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おめでとうと、ありがとう(HA)


温もりが伝う。
今日は、彼が生まれた記念日だ。



【おめでとうと、ありがとう】



今まで俺が榛名の誕生日を祝った事は、実は一度もなかった。

戸田北シニアに榛名が来て最初の年、お互いを認め合って仲も悪くはなかった冬の頃、俺は榛名に誕生日を祝ってもらった。
けれどその後春大があって、俺達バッテリーに深い溝を作る出来事となったあの試合後に榛名は誕生日を迎えたので、俺は気付かないふりをした。
祝いの言葉をかけるチームメイトを背に、誰がお前なんかが生まれて来た日を祝福してやるか、と毒づいていた。
あんたなんかに逢いたくなかった。そう思っていた。

翌年は榛名と完全に縁が切れていて、…と思ったら春大の観戦で再会を果たしてしまったのだけれど。
しかも執拗に絡んでくる。仲裁に入ってくれた秋丸さんと、試合終了後早々に引き上げとしてくれた監督がいなかったら、何を言われた事か。

何も言わずにまた榛名と別れた俺は、普段通りの毎日を送っていた。



その後も榛名とは音沙汰なく。

きれいさっぱり縁が切れた、そう思っていた。
けれどここまで来ると腐れ縁とやらなのか。

学年が一つ上がった頃、俺は再び奴に出会った。



雨が降っていた。雨粒がばらばらと地面に落ちては、跳ねる。
今朝は雨なんて予報していなかったから、恐らく通り雨だろう。
傘も持たない俺は、急いで傍の公園に駆け込んだ。

土管に潜り込み、雨宿りをする。こんな所に入るのは久しぶりで、えらく狭いように感じた。
雨はいつ頃止むだろうか、と雨に濡れてじゅくじゅくの気持ち悪いスニーカーを脱ぎながら思った。

その時バシャバシャと泥を跳ねさせながら誰かの足音が背後から向かってきた。
バシャッ、と水溜まりを踏む音がして、そいつは土管に飛び込んできた。ゼィゼィと肩で呼吸をしている。
思わず、そいつの入ってきた俺と反対の入口を見る。

チクショー、最悪、と独り言を呟いてそいつは顔を伝う雨の滴を拭った。

全く、雨宿り場所なら他にもまだあるだろうに。何故こういう時だけ同じ思考回路なのやら。


顔を上げたそいつは、あれ、隆也じゃん、と目を丸くした。



そこで奴に自分のタオルを貸してやった所から既に俺は負けていた。
ついでに雨が小降りになった途端榛名の手を掴んで駆け出した時にはもう惨敗だ。
だってその公園は俺の家に近い。
シャワーを浴びた彼にホットレモンを差し出しながら溜め息をついた時には遅かった。
少し小さめな俺のジャージを着た榛名は、外が晴れるまでここにいると強情を張った。
俺も俺で榛名を再びあの雨の中に放り込む事が出来ずに、普段の心配性が祟った結果となった。



榛名のペースに丸め込められ、あれから数ヶ月経った今も、俺は奴の前にいる。
そして、相も変わらず惹かれているのだ。我ながら懲りないと思う。



「隆也ぁ」

「なんですか」

「お前から誕生日プレゼントとか、初めてだよな」



ベッドの上でオレンジ色の包み紙を開きながら、榛名は言った。
雑誌を読んでいた手を止めて、その様を見る。
付けっぱなしのテレビから、プロ野球速報が流れていた。

そう、今日は榛名の誕生日で、ここは俺の部屋だ。

「う、ぉ」

「すみませんね、大したもんじゃなくて」

包みを開き終わった榛名の手に握られたグローブ袋と、一球の野球ボール。
まだバイトもしていない俺はそう高価なものを買えるはずもなく、結局そんなものになってしまった。
榛名が高校で野球をする期間は、残り数ヵ月だけど。
こいつにはその先も野球をやる未来があると確信しているから、やはり榛名らしく野球に関するものを選んだ。

「いや、超うれしー」

「そうですか…それは、良かった」

予想外に素直に喜ぶ榛名は、手の内のプレゼントを眺めた。

「あ、元希さん家に帰ったらケーキとかありますか?」

「え、頼んでねーからないと思うけど」

「じゃあ、俺買ってきますよ。美味しいケーキ屋さんが近くに出来たんで」

二人でお祝いしましょう、と言って俺は立ち上がった。
誕生日にケーキなんて柄じゃないし、男二人でケーキをつつくなんて恥ずかしい光景だけど。
今までこの人の誕生日なんか祝った事がないから、今日くらいは、ちゃんとお祝いしたい。
シニアの頃祝ってもらったお返しというのもあるし。



財布を取りに進んだら、突然左手首を掴まれた。
見やると、榛名が俺の手をしかと掴んでいた。

「なんですか?」

「いーよ」

「え?」

「別にいいよ。それより、ここにいろ」

そう言い終わらない内に榛名は俺をベッドに引き寄せて、そのまま抱き締めた。
榛名の顔が俺の肩に埋もれる。
唐突で予想しなかったその行動に、思わず心臓がばくばくと鳴った。顔が熱く火照る。

今まで平静を装っていたのに、なんだよ。
またこいつのペースに乗せられている。



あんたケーキ好きだったのに、と精一杯な皮肉を言って、俺は震える手を彼の背中に回した。
どくんどくんとお互いの鼓動が聴こえる。なんだこの人もちょっと緊張してるんじゃねーか、と少し安堵した。


ぎゅっと抱き締める力を強くする。
こんな事を思うのは、初めてだ。
いつもは絶対言わないけど。
今日この日くらいは、素直に伝えてやるのも悪くない。



「元希さん、生まれて来てくれて、ありがとうございます」



元希さんの身体が熱くなるのを感じた。
あぁ、って掠れた声で返事をされて、俺は笑う。



俺に出会ってくれた事、
今こうして笑ってくれてる事、
本当にありがとう。


お誕生日、おめでとうございます、元希さん。






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