小説(パロ)
act.3
それからも、手紙は毎日休むことなく届きました。汗ばむような暑い日も、薄暗い雨の日も、強い風が窓をカタカタ鳴らす日も…。
やがてお菓子の缶は、みるみるうちに手紙でいっぱいになりました。今日手紙が届いたら、きっともう缶の蓋は閉まらないでしょう。白ヤギさんは、新しいお菓子の空き缶を取り出して、手紙が来るのを待ちました。
いつもの時間、黒ヤギさんの自転車が、家の前で止まりまりました。白ヤギさんは、手紙がポストに入れられるのをドキドキしながら待ちます。
けれど…この日、予期しないことが起こりました。黒ヤギさんは手紙をポストに入れずに、そのまま白ヤギさんの家に続く庭の小道を歩いてくるではありませんか。
慌てて身を隠す白ヤギさん。窓の下に座り込み、口を押さえて身を潜めました。
ドンドン!
ほどなく、ドアをノックする音が聞こえました。どうして黒ヤギさんが家に来たのか、白ヤギさんには分かりません。そうしている間にも、二度目のノックが響きます。白ヤギさんの心臓は跳ね上がり、耳と尻尾の毛が逆立ちました。
「すいませーん!郵便屋でーす!」
外で、黒ヤギさんが叫んでいます。
(声が……)
初めて黒ヤギさんの声を聞いた白ヤギさんは、すくめていた肩の力を抜くと、耳を澄ませました。。
(こんな声してんだ…)
きっといつもならば、居留守を使ったことでしょう。けれど、黒ヤギさんを毎日見ているうちに、想いばかりが募っていた白ヤギさんは、このとき完全に舞い上がっていました。
遠くで眺めるだけで満足だったのに、声を聞いてしまったことで、もっと近くで見てみたいという欲が出てきたのです。
(少しなら…いいよな)
意を決したように立ち上がると、ドアノブに手をかける白ヤギさん。
キィと音を立てて、ドアが開きます。……開けた瞬間、白ヤギさんの目に真っ先に飛び込んで来たのは蒼。黒ヤギさんの蒼い瞳の色でした。白ヤギさんは血が沸騰したように、体中が熱くなるのを感じました。
「あっ…えっと…」
けれども、舞い上がったのも束の間、すぐに白ヤギさんは現実に引き戻されました。黒ヤギさんは、白ヤギさんを見たまま、口ごもりながら固まっていたのです。
白ヤギさんの胸はちくりと痛みました。黒ヤギさんが固まっている理由は、自分が白いからだ…と白ヤギさんは思いました。
「なんか用?」
動揺を悟られないよう、白ヤギさんはそう言いました。白ヤギさんの言葉にハッとして、慌てて手紙を差し出す黒ヤギさん。白ヤギさんは無言で手紙を受け取ると、黒ヤギさんから目を逸らしました。
(出るんじゃなかった…)
ただただ後悔が込み上げてきます。早くドアを閉めてしまおうと、白ヤギさんは思いました。黒ヤギさんの顔は、怖くて見ることが出来ません。視線を落としながら、ドアを閉めようとしました。
「ちょ…ちょっと待った!」
その時です。黒ヤギさんが、いきなり白ヤギさんの腕を掴みました。
「なっ…な、何なんだよ、いきなり!」
白ヤギさんは混乱して、振り払おうともがきました。けれど、黒ヤギさんはムキになったように、腕を放そうとしません。
「アンタ…へん、じっ……返事書かないのかよ!」
「………返事?」
動きを止める白ヤギさん。振り返ると、黒ヤギさんが真っ直ぐにこちらを見ていました。白ヤギさんは、次の言葉を紡ぐことも忘れて、黒ヤギさんを見つめました。
「ほら、毎日手紙が届くってぇのに、一回も返事出してないだろ」
郵便配達という職業をしているだけに、手紙に込められた想いを黒ヤギさんはよく知っていました。だから、余計に白ヤギさんが手紙の返事を書かないことが不思議でしょうがなかったのでしょう。
「毎日欠かさず書いて寄越すんだ。恋人とか大事なヤツとかなんかじゃねぇのか?」
白ヤギさんの耳がぴくんと動きました。
「返事って…っんなの……」
少し低い声で、そう呟く白ヤギさん。その時、白ヤギさんの目に奥に、怒りのような悲しみのような暗い影が過ぎったように見えました。
「アンタには関係ねぇだろ。今取り込んでんだ。用事が済んだんなら帰ってくんない?」
おう言い放つ白やぎさんは、声とは裏腹に耳を震わせていました。黒ヤギさんは、かける言葉を失い、ほうぜんと立っています。白ヤギさんは、そんな黒ヤギさんをドアの外に押し出し、バタンとドアを閉めてしまいました。
「…悪かったな。余計なこと言って」
ドア越しに、黒ヤギさんの声が聞こえました。そのまま耳を澄ましていると、足音が遠ざかっていきます。ドアにもたれかかって座りこむ白ヤギさん。心臓がどくどくと煩くて、とても落ち着かない気分です。
(なんなんだよ…)
白ヤギさんは、目頭が熱くなるのを感じて、そのまま膝を抱え込んでうなだれました。それから数日、白ヤギさんはろくに食事もとらず、一日のほとんどをベッドの中で過ごすのでした。
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