[携帯モード] [URL送信]
現実的現実逃避(H←A未来)


通勤鞄をソファに投げ落として、ネクタイを緩めて、スーツを脱いだ。
重い足取りで転がったテレビのチャンネルを手に取る。
電源を入れてすぐ、出迎えてくれたのは、紛れもなくアンタだった。



【現実的現実逃避】



この光景は今となっては、そう珍しいもんじゃない。
ただぼうっとしながら箱の中の人物を眺めていると、いつも思い出す。
十年にも満たない前の話、その人物は俺の目の前に立っていた。
勿論なんの隔たりもなく、それはもう、当たり前に。


(…メシ、作んなきゃ)


平面的な彼に背を向けて、台所へと向かう。
勢いよく水を流して手を洗うと、彼の声を書き消す事が出来た。
次の試合への抱負どうのこうの、ライバル投手についてはどうのこうの、まぁそんな話至ってどうでも良いんだけど。


なんだか本当に遠い人になってしまった。
いずれ来ると予測して身構えていたこの時はいつの間にか訪れていて、結局自覚もないままずるずる過去の思い出に浸っている。
あの気紛れな彼の事だから、今にでも携帯に連絡が入って、明日会おうとか言ってきそうな気がして、どうもその希望を絶やせずにいるのだ。
もう随分と、生の声なんて聞いてないのに。


俺達の関係は、よく分からなかった。
中学の頃は大嫌いだったけど、高校になってある日ばったり喫茶店の前ではち会わせて(奇跡なくらいの偶然だったと思う)、そのままその店で語り尽くした。
そしたらなんか奴に対する見方が変わってきて、で、ちょくちょく連絡を取るようになった。
そんな感じ。


高校を卒業して、俺は榛名に好きだと言われた。
それが余りにも自然な形で発せられた言葉だったから、俺もすんなり正直に、俺も、と言った。
 榛名の照れてんのか喜んでんのか、両方かな。
あの時の笑顔は、印象的だった。

好き、その言葉に、偽りや深い意味はない。
榛名は先輩で友達で兄弟みたいな存在だった。


俺がいつか榛名の事を
「苺のショートケーキの苺の隣りに付いてる小さいミントの葉」
って喩えたら、何故か小突かれた。苺じゃねーのかよって。
いやあったら見栄えがいいかなってくらいの存在、って言ったら、今度はがっかりされた。
可哀相なんで頭捻って
「でもアンタがチームメイトなら、そのチームをショートケーキに喩えた場合、アンタは紛れもなく苺だよ」
とフォローしてやると、榛名は途端にご機嫌になった。





なんて、遠い過去を思い起こしながら夕食を拵えた。
いつの間にかテレビはよく分からないバラエティ番組に変わっている。
もっとちゃんと観とけば良かった。
俺って、榛名に未練でもあるのかね。

パスタをフォークに絡ませて、口に運ぶ。
眠気に引き込まれるように、瞼が落ちてきそうになる。
ごつごつした手で顔を覆うと、すぐにでも夢の世界に直行出来そうだった。


…夢。
そういえば最近、夢見てないな。
夢って言葉に相応しい榛名と、夢でもいいから再会したい。
アイツといたら、どうしてか安心するんだ。
気心知れた友達との間に発生する「安心」じゃなくて、こう、気付かないまま、さり気なくそこにある「安心」みたいな、安心。

と言っても榛名とは随分会ってないから、もうその頃の感覚はうろ覚えだけど。


日に日に遠ざかってふわふわした半透明な思い出と化す記憶。
本当に夢だったんじゃないかって錯覚するくらい、彼は今、俺からは遠い。



瞼が重い。
まだ着替えてもないのに、ずるずると落ちて行きそうだ。

脳髄の奥にいつぞやの声が響き渡った。隆也、と、澄んだ声が耳に残った。



こんな未来、あの高校生だった頃の俺たちは想像出来ただろうか。…うん、結構普通に出来ただろうな。

ありきたりな人生を歩む俺と、いつも人の通る道とは少し離れた小道を走るアイツ。
隣りにいるようで、実際はとても距離があったんだ。
ましてや追いつく事なんて、出来やしない。



残りのパスタを頬張りながら、そんな戯言を脳内で反芻させた。
いつの間にかどっぷりハマっているな、俺。アイツに。



くそ。
今日もこうして、机上で沈黙を貫いたままの携帯が気になってる辺り、俺は最早負けも同然だ。

負けついでに、自分から連絡を入れるくらいの度胸が沸いて来れば良いんだけど。
それがうまく行かないから、俺はいつまで経ってもこのままなんだろうな。







第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!