シアワセノウタ 2>>九艘であるということ 「先輩!」 その声に振り返れば、そこには噂の主の陽菜の姿。 そのまま立ち止まって待てば、ぱたぱたと駆け寄ってくる。 「…どうした、珍しいな」 小さく呟く。 ここは九艘の里。 加々良愁一を選んだ陽菜は、どちらかといえば一謡の里に出入りしている。 こんなところで2人、会うなんて珍しかったから。 だがそれも、九艘と一謡、2つの里の掛け渡しのため。 長との面談のために訪ねたのだと聞かされて納得した。 始祖の八百比丘尼が持つと伝えられる天泣の力。 その天泣の力を唯一発現した陽菜は、八百比丘尼の再来と言われ、彼女の血を受け継ぐ九艘・一謡両方の一族にとって特別な存在となっている。 九艘であり、一謡の長である加々良の婚約者。 2つの一族の橋渡しを努めるに、これ以上適切な人間もいない。 「…今、幸せか?」 純粋な九艘ではないのに天泣の力という、これ以上無い力に恵まれたために。 本人の望まぬままに、九艘と一謡の争いに巻き込まれる羽目になった陽菜。 それも、元を返せば俺のせいで。 いきなりの質問に、意図がつかめずきょとんと瞬いた陽菜は。 次いで。 花がほころぶように微笑んだ。 「…はい!」 目を細めて笑う陽菜は、本当に綺麗で。 そんな陽菜の隣は、加々良のもの。 そんな事実に胸が痛んだのも確かだけれど。 それでも。 陽菜が笑っているから。 「…そうか」 俺は、かすかに口の端を上げる。 「…前に愁一さんに言われたんです。 私に割血をした、私をこんな体にした九艘を、絶対に許さないって」 いきなり陽菜がそんなことを言い出してドキリとする。 その、割血を行った九艘というのは、まさに俺だったから。 そしてこんな時でも言い出せない自分。 そんな自分を嫌悪する。 だけどそんな俺の様子にも気付かない陽菜は、遠く村の様子を眺め、穏やかな微笑みを浮かべたまま言葉をつないだ。 「確かに、最初は恨んだかもしれません。 いくら普通の人より一謡が寿命が長いとは言っても、九艘とは比べることは出来ない。私がいくら愁一さんを好きになっても、同じ時間を生きることが出来ない。 自分がそんな生き物になったなんて信じられなかったし、信じたくなかった」 陽菜は視線を戻し、拓哉を見上げる。 その眼差しは柔らかく、そして澄んでいた。 「でも、そんな私を愁一さんは選んでくれて、一緒に生きてくれると言ってくれた。 私のために怒って、悲しんで、泣いてくれた。 …それで気付いたんです」 1度言葉を切ると、陽菜は微笑む。 「私が九艘でなければ、天泣の力に目覚めなければ。 …決して、愁一さんに出会えなかったことを」 だから良いんです、そう言って微笑む陽菜の瞳はどこまでも優しくて。 彼女が本気で恨んでなどいないというのがわかったから。 一瞬、彼女は何もかもを知り、それで敢えて自分にこんなことを言っているのだと。 そのことに赦しを与えられたような気分を覚えて。 けれど。 「…それに、愁一さんが死んだ時には私も連れて行ってくれるって、そう約束してくれましたから」 そんな言葉が続けられて、愕然とする。 [*前へ][次へ#] |