一瞬/の風に/なれ2 パロ その日は同県の学校との練習試合で、俺達は無事勝利を納め、丁度各保護者の車に乗り込む所だった。 いつも通りの試合後の達成感と脱力感。重たい身体を引きずって、球場を後にしようとしていた時だ。 「隆也君!」 聞き覚えのある声に振り返る。 こちらに向かって、全速力で駆けてくる人。 どうしたもんだと目を細めると、知った顔と目が合った。 「秋丸さん」 そう呼んですぐに、力強く肩を掴まれる。ぎょっとして思わず身を縮こめると、激しく息切れをしながら彼は顔を上げた。 汗が止めどなく流れ落ちているのと相反して、顔は見るからに青ざめている。 尋常でない面持ちの彼に、どうしたんですかと声を掛けようとした。 それを遮ったのは、彼だった。 「榛名…が…」 「…え?」 「交通事故にあった…」 【世界が逆転した日】 どくん、と一回、全身が一つの心臓になったみたいに大きく跳ねた。 …元希さん? 交通事故って、誰が…? 沈黙。その間、脳は必死にその出来事を飲み込もうとしていた。 けど、それを理解し始めると、胸の辺りが一気にざわつき出した。 髪の毛が逆立つような悪寒。心臓から下に向けてどんどん体温が奪われていく感覚。 …元希さんが? 交通事故…? 混乱したままの頭で、母親の車に秋丸さんと乗り込む。 身体が震えた。 何がどうなって?元希さんは? 事故?どこで?誰と? 元希さんは?腕は?…野球は? 何もかも恐くて聞き出せなかった。 隣りで秋丸さんが、携帯で誰かと話している。 内容とか微かに聞き取れる女性の声で、元希さんの家族だと思った。 途切れ途切れに聞こえてくる相手の言葉。 …病院、…交差点、…左腕。 なんて言ったんだ?聞き取れなかった。 左腕って、何? わからない、恐い。 知りたいのに、聞きたくない。 秋丸さんが話す間、俺は車の後部座席の隅っこで膝を胸につけて、耳を塞いだ。 電話が終わってもそうしている俺に、秋丸さんはしっかりと、でも力のない声で言った。 「命に別状はないって」 一瞬、すっと不安が引いていく。 良かった。最悪の事態じゃないんだ。 でも俺は、微かに聞こえた「左腕」の事は訊けなかった。 最悪、じゃない。でも、元希さんの左腕がどうにかなっていたら、それは、最悪なんじゃないのか? だって元希さんの左腕は、あの人にとっての、全てなんだから。 秋丸さんの指示した病院に車が停まる。 転がるように飛び出して二人、病院へ駆けていった。 いろんな思いが頭の中を複雑に絡み合ってて何を考えているか分からない位空回りしてたけど、脚はいつもの二倍速並に感じた。 「元希さん!」 彼の病室の扉を開けて駆け込む。 俺の一番見たくなかった光景が、そこにはあった。 元希さんの左肩から腕全体にかけて、何重もの包帯が巻かれていた。 「対向車線の車のスピード違反でね、交差点でぶつかったらしいんだ。榛名のお母さんが運転してたらしいんだけど、こっちに非はないって」 暫く病室を抜けて元希さんの姉と話をしていた秋丸さんが戻ってきた。 耳を通過する薄っぺらい内容をキャッチしようとしたが、身体中のどこにも力が入らなくてやめた。 俺は眠る元希さんの顔を、ずっと見ていた。 なんでだろう、なんにも変わらないのにな。 今、どうなってんだろう。 「お医者さんは、事故の割には良かったって…でも、左腕が…」 嫌だ、聞きたくない、そう叫びたかった。 秋丸さんの辛辣な横顔が、消え入りそうな声が、先の言葉を既に語っていた。 「左肩から手までの損傷が酷くて…また前みたいに野球が出来るようになるかは、分からないって…」 医者が分からないって、絶望的だ。 元希さんが野球が出来ないなんて、そんなの、 「榛名」 秋丸さんの声にはっとした。 元希さんの目が、うっすらと開く。 天井を、ベッドを、俺を、その目は捉えた。 そして最後にその目は自分の左腕に行って、止まった。 「元…希さ…」 耐えられなくなって声を出すと、その鋭い目が突然俺を見つめた。刺すような視線だった。 「お前、なんでユニフォームなんか着てんだよ」 一瞬、元希さんの言葉の意味がよく理解出来なかった。 ユニフォーム?なんの話をしてるんだ? 「あ、あの」 「わざわざ俺にそんな格好見せに来たのかよ」 「違っ…」 「ここにそんな格好で来るんじゃねぇよ!帰れ!」 無音だった病室に、その声が響いた。 元希さんの目が恐い。シニアで初めて会った時なんかより、もっと。 「ごめん、なさい…」 病室を飛び出して、廊下を駆け抜けた。 立ち止まらずに病院を出て、ろくに呼吸が出来ていなかった事に気付き、立ち止まる。 …なんだったんだ、今の… 視線を下にやると、自分の姿が見えた。真っ白だったユニフォームは試合の為土で汚れ、赤いチームのロゴが一際目立っていた。 本当だ、なんでユニフォームなんか、着てったんだろ… しょうがないじゃん、朝からこれ着て…着替えなんか、持って来てないんだから。 …なにしてんだろ、俺。 俺が逆の立場だったら、どう思うんだろう。 ユニフォーム着た元希さんに、怒るのかな。 帰れって、怒鳴り付けるのかな… さっきの元希さんの声が、何度も脳内を反復していた。 そのままぼーっと病院の出入口前に突っ立っていると、秋丸さんがやって来た。 「ごめんね、隆也君。榛名も…混乱してるみたいで、君に酷い態度取って…」 「いえ、良いんです。俺が、悪いし…」 「でも榛名は、どんなに辛くても、君にあんな事言っちゃいけなかったよ。そこは、叱っといたから」 秋丸さんは俺の肩に手を置き、帰りは電車で帰るから、と告げた。 俺も母親の待つ駐車場へ向かう。そして、車を見つけて言った。今日は遅くなるから、電車で帰るって。 誰とも話したくなかった。 一人になりたかった。 結局駅で何本電車が前に停車しても、乗り込む事なくずっとベンチに座ったまま動かなかった。 これがどの駅に停まるのかとか、どこで降りたら良いのかとか、そういう事を一切考えたくなくて、ただ電車が行き交うのを見ていた。 気付けば電車は来なくなっていて、空は真っ暗で、ホームには人がいなくなっていた。 終電が過ぎたのだろうか。そうだとしても、どうでもいい。 知らない地で独りぼっちだというのが、今の自分には良かった。 何時間もぼーっと時を過ごしていると、夜行なのか、電車がやって来た。 少し迷って乗り込む。冬でもないのに、寒くて仕方なかった。汗の染みたユニフォームでずっといたからだろうか。 ふと携帯を取り出すと、何十件もメールや着信履歴がある。 試合後の様子を見たメンバーや、親、秋丸さんからのもあった。 でもそれを開く気にもなれず、俺はずっと電車に揺られていた。 どうやって帰ったか、よく覚えていない。 家に帰ると親が待っていた。 晩御飯を勧められたが断った。 自室に向かう途中で、吐き気が急激に込み上げてきた。半分胃酸を吐いて、這う様にベッドに倒れ込む。 何も考えていないのに、元希さんの声が響く。 なんで、どうして元希さんなんだ。 あんなに才能に恵まれて、努力もしてきた天才の全てを、どうして神様は奪ってしまうんだ。 なんで、なんで俺じゃないんだ。 もし神様に、壊すのが元希さんの左腕か、俺の右腕か選ばせてもらえるなら… 誰だって元希さんの左腕を守るだろ、俺の右腕を選ぶだろ。 シニアで一緒だったチームメイトも、秋丸さんも。 だってそうだろ。 俺は俺を選ぶよ。 それで元希さんがまた今まで通り野球が出来るなら、全然構わない。 なのに、なのに。 何考えてるんだ、俺… もうダメだ… この辺で割愛。 原作を思い起こしながら書いたのに結構違う出来になりました。 この後は設定上おお振りで書くのが難しいので、皆様のご想像にお任せします。 原作はめちゃくちゃ感動しますよ。あれ、何これ宣伝? |