小説(パロ)
act.5
この日、黒ヤギさんはふらふらとおぼつかない足取りで歩いていました。
「ごほっ…ごほごほっ…参ったな、さらに悪化してきやがった」
一日前、激しい咳とともに目を覚ました黒ヤギさん。どうやら、風邪を引いてしまったようです。すぐに治ると思っていましたが、一日経っても治る気配はありませんでした。
そこで、重い体をベッドから引き剥がすようにして起き上がると、病院へ行くことにしました。
「そういや…ここの前通るんだったな」
病院へ向かっていた黒ヤギさんでしたが、病院へ行く道の途中に、ちょうど白ヤギさんの家があり、ふとその前で足を止めました。病院へ行かなくてはと思っても、何故だかそこから足が動きません。
(…まだ怒ってっかな)
そうしているうちに、風邪を引いてることなど忘れてしまっていました。黒ヤギさんは家を見つけながら、思いました。直接謝らなかったことを、少し後悔していたのです。
「やっぱ…あんなんじゃダメだ」
黒ヤギさんは、両頬をパシッと叩いて気合いを入れました。やはり、黒ヤギさんの性格では、直接謝らないことには、気が済まないのです。
けれど、心のどこかでは、無意識に白ヤギさんに合える口実を探していたのかもしれません。覚悟を決めた黒ヤギさんは、大きく深呼吸をしてから、ドアを叩きました。
ドンドンッ
「すいまっせーん!郵便配達…じゃねぇ、えっと十四
郎という者なんですけどー!」
その時です。
『うわっっ!!!』
ガッシャーンッ!
家の中で大きな物音と声がしました。何かあったのかと、心配になった黒ヤギさんは、とっさに扉に体当たりして、家の中に飛び込みました。
「おい、どうしたっ!」
黒ヤギさんの目に映ったのは、黒い液体で全身斑目模様になっている白ヤギさんの姿でした。
「だいじょ……ぶか?」
「いってー…って、何でアンタがここに……」
黒ヤギさんの姿に気づいた白ヤギさんが、目を丸くして言いました。
「…あっ、すまねぇ。大きな物音がしたもんだから、何かあったんじゃねぇかと…つか、それどうしたんだ?」
黒ヤギさんに問い返されて、白ヤギさんは一瞬無言になりましたが、心配して来てくれた黒ヤギさんに正直に訳を話しました。
「四つ葉たくさんくれただろ?俺、こんなこと初めてで嬉しくてよ、お礼しようって思ったわけ…けど、次の日アンタは来なかった…」
黒ヤギさんはそこまで聞いてハッとしました。ちょうど風邪で配達を休んでいた時のことです。
「で、今日は来るかもって思ってたら、今日も来ねぇしよ…もう会えないかもしれねぇって思ったら、自分から行くしかねぇだろって…だから白い毛を黒く染めようとしてたんだよ。白い毛は…その…気持ち悪りぃって言われっからさ」
そこまで話して白ヤギさんは目を伏せました。黒ヤギさんの胸がちくりと痛みます。結果的に、白ヤギさんをまた傷つけてしまったからです。
黒ヤギさんはポケットからハンカチを取り出すと、黒く汚れた白ヤギさんを優しく拭いてあげました。
「ちょっ…汚れ…」
「いいから、じっとしてろよ」
白ヤギさんは、慌てて体を離そうとしました。けれど、黒ヤギさんにしっかりと肩を掴まれ身動きがとれません。
やけに顔が近くて、白ヤギさんは落ち着かない気持ちになりましたが、やがて観念したように大人しくなりました。
あぐらをかいて、時折片目をつぶってくすぐったそうにする白ヤギさん。その仕草を、子供みたいで可愛いと黒ヤギさんは思いました。
「俺は、お前の白い毛並み綺麗だと思うぜ」
自然とそんな言葉が出てきました。白い歯を見せて笑う黒ヤギさんに、白ヤギさんの心臓がトクンと跳ね上がります。
「そりゃ、あんがとさん…」
照れた白ヤギさんは、黒ヤギさんと目を合わせることが出来ません。口ごもりながら、お礼を言うのが精一杯でした。
そしてそんな白ヤギさんが、目を白黒させながら次の言葉を探していると、唐突に黒ヤギさんの体が揺らぎました。
ガタンッ
「え?」
突然倒れ込んで来た黒ヤギさんを、白ヤギさんは抱きとめました。
「オイ!どうしたんだよ!」
体を揺すりながら大声で呼びかけると、黒ヤギさんはうっすらと目を開け、荒い息で言いました。
「そういや俺…風邪引いて熱あったんだ」
「えええ!ちょ…そういや、すっげー熱いんですけど!えっ?待て!ちょっ、待てよ!気ぃ失うな!」
白ヤギさんは、目の前の状況にうろたえました。
「悪りぃ…ちょっと寝かせてくれ」
白ヤギさんの願い空しく、黒ヤギさんはそう言いながら、ゆっくり目を閉じました。
「…はぁ、マジかよ」
白ヤギさんは大きなため息をつき、自分の腕の中で眠る黒ヤギさんを見ました。恋い焦がれた黒ヤギさんが、今自分の手の中にいることが不思議な気がします。
熱のせいか、ほんのり頬が赤い黒ヤギさんではありましたが、整った顔立ちはやはり見惚れるほどでした。
「……ごめん」
唐突に謝る白ヤギさん。
「俺に風邪うつしてくれていいからさ…だから…」
白ヤギさんの顔が、眠っている黒ヤギさんの顔に近づいて行きます。そして白ヤギさんは、黒ヤギさんの唇にそっとキスをしました。
それはとても控えめで、壊れやすいガラス細工を扱うようなキスでした。
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