クラヤミ
忘れられた妹。
オレには妹が居る。
二つ下の。
最初は周りよりも頭が良くて運動ができる普通の子だった。
いや、そう思っていた。
違和感に気づいたのは何時頃だろう。
確か…7歳くらいのときだと思う。
情けない話だけど犬に吠えられて動けなかった。
見たいテレビがあったから早く帰ろうと思っていたのに犬が怖くて何時までも帰れないで居た。
そこに華音がきた。
「つなにぃー」
まだ5歳だった華音は覚束ない足取りでとことこと走ってくる。
犬が居るから来るなって言おうと思ったのに思ったように声が出なくて。
華音に気づいた犬が華音に向かって吠えようとした。
でも………吠えなかった。
華音はぴたりと立ち止まって冷たい目をした。
オレはそんな華音を見たことが無かった。
すごく冷たい目をみるとさっきまで犬を怖いと思っていたはずなのに、華音が怖くなった。
クゥーンと犬は小さく鳴いて何処かへ逃げるように走って行った。
「華音?」
恐る恐る華音に近づく。
「なぁに?つなにぃ」
華音は顔を上げて笑った。
そこに、さっきまでの冷たい目はなかった。
「あにめはじまるよー」
そう言ってオレの手をとって歩く。
早く家に帰りたいはずなのに華音と手を繋ぐのも隣を歩くのも怖かった。
その日からオレは、華音を見なくなった。
*****
一瞬だった。
信号が変わりそうだったから走ってわたる。
ブレーキ音が聞こえたかと思うと目の前にはトラックに撥ねられる華音が居た。
驚き、声も出なかった。
それから後は覚えていない。
救急車で運ばれたけど華音は即死だったらしい。
涙は出なかった。
葬式の時も涙は出なかった。
薄情な兄だとかきっと急すぎて実感がないんだろうとか色々言われた。
オレが薄情な兄というのはきっと間違ってない。
だって…華音が、妹が死んだのに安心してるんだから。
葬式があった日から少しづつ、少しづつ華音のものを母さんが処分していった。
そして、家は明るくなっていった。
華音が居た頃は何時も空気が冷たかったのが
明るく、柔らかくなっていった。
どちらから言ったわけでもないけど、オレと母さんの間には華音のことを話してはいけない、そんな暗黙了解ができたように感じる。
此れでいいんだ。
此れで…。
オレには元々妹なんて“居ないんだから”。
忘れられた妹。
(おはよう、母さん)
(おはよう、ツっ君)
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