と、あと2、3日で満月であろうかという白い月が煌煌と照っていた。

今日は榛名が学校で教師に怒られていたとか何とかで一体何をしたのやら、練習に遅れて参加したため、俺達だけ残るハメになった。
否監督はもう遅いから帰れと急かしたのだが、俺の日々の習慣と化している「一日80球捕球」が果たされていなかった為、俺は我儘を通した。

反対するかと思っていたが、榛名は珍しくバツの悪そうな顔でその習慣に付き合ってくれ、メンバーが続々と帰り支度をする中でも俺に投げ続けてくれた。
だから俺も榛名と同じく機嫌が良かったし、いつもと違う榛名の姿を嬉しく思っていた。



「うわ、やべーもう9時近いじゃん!」

「嘘!マジすか」

更衣室に入るなり携帯を開いた榛名はそう声を上げて素早く着替えに取り掛かった。
俺も荒々しくロッカーを開けて制服を広げる。
ロッカーの中の携帯が、アクセスサインで点滅していた。

サブディスプレイにメールと着信が一件ずつ。多分家族からのものだろうとその上に写る日付を見て思った。

12月11日、今日は俺が13になる日だ。

「隆也のろいんだよ!さっさと出るぞ」

もたもたと悴む指で制服のボタンを留める俺に、榛名がロッカーの中のマフラーを巻き付けた。
「お前手袋は?」

「持ってないです」

「うわ信じらんねー!それでも野球やってる人間かよ」

野球やってる人間は皆手袋が必要不可欠なのかと心の中でこっそり突っ込みを入れていると、榛名はロッカーを閉め、そして自分の右手袋を外し、俺に投げ付けて来た。

「……え?」

両手でキャッチした微かに温もりの残る手袋。
言わずもがなキョトンとする俺に榛名は顔も向けず、

「ちょーどいいだろ、お前は右手だから」

と吐き捨てた。



「…………」

「…………」

「……きもちわる!」

「んだと人の好意を!」



正直、意外だったが嬉しくて堪らなかった。
何せ自分第一の榛名が人の為にこんな事、信じられない位貴重な事態だ。
実際急にどうしたんだとも怪訝に思ったが、それ以上にこの行為が嬉しくて、俺は綻ぶ顔を隠しに手袋付きの右手を口許に移した。
つかマジどうしたんだコイツ。熱でもあるんじゃねーか。

「じゃー帰るか」



通行量の少ない歩道、重たい身体に重たい荷物を引っ掛けて並んで歩く。
身長差のせいで榛名へは見上げる形を取るが、奴が話もしないせいで何となく向きづらい。

朝母親が俺の誕生日だから晩は奮発するとか話してて、シュンが晩ご飯の予想を楽しげに立てていた。
そんな二人を尻目に、今日は急いで帰ろうと決めたのに、結局こんな時間になってしまった事を悪く思う。
でも今日こんな榛名を置いて走って帰るわけにもいかないし。それこそ明日の榛名との関係が心配になる。

榛名と共にする帰路は短いし、別れた瞬間走って帰るか、と渋い顔で考えていると、丁度その分かれ道である交差点が見えて来た。

「あ…じゃあ、元希さん、気をつけて。あとこれ、ありがとうございました」

右手の手袋を外して榛名に渡す。
交差点で、俺が渡る横断歩道の信号が点滅をし始めたので走ろうかと一瞬躊躇したが、止どまる事にした。

長めの点滅が終わるのと榛名が進む横断歩道の信号が青になるのを立ち止まって待つ。
数台の車がスピードを上げてその前を通り過ぎて行った。



「隆也」

「はい?」



交差点に設置された信号全てが赤となる。
その瞬間だけ、車の走行音で忙しかった交差点が、静まり返った。
そこに響く、榛名の鞄のジッパーの音。

無造作に詰め込まれた私物の上、榛名は薄黄緑の包装用紙に包まれた何かを取り出し、俺の胸の前に突き出した。



「誕生日おめでと、隆也」



信号が青に代わり、再び車が走り出した。
突然の事態を飲み込めない俺と、微かに柔らかい笑みを浮かべる榛名元希。

言葉も反応も出ない俺の頬を抓って「なんか言え」と榛名は笑う。
俺が予想通りの反応をしたのだろうか、えらく満足そうに。



「俺…教えてな…」

「チームの奴から聞いたんだよ。でもさー色々あって買い行く暇なくて、気付いたら当日でなー。だから今日学校抜けて買い行ったら担任にバレて説教くらった」



あぁそれで今日遅れたのか、と理解する節、なんて言ったら良いのか一向に分からなかった。
人の事気に留めるような奴じゃないのに。
ましてやいつも喧嘩ばかりしている俺の誕生日なんか…

そんなのこいつの柄じゃない。
俺はこんな他人に優しいこいつなんて、知らねぇよ。



「あ…」

「んー?元希サンからのサプライズで嬉し涙でも流すか隆也!」



「……あ…りがとうござい、ます。…元希さん…」


からかって高らかに笑う榛名は、今度は照れ臭そうに頬を染めた。

ああ、こんなの反則だって、いつもこんなんじゃねぇだろって、プレゼントを受け取った手の上を見つめる。

本当はここでいつもみたいにどうせ大した物でもないんでしょとか嫌味の一つでも口に出せたら良かったのだが、今出て来るのはただ在り来たりな、ありがとうって感謝の言葉だけで。


「どうしよ…すげぇ、嬉し…」

「だ…っだろ!つーかんなしみじみゆうな……うわ!」

榛名が大声を上げた為ぱっと顔を上げると、信号は点滅を始めていた。

榛名が駆け出す。マフラーを揺らしながら、横断歩道を走って行く。
そしてギリギリの所で向こう側の信号の下に辿り着いた榛名は、じゃあなって口を動かして、大きく手を振った。

咄嗟に俺も大きく手を振り返す。
そういえば最近、あの人の思いきり笑った顔よく見るなぁなんて感じながら。





榛名が見えなくなってから、また横断歩道の信号は青に代わった。
はたと家族を思い出して足早に進み出し、やがて駆け足に変わる。

星が瞬き、月が照らす夜。
手にしたままのプレゼントを強く抱き寄せてから、榛名がくれるようなこの中身は一体何なのだろうかなんて心を弾ませながら、俺は自宅へと駆けて行った。







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