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何よりもその答えが欲しかった(A+H)




幼馴染みで腐れ縁の彼は、豪快な音を立てて真っ直ぐに球を放った。
空気の壁を突き破ってミットに届くその豪速球は、彼の性格に最も相応しい物に思える。
青空が際立つ日だった。
その頃の記憶は幾分曖昧で、彼の汗と土に塗れた笑顔も霞んだものとなっている。
ただ俺が彼によく訊いた質問は、よく覚えている。
彼はいつでも頷いた。
日の光に包まれている焼けた顔が、彼自身が太陽そのものであるかのように眩しく、笑った。



彼は知り合った頃から同じ夢を思い描き続けている。
下手くそで読めない文字はそれでもでかでかと、一塵の迷いも見せずに自らを主張していた。
彼の夢はずっと変わらない。
彼の前に引かれた道は、たった一本だった。



雨が槍のように激しく降った日、彼は部活を休んだ。
その時は珍しいな、なんて軽い気持ちで流したけれど、まさかあんな事になるなんて想像もつかなかった。
彼はしばらく学校に来なかった。



暫く雨天が続き、その日漸く晴れた空は水溜まりの目立つグラウンドを乾かしていった。
まだ土の匂いが強く残る。
久しぶりに地面の感触をスパイクで味わっていると、彼がやって来た。
瞳に、松葉杖に泥が跳ねてこびりつくのが、はっきりと映った。



彼は何週間も部活を見学した。
日に日に彼の目には精力が失せ、やがて切り裂くような鋭い目付きに変わった。
以前から短気な性格ではあったが、それにも増して凶暴になった。
部の誰も、彼を助ける事なんて出来ないし、励ます言葉も見つけられずにいた。
監督は冷酷で、彼をまるでそこに存在しないかのように扱った。
見ていられなかった。


 彼の腫れた膝が元に戻り、松葉杖もすっかり用無しになった頃、俺は随分久しく感じる彼との会話に踏み込んだ。
力のないその声で綴られる内容は辛辣で、涙を堪えた。
一番泣きたいのは彼なのだろうと思っていたからだ。
俺は最後に、俺が以前よくしていた質問を投げ掛けてみた。
首を縦にも横にも振らなかった彼を見て、そこで遂に微かな光までも暗闇に消えた気がした。



俺は一つの賭けに全てを託した。
色んなチームの情報を集めて、下見にも行って、彼に最適な場所を探し回った。
何が俺をつき動かしたのかは分からない。
ただ俺はアイツの球が好きだったんだ。すごいと思っていた。もっと上に行けると確信していた。
だから、アイツには野球を辞めて欲しくなかったんだ。



彼は俺の勧めた戸田北シニアに行った。
彼とは違うクラスで擦れ違う機会も少なかったから、暫くは会話を交えずにいた。
何より心配だったのが、彼のあの球を捕れる捕手がいたのかという事。
俺は彼が楽しんで投げてくれればそれで良い。
それだけだった。



その日はテスト期間中で部活は休み、俺は教室で一人、綺麗な夕焼けを眺めていた。
教室全体が赤く染まり、冷たい机上を暖めてくれているようだ。
俺はそこに突っ伏して暗闇を見る。やはり、冷たい。
冬はすぐそこだった。



ガラリ、と音がして、誰かが教室に入って来る。
なんだか誰かを確認するのも億劫で、俺はまだ暗闇を見ている。
ずかずかと足音が迫って来た。と思うと、隣りの椅子が引かれる音がした。
思わず顔を上げると、相変わらずデカい態度で座る彼が、そこに居た。

「寝てたんじゃねーの」

ふてぶてしく頬杖をつく彼は、真っ直ぐ俺を見つめて言った。
もう数週間顔を合わせていないのに、まるで今日一日を共に過ごしたみたいな様子で、俺は口を開けた情けない顔になった。
彼の目に光を感じるのはいつぶりだろうか。
夕日の鮮やかさが加わってきらきらと光る瞳は、とても綺麗だった。

「どう…したの」

数か月前には当たり前に出来ていた会話が、とても困難に思える。
緊張で手に汗が滲むのが分かった。
彼は睫毛の影を作りながら目を伏せる。なんと答えようかな、と考えているのだろう。
少し、沈黙が流れた。焦った俺は、質問を変えてとにかく会話をしようと考えたけれど、彼はそれを遮った。

「初めてとれたんだ」

え、と言葉にならない声が漏れる。
予想外で唐突な文に、思考がついて行けない。
素直に言った。

「何、が」

すると今までの表情を変えて、彼は微かに笑った。
右下に流れる目は綺麗なまま、誰か遠くの人を思い出すように。

「俺の球、シニアの後輩がさ」

彼の目は次第に変わっていく。
あんなに鋭かった目が、優しく、それでも力強く、変わった。

「すっげぇ生意気で、チビで、泣き虫でさ…捕れるわけねぇって、でも」

「根性だけはある奴なんだよ」

そう言って、彼は黙った。
彼の頬が紅いのは、夕焼けのせいか、それとも他のものか、よく分からない。

「そっか、良かった…」

「本当に、良かった」

ああ、と彼は微笑む。
ひしひしと込み上げてくる感情は、熱くもあり心地良くもある。




「名前、その子の名前は?」

「えー…あぁ、」

何故その質問をしたのかは自分でも不思議だった。
どうしてか、訊いてみたかった。



「隆也!」



彼の満面の笑みを見たのは、あの日以来だ。
彼が他人を下の名で呼んでいるのを聞くのは初めてだったけど、全く違和感を感じない。
良かった、それだけを思った。

「ありがとな、秋丸」

「別に、俺は何もしてないじゃんか」

「いや、そうでもねーよ」

彼とこんな風にやり取りするのが、懐かしくも感じられる。
気温は日々下がってきているのに、今日は春のように暖かい。
俺はふと、久しぶりにいつもの質問をしてみようと思い立った。
答えが返ってくるのが少し怖い気もしたけど、でもきっと大丈夫だと、声に出した。



「榛名はまだ、野球好き?」



榛名の顔が眩しそうに沈む夕日に向けられて、それから大きく縦に揺れた。

これからも、ずっとな
と付け加えてから無邪気に笑う榛名を見て、俺も笑みが零れた。








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